第30話
素晴らしい青空のもと、京阪電車に乗って一路寝屋川へ。二段の受験は、初段と同じ寝屋川道場で行われる。
将平は
(初段受験の時とは、全然違う。自分の気持ちにゆとりがあるわ)
寝屋川道場の入っているビルの手前の交差点で、将平が信号待ちをしていると、原田が来て
「押忍」
「押忍。どうですか、調子
は」
「こんなもんちゃうかな」
二人はエレベーターを上がって、一緒に道場へ。
原田と更衣室で空手道着に着替えながら、帯を締める時に将平は
(あー、この帯を初段の時に締めて、嬉しかったことを思い出すわ。そんな俺が、二段を受けるとは、感慨無量や)
そこへ山田夫妻と曽が入ってきた。みんな、昇段審査の受験者だ。曽は
「秋山さん、久しぶり。お互い頑張りましょう」
「押忍」
曽は、修道館から南道場に移っていた。
将平は、黙々とストレッチをしながら、段々と気が充実してきた。そして道場へ行くと、昇段審査を初めて受ける子供たちが、基本練習をしている。将平は
(懐かしいな。初段を受ける時は、子供らを見ただけでプレッシャーを感じたもんや)
そんなことを思いながら見ていると、原田が
「懐かしいやろ。けどその気持ちを、忘れたらあかんで」
「押忍。その通りですね。何事も、初心忘るべからずですね」
「そうや。今日の審査、頑張ろう」
「押忍」
将平と原田は、ガッチリ握手を。
昇段審査は、香山、武山両師範に、井村、衣笠、下東が正面に座っておられる。その前で。移動基本、組手、形を行うのである。組手の審判は、野田が行う。
今回の受験には、将平を含め二段受験者3名と三段受験者の2名がいるので、対戦相手となる元立ちは、いなかった。三段受験者の中には勿論、原田も含まれている。この五人のメンバーの中で、総当たりで組手を行う。
基本も終わり、さあこれからが組手だ。
今日は将平も、林、井筒の組手のトラウマはなく、日頃の力を出しきることができる。
まず、原田に、将平以下四人が順番に当たっていく。将平から見て、原田の顔が変わった、真剣な顔だ。今まで将平が見たことのない顔をしている。
(俺も、あんな顔になるんかな)
原田との三番目の相手が将平で、将平も真剣に、得意の刻み突き逆突きを出そうと思っている。
しかし、何故か、原田のいつもの元気さが見られない。
「始め」
の野田の声で、将平が刻み突き逆突きを見舞うと、原田が窮屈そうに避けた感じで、次に将平に前蹴りを。将平は下がって下段払いで辛うじて避け、前に出て上段廻し蹴りを行うと、原田は上段内受けで避ける。そこで野田が
「辞め」
と。将平の原田への相手は終わり、次の出番まで、しばしの休息。
さあ、将平の番が廻っていた。原田から曽、山田夫妻と順番に組手の対戦をしていく。
原田は、いきなり前蹴りを、連発してきたので、その前蹴りを左右の下段払いで避けながら、将平は反撃を考えている。一瞬の原田の蹴りの合間を見て、中段突きを行うと、我ながら見事に原田の鳩尾に拳が入った。将平は
(やったー。原田さんに突きを入れれた)
このことは、将平にとってすごい自信となり、次の組手の山田夫妻の奥さんが下がった所に、将平が中段突きを行うと、山田の奥さんは飛んでしまった。
(俺の突きは、こんなにすごいのか)
と、思ってしまうほど。
山田の旦那さんは、将平と年齢が近いが、四人目の相手になるので、もうヘトヘトだ。次々と、突きを見舞ってくる。将平は、後ろを振り返るともうあとがない。壁を、背にして外受け、内受けで、ひたすら避けながら、山田の攻撃を見て、中段を突いてきた所に隙を見つけた。顔面ががら空きだ。そこへ腰を入れて将平が上段突きを。
「辞め」
との野田のひとことに。
(やった、極まった)
将平と原田は、下東を待って、いつもの中華料理屋へ。
そこで下東が
「今日の審査の結果を言うわ。残念やけど、原田君は再審査、秋山君は合格」
「押忍」
「押忍」
「原田君、今日はどうした?元気がなかったぞ」
「押忍」
「何処か、身体の具合でも」
「そうではないです・・・。家庭の事情で」
「そうか」
心配そうな顔をしている秋山に気付き、原田は
「秋山君、おめでとう。組手の時の、君の気迫はすごかったで」
「ありがとうございます。でも原田さん」
「うん。次、頑張るよ」
下東が
「その意気や」
「押忍」
帰宅した将平を見た正美は、昇段審査に落ちたと思い
「次、頑張ればええやん」
「そうやないんや」
「えっ」
「合格したんや」
「じゃ、何でそんな顔してんの」
「この顔は、生まれつき。俺は合格したけど、原田さんが落ちたんや」
「そうなん。次、頑張ればええことやん」
「そうやねんけど、一緒に合格したかったんや。俺が原田さんと同じ二段になるんやで。おかしいと思わへんか」
「しかたないじゃない。原田さんは、次に絶対、合格するわよ」
「そっ、そうやな」
「そうよ。そうに決まってるじゃない。審査というのは、合格するひともいれば、落ちるひともいるのよ。それが審査だもん」
「そうやな」
将平は、落ち込むのも早いが、立ち直るのも早い。
「お父さん、呼んでくるわ。たぶん店で将平さんの昇段審査の祝いの料理を作ってるわよ、きっと」
正美が、家を出ていく後ろ姿を見て
(俺は、つくづく幸せ者や)
やがて、好昭が刺身の盛り合わせを持って来て
「将平君、この造りで、合格祝いや。まずビールを」
と言って、将平にビールを注いでくれた。
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