第29話

ある日、黒崎から電話があって

「秋山、空手頑張ってるか」

「おう、頑張ってるで。やっと組手やれるようになって、黒崎と対等に話しできるようになったわ」

「そうか。俺もスパーリングさせてもらえるようになったで。最も、同じ頃に入った親父同士やけど」

「それでも面白いやろ」

「そうや、ものすごく面白くて、今充実してるんや」

「わかるわ。俺も組手で、中段突きを入れたりできるようになったから」

「中段突きって、ボクシングで言うたら、ボディになるんか」

「そうや」

「勇気いるやろ、中段を相手に突いたら、顔面がら空きやから、相手がそこに上段を突いてくる可能性があるやろ。ボクシングやったら、待ってましたや」

「そのために、あらかじめ上段突きという決め技で、上段突きをして一旦相手が怯むところに、中段を突くんや」

「そういうことか」

「で、黒崎。何か用事でもあるんか」

「いや、一度ボクシングを見に来る気ないかなと思って」

「それ、ええな」

「そやろ、秋山やったら、喜ぶと思って。土曜日の昼のジムは、いつも空いてるからトレーナーが貸してくれるんや」

「サンドバッグを突いてみたいし」

「よし、今度の土曜日はどうやろう」

「今度の土曜日は、泊りの仕事や。次の土曜日でもええかな」

「よし、来週な。15時に環状線の寺田町駅の北口改札で待ち合わせよか」

「OK」

将平は、ガキの頃に自分の気の弱いことに対して、親父に気の小さい奴と言われ続けていた、その親父への反発からテレビに自分を奮い立たせる思いで、毎週行われていたキックボクシングを見て、特にキックの鬼と言われたそのひとの真空飛び膝蹴りに感動したものである。しかもそのキックの鬼が、以前空手をしていたなんて。余計に空手に興味を持ってしまったのだった。

将平は、黒崎と駅で待ち合わせ、ボクシングジムへ。黒崎に連れられて入ってみると、数々のマシンやサンドバッグ、そして奥にはリングが。黒崎に教えられながら、縄跳びを将平は何十年かぶりにしてみるが、数回ですぐ足に引っ掛けてしまう。しかし、黒崎は、軽快に数をこなしている。

「おまえ、すごいな」

「当たり前や。おまえよりは、経験多いんやから」

やがて3分経ってベルが鳴り、黒崎は縄跳びを止めて

「はぁー」

と。次に、将平はサンドバッグを見て

(これを突きたかったんや)

「黒崎」

「ん」

「サンドバッグ、突いてもええんか」

「ええよ。勿論や」

将平は、香山師範がサンドバッグをくの字にしたということを思い出しながら、二、三回突いてみて

「やっぱり、ストレス発散するなぁ」

「そやろ」

ふとリングを見た将平は、黒崎に

「リングに上がることあるんか?」

「リングで、スバーリンクするんやないか」

「俺も上がってええんか」

「勿論、そのために声掛けたんや」

「ありがとう」

4本ロープをくぐって将平は、初めてリングに立った。シャドーボクシングは、わからないので、しばらくリングの感触を味あった後、自分の刻み突き逆突きを行ってから、黒崎のシャドーボクシングを見学した。

その後、近所の居酒屋で黒崎と一杯を。

「まぁ、二人共元気で空手とボクシングをできていることに、感謝やな。今度は、おまえが空手習いに来いよ」

「おう」

「二人共、年取ったけど、今が青春と言えるんかな」

「そうや、お互い今が青春や」

「もう一度乾杯や」

「おう、乾杯」

二人は再度、グラスを重ねた。

マスターが黒崎に

「どうされたんですか、黒崎さん。いつもより機嫌いいですね」

黒崎は、将平を見て

「こいつとは中学の同級生で、二人で空手習おうと約束きた仲やねん。そして今、俺はボクシング、こいつは空手を習って、二人でボクシングの練習を、さっきまでしてたんや」

「いやあ、中学の同級生とは、羨ましいですね。しかも何十年振りなんでしょ」

「あのね。二人が空手を習うキッカケは」

「秋山、それは言うな」

マスターが

「何ですか」

「ごめん、黒崎が言うなと言うならええけど。マスター、とにかく黒崎は男前で女の子にもてたんですわ。、けどね、こいつと今でも付き合えるのが嬉しくて」

将平は、涙を見せて

「おい秋山、泣くな」

「泣いてへんわ」

「とにかく、こいつとは一生変わらん付き合いをしていきたいと思って」

「そやな、空手とボクシングで健康を保って生きてゆこうや」

二人はまた、乾杯を。


将平は、黒崎に連れられてボクシングジムに行ったことを正美に話した。

「黒崎も俺も、ええ年こいて楽しんできたわ」

「いいんじゃない。家族に対して迷惑を掛けるような、バクチをしているわけでもないし、健康にもいいし、そして絶対にいいのが、二人が楽しんでることだと思うわよ」

「そうやねん。、二人共楽しんでたわ。次は、俺の空手の練習に黒崎を連れて行くんや」

「厳しくしたら、だめよ」

「当たり前や。楽しく楽しくや」

「そうよ」

「けど、50歳近くなって、いい友達ができて良かったわね」

「以前、正美にも言ったと思うけど、あいつには悪い思いをさせたんや。それを同窓会で謝ったら、気にもせんかった、俺は何十年も後悔してたのに。それを思うからこそ余計に仲がええのかな。あいつとは、一生の友やと思う」

「いいことやね。今度、黒崎さん、うちに来てもらえば」

「ええんか」

「そりゃそうよ。将平さんの大切な友達なんだもの」

「ありがとう。今度、誘ってみるわ」

「うん」

「風呂、入るわ」

将平は、湯船に浸ってから

「あー、空手やっててつくづく良かった。空手やってなかったら黒崎としゃべれんかったやろうし」

その時、正美がドア越しに

「今日はビール、どうするの」

「もうええわ。明日、仕事やし」

「了解」



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