第27話

帰宅して入浴後、将平と正美はお茶を飲みながら

「お父さんは、いつも将平さんの見方ね」

「そうかな」

「それが私は嬉しいのよ。お母さんが亡くなってから、お父さんは自分の好きなこともせずに一生懸命、私を育ててくれたわ」

「ふーん」

「それをずっと見てきたから、高校卒業してからずっと店を、手伝ってきたの」

「だからこそ、お父さんを大切にせなあかんな。ちょうど泊りの仕事をしてるから、手伝える時は、手伝おうと思って」

「ありがとう」

「当たり前やないか」

「嬉しいわ」

正美は、将平の肩に寄りかかった。

将平と正美が、寝る前に槍ヶ岳の登山のテレビを見ていた時に正美が

「将平さんって、空手で言うなら何合目になるの」

「えー、そんなこと考えたことないけど、まだ二合目か三合目かな」

「空手の有段者になっても、そんなものなの」

「師範が勿論頂上やから、俺が空手を始めた年から考えたら、先生になることかな」

「将平さんは、もうキッズの先生してるんじゃない」

「いや、ほんとうの先生。つまり三段になったら、高段者と言われて先生になれるんや」

「そうなんや」

「そして、仮に三段になったとしても、もっと精神的にも修行せなあかんと思うんや」

「私には、よくわからないけど」

「そりゃそうや、武道というものは、口で言えるほどに簡単なもんやない。うちの師範である、香山、武山師範の二人共、命を賭けるようなことをしてきた二人やから、俺みたいな仕事の合間に空手を習いに来てる人間やないんや」

「そうなん」

「武山師範は、社会人はどんどん昇段審査を受けて、昇段せえと言われて、それで俺も二段を受ける気になったけど。師範、先生方は空手界の上昇のために一生懸命やって来はったんや」

「将平さんも一生懸命やん。仕事に店の手伝いに、そして空手に。そうじゃないの」

「そりゃそうやけど」

「もっと自分に、自信を持ってもいいんじゃない。今は先生方の頃とは違うのよ」

「そうやねんけど」

将平は、複雑な気持ちである。


将平が、起床して歯磨きをしていると、何時も鏡に歯磨き粉が飛んでいる。

(歯の磨き方が、悪いのかな)

その、鏡に付いた歯磨き粉をタオルで拭う。それは、正美が嫌がるかもしれないから。

(あれっ、俺ってそんなに神経、細かったかな)

そんなことも考えながら、あえて鏡を見て、やっぱり目が細いなと思ってしまう。

正美が

「おはよう。どうしたの」

「いや、改めて俺、目が細いなと思って」

「それが、将平さんの魅力じゃないの」

「そうかな」

将平は、気を良くして仕事に出掛けた。最寄り駅まで歩いて10分ほど。最近、どんどん宅地造成しているが、まだまだ田んぼも多く、鷺やセキレイをよく見掛ける。


修道館の組手の練習で、世界三位になった、高月と当たった時、将平の得意の刻み突き逆突きの中段が高月に入ったと思ったんだが、高月の上段突きが将平の顔面へ。将平は突きを入れているので、高月の突きを避けきれなかった。将平は右目から頬にかけて鋭い痛みが。高月は

「秋山、すまん」

「大丈夫です」

しかし、将平の顔はどんどん腫れてしまった。武山師範は

「中段突きの腰の位置が、高過ぎるから、上段を受けるんや」

と。その後、顔は大丈夫かと、心配してくれた。帰宅すると正美が

「どうしたの」

「世界三位の先輩と、組手をしてやられたんや」

「男前になったじゃない。顔を早く冷やさないと。明日、腫れが残っていて、男前のままかもね」

「それが心配や」


明くる日、正美が将平の頬を冷やしてくれていたにも関わらず

「やっぱり、青痣が出来てる」

「そうか、仕方ないわ。メガネ掛けてくか」

「そんなの、あった?」

「あー、老眼鏡」

「掛けてみて」

将平が通勤カバンから老眼鏡を取り出して掛けてみると

「ほんまや、黒縁で目立たんわ」

「よし、これで仕事行こ」

「頬の痛みは」

「あー、痛みは引いてる。正美が冷やしてくれたお陰や」

「良かった」

「行ってきます」

「行ってらっしゃい」

通勤しながら将平は

(高月先生に、上段突きを入れられたということは、まだまだやな)

と、思いながら。











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