第25話
家で、くつろいでいると突然、衣笠から携帯が
「おう、今ええか」
「押忍、今日は休みです」
正美は、テレビのの音を消音にし
「以前、頼んでたこと、決めてくれたか」
その時、将平は思い出した。講習会の時に、衣笠から、子供空手教室を開くので、手伝ってくれと言われたことを。
「えっ」
「忘れてたか」
「は、はい。自分で、ほんとうにいいのですか」
「だから、頼んだんや」
「もう少しだけ、時間くれますか」
「ええよ」
「今日中に、返事しますんで」
「おー、待ってるわ」
「すいません」
電話を切ると、正美が
「どうしたの。自分でほんとうにいいのかって」
「子供空手教室、手伝ってくれって。前に言われてたんや。けど、冗談やと思って」
「へぇー」
「どう思う」
「どう思うって、もう決めてるんでしょ」
「そうやけど」
「仕事に影響しないようにね。それだけよ」
「そこは大丈夫」
「じゃあ、いいんじゃない」
「うん」
将平は、改めて衣笠に携帯を掛けて
「子供空手教室の件、よろしくお願いします」
将平は、香山師範に言われた
「これから若い子や、子供たちに教えていってくれるようになったら」
このことを意識して、教えることに。
最初は、衣笠と河合という女性と三人で、土曜日だけ無料で、中央区子育てプラザで教えだしたが、子供は全然増えない。そして衣笠と相談して、授業料をわずかであるが徴収するようになって、口コミで徐々に子供の数が増えていった。
子供を教えるようになって、自分自身が出来てないのが、つくづくわかった。それは、子供に教えた注意点を、自分が海老江道場で注意されているのだ。将平は
(空手は難しいわ)
しかし、子供のひたむきな態度に、将平も頑張らねばと。教育の基本でもある。子供を教えたお陰で、将平自身も自信がついたのかなと。将平は
(子供らに、教えてもらった。急に上達する子、なかなか上手くならない子、嫌々習いに来てる子。けどやっぱり、その子自身のやる気なんだ。結局、継続は力なりだ)
上手な子と比べてしまい、自分の子が上手くならないので、辞めさせてしまう親が多くいるが、子供は、ある日突然、急に化けることがあるので我慢をしなければと思う。が、指導する側は、所詮他人である。衣笠や将平にもジレンマが。
親が辞めさせる理由は、勉強がいちばんなんだが、野球やサッカーに人気が。バットを振る、ゴールへのシュートの面白さに比べれば、空手は面白くないと、将平も思ってしまうのは、事実だ。
将平は非番の日に、昼寝の時間を削ってまで子供たちに教えに行った。こんな時は正美が
「今日はやめたら」
と、言ってくれたけど
「衣笠先生ひとりでは、たいへんやから」
と、頑張って出掛けた。それに、子供らはとても可愛い。早く将平も、自分の子供が欲しいと強く思うようになった。
将平は、大人の目線ではなく、子供と同じ目線であるように、屈んで空手の注意点を教えるようになった。
将平自身は、意識したつもりはなかったのだが、河合が
「秋山先生、あれは素晴らしいと思います。子供目線に立って指導されているのは」
と。
(えっ、全然意識してなかったんやけど、河合先生は、見てくれてたんや)
将平のこの行動が、果たして習っている子供に、通じているかいないかはわからないが、子供が少しでも上達してくれれば嬉しくなる。
「教えることは、教わること」
この気持ちを忘れずに空手を習う、そして教える立場に立てたことに感謝して、やっぱり
「空手を習ってて、良かった」
と、つくづく思う将平だった。
香山師範の教えでは
「情熱を持って教える」
とのこと。子供らに対しても。毎回、空手の練習後、道場訓を子供らに唱和させる。
一、人格完成に努めること。
一、誠の道を守ること。
一、努力の精神を養うこと。
一、礼儀を思んずること。
一、血気の勇を戒めること。
が、どれぼどの子供が、その意味を理解しているのか。おそらく道場の後ろで聞いている保護者の中にも、伝わっていないかもしれない。
けれど、けれどだ。この道場訓をここにいる子供らの心の片隅にでも残っていれば、大人になってわかる子ができたとしたなら、幸いであるのでは。
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