第24話

将平は、まだ正美を新婚旅行に連れて行っていない。そのことを、ずっと気にかけていた。かと言って将平は、大の飛行機嫌いであるから、海外は絶対に行きたくはない。

そこで以前、将平と正美がテレビを見ていたら、山口県の角島大橋が写っていて

「行ってみたいな」

と、正美が言ってたのを思い出した。

将平は、新幹線グリーン車、フランス料理、角島大橋と、3つを一度に楽しめる旅を考えて。

10月、季節的にもちょうどいい。あとは台風が来ないかだけ。

(俺も、新幹線グリーン車、国鉄当時の塗装で走っているキハ40・47系の気動車、そして関門海峡を渡る船と、3つ楽しめるし)

わずか一泊二日の旅だが、中身の濃い旅である。台所で、洗い物をしている正美に

「正美、以前おまえが言ってた、角島大橋へ行ってみよか」

「えっ、行きたい」

「よし」

「それって、新婚旅行」

「悪いな。もっと金貯めて、いずれええとこ、連れて行くから」

「うん」

正美は、将平が飛行機嫌いなことを知っている。


ちょうど二日続けて将平が休みの日、新大阪を10時過ぎののぞみに乗車して、二人は一路小倉へ。将平は、長袖のポロシャツにジーンズ姿。正美は紺のワンピース。初めて乗ったグリーン車は、座席が広くゆったりしていて、乗り心地がとても良く、ビールが余計に旨く感じる。

小倉からは、在来線に乗り換え、門司港へ行くんだ。そして駅からすぐの渡船に乗って、再び本州に戻って、唐戸市場へは歩いて数分。

(あれー。俺ら、関門海峡を何回渡るんやろ)

将平は、そんなことを考えながら、渡船の上から、関門海峡を眺めている。船上から

(あの大きな船は、いったい何処の国へ行くんやろう)

と考えていると、たまらなく楽しい。

さわやかな風と、波しぶきをあびていると、すぐに本州へ。新幹線の新下関で降りてから、唐戸市場へと行くルートも考えたんだが、新下関にはのぞみは停車しないので、乗り換えを何回もしなくてはならない。

唐戸市場は、平日なので営業していない。二階に寿司屋があって、もう昼の2時前なのに10人くらいの先客が、並んで待っている。けと、客の回転が早く、あまり待つこともなく、カウンターに座れ、いきのいい寿司を食べながら、関門海峡が見え、そして大きな船が目の前に。

将平は、ビールを口にしながら正美に

「美味しいな」

「うん」

ニコッと笑った正美の頬にえくぼが。


再び二人は、渡船に乗って、九州へ。正美が

「どんなホテルに泊るの」

「インターネットで見ただけやけど、部屋から関門海峡めが見えるって」

「ロマンチックね」

「そやな」

一旦、ホテルでチェックインし、しばしの休息。ホテルの部屋からは勿論、関門海峡と関門橋が見える。

正美が、ベッドでうたた寝をしている横で、将平はウォークマンで、カーペンターズのイエスタデーワンスモアを聞きながら海峡を見て

(コンテナをいっぱい積んだあの船は、いったい何処まで行くんやろ)

と。そんなことをまたも、思っている、この瞬間がたまらない。

そして夕方、将平は正美をホテル内の、フランス料理の店へ連れて行く。正美のためとはいえ、慣れない食事は、将平には辛い。

(やっぱり、来んかったら良かったかな)

すると正美が

「将平さん、ありがとう」

と。

「うん」

(正美が喜んでくれたら、まあええか。しばらくの我慢や)

将平は、あまり食べた気がしなかったが、食事の後、夜景を見に二人は海辺へ。夜風が、将平の短い髪を撫でて心地良い。

「さわやかやな」

「気持ちいい」

「来て良かった」

「寿司も、フランス料理も美味しかった。そして明日は、角島大橋ね。何か、私ばかりがいい思いしてるみたい」

「正美が喜んでくれるなら、たとえ火の中水の中」

「嘘ばっかり」

ニコッと笑う将平の目が、何処にあるかわからない。

将平自身も、明日の山陰本線の気動車に乗るのが、楽しみだ。

ネオンに照らされた関門海峡。そこは二人だけの世界。その雰囲気のまま、二人はホテルのベッドへgo❗


明くる日は、鉄道堪能の旅である。

「今日は、快晴だ」

正美の希望の、角島大橋を見に行くんだが、将平の乗り鉄の血がうずく。まず門司港から電車に乗って、門司で乗り換えて下関へ。下関からは、将平がどうしても乗りたかったキハ40・47系気動車2両編成。将平と正美と一緒に乗り込んだ客は、5名ほど。

将平と正美は、クロスシートに腰掛ける。座席の下からくる気動車独特の、エンジン音が響く。山陰本線の小串駅で乗り換えて、滝部駅下車。ひとつ先の特牛駅(こっとい。日本有数の難読駅名のひとつ)からバスに乗り換えてという手もあったが、将平みたいな観光客が多いことを考えて、バスの始発駅である滝部駅から乗り換えた訳だ。特牛駅からの客はひとりだけで、将平の取り越し苦労だった。バスは途中で乗車してきた老夫婦以外は、地元のひと7人だけ。

橋の入り口には、たくさんのひとがカメラを構えていた。角島大橋は、全長1780mで、山口県下関市と角島間の海士ヶ瀬戸に架かる橋で、コバルトブルーの海が、橋の景間に色を添えている。

よく、テレビコマーシャルに取り上げられて、それを正美も実際に、この目でみたいと思ったひとりでもある。

角島大橋は、ゆっくりと左カーブを描いて、とても絵になる景色だ。今日は、ものすごくよく晴れた日で、正美が

「最高」

と、声を上げてくれ、将平は正美を連れてきて

(良かった)

と、つくづく思った。

帰りの新幹線で、正美が

「ありがとう」

と言いながら、将平の肩に頭を乗せてきた。二人はしっかりと、手を握りしめたまま。網棚には、好昭への土産の地酒が。




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