第21話
明くる日、将平が出勤すると、福島隊長が
「原田から聞いたぞ。頑張ったな」
「押忍」
「空手に取り組む、張り合いができたな」
「押忍」
「けど、これからやぞ。しようもないこと聞くけど。勿論、初段合格で、空手を辞めるということはないやろ」
「勿論です」
「いやな、うちの流派でも黒帯取ったら、空手習うの辞める者が多いんや。何でやろといつも思うんやけど。これから二段・三段と、昇段していかなあかんのに。黒帯取ったらもう、空手を習得したと思うんかな。空手って、奥が深いで」
「そうですね。俺もこれらかやと、思ってますから」
「良かった、良かった。気持ちよく仕事してや」
「押忍」
将平は、思っている。これから正美とのあいだに、子供がいずれできるとすると、自ずと香山師範の言われた
「家族を護るんやろ」
との言葉に通じる。そのためにも、空手を続けねばならない。
(まだ、たかが初段や)
将平は、今日は高橋という22歳の今年入社したばかりの警備員とコンビを組んで、警備を行う。各階を、二人で巡回していると
「秋山さん、一度お話ししたいと思ってたんですが、空手を習ってるんですってね」
「そうやけど」
「僕は、痛いの苦手なんですけど、空手に興味があって。この仕事を、生かすためにも必要かなと思いまして」
「それやったら一度、体験に来てみる?何もせんと前には
進まんやろ。俺なんか、42歳で空手を習い始めたんやから」
「42歳ですか。すごい」
「体験してみて、それから考えたらええやん」
「そうですね。是非、体験させてください」
「それじゃあ二人共、明日非番やから、一緒に修道館に行ってみよか」
「よろしくお願いします」
将平は高橋と、JR大阪環状線森ノ宮駅で、18時40分頃に待ち合わせ、駅前の信号を渡って大阪城公園に入り、真っ直ぐ天守閣を見ながら噴水に出、そこから林の中を歩いて、階段を上がると二ノ丸に。そして、道なりにゆけば修道館だ。
「もう6年目」
修道館に通っていると、四季のうつろいが目につく。春には梅、桜。そして新芽が芽吹き、晩秋には紅葉が。そしして、四季を問わずライトアップされた天守閣が、また美しい。
高橋は、Tシャツにトレパン姿。その姿を見て将平は
(俺も最初は、このスタイルやったんや)
自分が、初めて道場に来た頃を思い出した。高橋が将平の道着姿を見て
「格好いいですね」
と。
下東、長西に挨拶をし、高橋を紹介すると、下東が
「それじゃあ、秋山君はもう黒帯なんやから、基本を高橋君に教えてあげて」
「押忍」
将平は高橋に
「それでは、鏡の前に行こか」
「はい」
二人は道場の隅にある鏡の前へ行き、将平は自分が下東から教えられたことを思い出しながら、高橋に教える。それは、将平自身の空手の復習とも言える。
「突きは、対象物に当たるところで拳をひねる」
「蹴りは、軸足の膝の上まで足首を上げ、蹴った後に引き足を自分の尻に当てるような気持ちで」
「はい」
「突きも蹴りも、引き手、引き足が大事や」
「はい」
将平と高橋が、給水しながらタオルで汗を拭いていると下東が来て、将平に
「どうや、教えるのは」
「押忍、難しいです」
「そやろ。空手を学んでいる者は、『原点に立ち帰れ』と言われる。自分が教えられたことを思い出しながら、教えることによって、忘れていた基本を思い出して、今自分がそのことをしっかりやっているかという、復習につながるんや」
「押忍」
将平と高橋は、下東と長西に挨拶してから将平が
「ちょっと、行こか」
と、森ノ宮駅前の酒の穴へ連れて行き、二人で乾杯した後
「どうやった」
「はい。難しいですね空手は。ただの突き、蹴りやと思っていたんですけど、されど突き、されど蹴りと。ひとつひとつが深い」
「そやろ。俺もこの店で、原田さんに同じようなことを言った覚えがあるわ」
「そうなんですか」
「だから決して焦らず、一歩一歩。継続は力なりや」
「続けてたら秋山さんのように、黒帯になれますか」
「当たり前や。俺でもなれたんやから」
「俺も絶対に続けます。継続して黒帯になりたいです」
「その意気や」
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