第18話
明くる日、将平は休みなので、朝からおでんの出汁作りに忙しい。そこへ正美が
「今日は、店開けるの止めたら」
「いや、明日は仕事やから。今日は絶対に店開けるんや。ちょっと、おでんの出汁、味見して」
味見している正美に
「どう」
「うーん、何か、足りない」
「ちょっと待って」
正美は携帯で、入院中の好昭に電話をして
「お父さん、おでんの出汁、何か足りないの」
「ちょっと、将平君に代わって」
「うん」
「もしもし将平です。おでんの出汁、何かが足りなくて」
「すまんな、将平君。出汁はこうこうで・・・」
将平は、汗びっしょりになって何度もやり直しを重ね、何とかおでんを仕上げたが、正美に
「すまんな、おでんだけで」
そこへ、いつもの常連客が顔を出して
「親父さんが倒れたって」
「ええ、大したことはなかったんですが、しばらく休養しないといけないことに」
「親父さん、いつも頑張ってたからな」
「押忍。いえ、はい」
「あんた、それまで頑張るつもりか」
「ええ、仕事が休みの日は、やってみようかなと」
「なかなか難しいな・・・。おでんの出汁とか」
「はい、それで苦労してました。おでんは一応できたんですが」
「俺も手伝うわ」
「えっ」
「俺なぁ、親父さんに悩み打ち明けたりして、色々お世話になってるんや。たぶん正美ちゃんも知らんと思う」
常連客は、正美を見て言った。
「へー、そんなことが」
「親父さんはな、俺以外にも結構、相談に乗ってたで。だからこそ、ここで返さんと」
「ありがとうございます。バイト代は」
「いらん、いらん。仕事終わりに、ちょっと呑ませてくれたらそれでええ」
将平は、正美と顔を見合せ
「ありがとうございます」
(義父さんの懐の深さは、並大抵なものやないんや。正美を俺のような者にくれたし・・・。俺も常連さんと同じで、ここで返さな)
その日から、居酒屋みどりの営業が始まった。だが店頭には
「店主急病の為、料理はわずかしか出せません」
と書いて貼り出した。
しかし、次から次へと、いつもの好昭が元気な時のように客が来てくれ、常連さんは
「親父さんのお陰や」
「はい」
将平と正美は、客はわずかだと思っていたのに、好昭の日頃の気配りの結果が、ここに表れたんだと思い、ほんとうに頭が下がった。
「義父さんは、すごい人やったんやな。代打の俺の料理で、我慢して一杯やってくれて」
将平は、涙声で言ったが、その目が、何処についているか、わからない。
「うん、私も全然、知らんかったわ」
将平と正美は、常連客とお客さんに対して、余計に頭が下がった。
正美が
「で、空手はどうするの。もうすぐ昇段審査でしょ」
「うん、下東先生に相談してみるわ」
「それがいいわ」
そして将平は、修道館で下東に昇段審査を前にして、依然より練習に、行けない旨を話すと
「それやったら、量ではなく質で練習するんや。福本先生にお願いして、主に海老江で練習させてもらいなさい。あそこは、修道館の倍の時間、練習できるから」
「押忍、そうさせてもらいます」
そして、海老江道場で、福本先生に話すと
「よし、わかった。おまえが練習に来た時、集中的に注意するぞ」
「押忍、お願いします」
将平は、仕事に、居酒屋みどりに、そして空手にと、1ヶ月間、気の抜けない日々が続いた。
「日々一歩ずつ愚直に」
昇段審査は、5人の先生方の前で新たな移動基本が行われる。
「飛び込んで三本突き」
や
「揚げ受け、前蹴り逆突き」
と、上段突きを、受ける揚げ受けの状態での、半身で蹴りを行うのは難しい。
それらの基本技の繰り返しである。組手は、松濤連盟では
五本組手
基本一本
自由一本
と進化してゆき、最後が
自由組手
となる。
将平の、初段の受験の組手は、自由一本でその組手とは相手に、上段突き・中段突き・前蹴り・横蹴り・廻し蹴り・後ろ蹴りと、相手に技を教えてから攻撃を行い、今度はその相手の攻撃を受けるのだ。
そして最後に形を行う。受験者の得意形と、審判長が決める指定形の二つだ。指定形は
平安初段~平安五段・鉄騎初段の中のひとつである。
将平の得意形は勿論、抜塞大だ。
抜塞大の形は、あたかも敵の城塞を打ち破るような気迫と力を以ってするので、抜塞大と呼ばれる。気力を充実させ重厚で堂々と演武しなければ、特徴は生きてこない。全部で42挙動あり、将平が今まで習ってきた平安形の倍近くの挙動数である。その形の中で、両掌つかみ受け、両掌つかみ寄せ、両手槌中段はさみ打ち、山突き、下段すくい受け等、将平が初めて行う挙動が。
修道館では、あすかと一緒に日々練習する。
下東が
「まず、形の順番を間違えないように」
と言われ、将平は初心者の部で出場した大阪府大会を思い出した。
(そうだ。一回戦で戦った外人は、形を間違えたんで、俺に負けたんやった)
次に下東が
「組手は、実際に相手と組んで、互いに攻防技術を体得する練習方法で、形は敵を仮想して、攻防の技の使い方、体の動き等を体得するものだが、組手は二人相対して、形におさめられている種々の攻防の基本技を、実際に当てはめて行うんや。だから組手は、形の活用であるといえる。つまり、形と組手は空手道における両輪といえるんや。だから両方共に勉強していかんと、上達はせん」
と。
自由一本は、原田に教えてもらう。
「間合いや間合い。つつ、つつと足を運んで、相手に間合いを詰めていって、自分の間合いや、と思った所で、すかさず技を出す。けど、相手も自分の間合いに持っていこうとするんで、そこが相手との駆け引きや。その練習を何度も繰り返して、身体で覚えんと」
「押忍」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます