第16話
二人は話しがつきず、将平のよく行くスナックへ。
「いらっしゃい」
「秋ちゃん、久しぶりやね」
「ママ、こいつ俺の中学時代の親友やねん」
「そう、リノと言います。以後、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
照れる黒崎の肩を叩いた将平は
「ママ。中学の時、こいつにものすごく失礼なことをしてな」
「みんな、人生で決して失礼なことをしていないひとは、いないと思うわ。そして秋ちゃん、このひとに謝ったんやろ」
「そうや」
「それをしないで、一生引き摺っていくひとの方が多いと思うの。そしてずっと後悔して。秋ちゃんみたいに一思いに謝ればいいだけなんだけど、それができないのよ、きっと」
「そんなもんかな」
「そうよ。秋ちゃんは偉いと思うわ」
「そんなもんかな」
将平は、同じ言葉をもう一度言った。
「それより、黒崎唄おう」
「そうやな」
将平が泊りの仕事をしていると、一日一日は長いのだが、だいたい10徹か11徹で、1ヶ月が経ってしまい、結局1ヶ月を早く感じてしまう。
将平自身、警備員の仕事に空手にと、毎日が充実しているので、よけいに月日が早く感じられる。
そして、居酒屋みどりの手伝いも将平は、非番で空手のない日は進んでするようになり、好昭が
「近所へ、引っ越してきたらええのに」
とのひとことで、長年暮らしたアパートを引っ越すことに。
将平と正美の新居は、居酒屋みどりから徒歩3分の新築2年目の1LDKで、将平にとっては以前住んでいたアパートと、雲泥の差だ。新居の家具と電化製品を決めるのは正美で、将平はただ付いて行くだけ。
「これがいいわ。けど、あれも」
そんな正美を、将平はニコニコして見てるだけ。目が何処に付いてるか、わからない。
あらかじめ、引っ越し先の間取りはサイズを図ってあるので、冷蔵庫や洗濯機はすぐに決定するのだが。部屋のベースとなる色も、勿論正美のお気に入りのピンクだ。
将平の荷物は多くはなく、段ボール箱に2箱くらいで古いテレビや冷蔵庫は、捨ててしまった。段ボール箱の中には、叔父からもらった吉川英治の三国志が。
(20年ほど働いて、これだけしか俺の荷物がないんか。いくら転職してばかりとはいえ、何か虚しい)
「何、考えてるの」
「いや、俺の20年は何やったんかなと思って」
「これからよ」
「えっ」
「部屋を見て」
家具が揃った部屋をながめて、将平は
「何でも新しいって、ええな」
「それって、私への嫌み?」
「いえいえ」
「これやったら、いつでも店を手伝えるな」
「そうね」
「そろそろ籍を入れんとあかんな」
正美は、将平のこの言葉に
「いつでもいいわよ」
正美は、今日から同棲するので、余裕のひとことである。
しかし、好昭はそうはいかない。
「秋山さん、いつになったら正美と籍を入れるんや」
「もう少し、待ってください」
「何を待つんや」
と、好昭に言われても答えられない将平なんだが、秘かに
(空手で黒帯になったら)
と思っている。そこを正美は、気付いているらしい。
将平は、もし万が一にも好昭が倒れでもしたら
「居酒屋みどりを継がねば」
そうなると
「空手は、もうできない」
「だから、せめて黒帯だけは取っておきたい」
入籍するまでに
「絶対、黒帯を」
という訳である。
将平は、順調とはいかないが、少しずつ昇級して1級まで昇級はしたが、月曜、水曜に泊りの勤務があると、一週間空手の練習ができなくなる。これが、泊りの仕事のネックでもある。勤務采配をする上司にお願いすると
「それじゃあ、年休申し込んで」
となり、一年間の将平の持っている有給休暇では、足りるわけがない。
そこで、将平が原田に相談してみると
「それやったら、海老江に練習に行こか。あそこは、木曜、日曜が練習日やから」
ということで、下東の了解の元、海老江へ空手練習に行くことになった。
海老江は、福本、井村両先生の道場で、福本の住んでおられるマンションの集会所で、空手の練習が行われる。修道館と違い冷暖房完備だ。原田に連れられて行って将平は
(なんや、修道館とえらい違いや)
海老江道場には、将平のひとつ年上の岸本、女性の西浦、そして子供も四人習っていて、修道館の時間の、倍以上の練習が行われる。
将平が、初めて海老江道場へ習いに行った時、あまりのしんどさに、頭が真っ白になってしまった。
それは、海老江道場では、突きの移動基本だけで、3往復行われ、修道館の1往復しかしたことのない将平からすれば
(まだすんの)
である。もう空手道着は冷暖房完備とはいえ、汗びっしょりだ。しかし、それだけ上達が早くなる。修道館で教えてもらえないことまで、福本、井村は教えてくれる。
「拳が最後まで、廻ってない」
「蹴りの引き足が、できてない」
「逆突きは、もっと腰を使って」
と、日々新鮮な気持ちで、練習ができている。
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