第14話
朝礼の日、原田は休みだったので、護身術の件を将平が原田に連絡することに。電話で
「原田さん。お休みのところ、すいません」
「いや、ええよ」
「今回、護身術を各隊員に、私と隊長と原田さんとで教えることになったんです」
「あっ、秋山君の酔客対応の件でかな」
「そうなんです。よくお分かりで」
「いやぁ、たいしたもんやと話しを聞いて思ったんや。俺も、とっさにできるかなと」
「そんなー。できるに決まってるじゃないですか。原田さんは空手二段なんですから。俺みたいな白帯じゃないんですよ」
「まあまあ。とにかく了解」
「そこでなんですが、隊長と三人でよく話し合おうと。それに自分は、護身術なんてまだまだなんで」
「そやな、わかったよ」
そして将平、原田、福島の三人は、ショッピングセンター7階のあの酔客に、女性従業員が絡まれた店で、話し合うことに。三人共非番で、店は開店したばかりからか他には客はなく、奥の座敷に上がった。
福島隊長がまず
「俺が、自分から言い出したことやねんけど、いきなり護身術と言われてもなぁ、原田」
「そうなんです。いつも空手でやってるのは、攻撃と受けなんで」
将平は、原田と福島の話しを、黙って聞いている。
「まあ、形の中身から出すとか。女性のセルフティデイフェンスから引っ張り出して、教えよと思ってる。何といっても、俺が言い出したことやし」
「形の中身ですか。例えば平安三段とか」
「そうや、俺とこの流派のピンアン三段の最後の挙動」
「そうですね。秋山君、わかるか」
「はい、原田さんが教えてくれた」
「そうや。さすが酔客からのとっさの判断といい、機転がきくな」
「いや、それは。空手やってたら、誰でもわかりますよ」
※平安三段・ピンアン三段の挙動
相手に背後からおおいかぶされた時に、肘打ちと拳の両方で対応し、それでも相手が離れない時に、移動して更に反対の腕で肘打ちと拳を使って対処する。平安三段とピンアン三段は、流派を越えて、要所は同じことを教えている。
その時、店長が
「秋山さん、先日はうちの者がお世話になりました。これ、食べてください」
と、刺身の盛り合わせを持ってきた。
「いやぁ、これは」
福島隊長は
「ありがとう。遠慮なくいただきます」
「えっ、いいんですか」
と、将平は言ったが、福島は
「こんな時は、遠慮することはない」
と。店長に向かって
「ありがとうございます」
と。つられて、原田も将平も
「ありがとうございます」
すかさず福島が
「これから、護身術の講習会を毎月やろうと思いますので、店長もよかったら来てください」
「私らも、行かせてもらっていいんですか」
「勿論ですよ。そのためにやるんですから」
「ありがとうございます。是非、従業員を連れて行かせてもらいます」
そう言って、店長は板場へ帰った。
福島は
「秋山、どうや順調に空手の練習、できてるか」
「はい、先日の酔客対応がものすごい自信になって、益々練習に行くのが楽しみで」
「エエこっちゃ。やっぱり空手やってて良かったと、俺も思ってる。なあ原田」
「押忍、自分もそう思います。そして護身術講習会をやることにより、もっと空手を習ってみたいと思う隊員が、増えてくれたらと」
「そこやねん。絶対、護身術講習会を成功させよな」
「はい」
「押忍」
護身術講習会は、翌月から隊員全員が受講できるように、泊りの勤務の非番で、5日間にわたって行われ、講師は福島隊長、原田、そして将平が、ひとりひとり別れて教えた。将平の日には、飲み屋の店長と従業員の女の子も来てくれて、初回としては福島隊長も満足いく結果となった。
将平が講師となった日は、原田が休みなのに手伝いに来てくれて、将平はホッとしたが、やっぱり緊張してしまい、相手の急所を蹴りあげる時に、金的をきんた◯と言ってしまって、女性陣が引いてしまう場面も。
反省会で福島は
「この講習会が、現実に生かせるようにならな、あかんからな」
「そうなんですよ。護身術講習会をやりましただけでは、だめなんですよね」
「毎月では俺ら教える方も、習う隊員も、非番でしんどいやろうから、2ヶ月毎にやってみようと思ってる。原田、秋山、協力してや」
「押忍」
「押忍」
将平は
(初めて押忍って言えた。嬉しい)
「ところで、福島隊長、原田さん。講習会の後、空手を習いたいと言ってきた隊員はいましたか」
「それが」
「秋山。まあー、ぼちぼち行こうや。決してあせらんことや」
「隊長の言う通りやで秋山君。押忍の"忍"つまり、忍耐や」
「押忍。けど自分は空手やってて、つくづく良かったと思ってるんで。それで空手仲間をどんどん増やして、自分と同じ気持ちを分かちあいたい
と思って」
「秋山。空手をやってて良かったって、どう良かった?具体的に述べよ」
「押忍、仕事でしんどいなと思った時など、空手の練習に比べて、言ったら悪いですけど、はるかに楽なんで。そして、何より精神的に強くなったと思えるんで。自分は子供の頃から、親父から気の小さい奴と、二言目にはよく言われて育ってきたんです。だから、自分は気の小さい奴だと、思い込んできました。その殻を破ることができたのも、空手を習い始めた頃からなんだと思います。この気持ちは、43年生きてきて、初めて味わったものなんです。だから他の警備員の方々にも、わかってもらいたくて。ましてや、酔客対応で生かせたのも、ついでなんですけど、あったし。それをたくさんのひとに知ってもらいたいんです」
「わかるわ」
「えっ、原田さんもですか」
「うん」
福島が
「秋山よ。白帯でそこまで空手を理解できたら、精神だけは立派な黒帯や」
「ありがとうございます」
「ところで空手には、ものすごくたくさんな流派があるんですけど」
「それは俺が。
伝統空手には、俺の習ってる糸東流・剛柔流・和道流、そして原田、秋山らの習ってる松濤館流の四大流派があって、元々は沖縄が空手発祥の地や。薩摩藩に虐げられてた琉球の人々が、一子相伝で隠れて武道を磨いてきたもので、それが本土に伝わったんや。武器を持たずに、手と足による突き、蹴り、受けをやって。
いずれは、武士と戦うつもりやったんやろうな。知らんけど」
「一子相伝って、すごいですね」
「あー、その頃は必死やったと思うで。それこそ死に物狂いで練習してたやろうし」
「そうですね。今のスポーツではなく、まさしく武道」
「だから一撃必殺って言うやろ」
「押忍」
「しかし、よく勉強されてますね」
「徒手空拳をもって身体の使用可能なあらゆる部位、とくに手脚を組織的に鍛練し、その一突き一蹴りで、不時の敵を倒しうるように、修練された護身術。勝敗を究極の目的とするものではなく、有形無形の試練を乗り越え、鍛練を基礎とし、その汗の中から人間完成への努力を図って、自己の可能性と、礼とを深く極めていく武道である。ってか」
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