第12話
正美の部屋へ初めて入った将平は、女性らしい薄いピンクの色がベースになった部屋の彩りになっていて、予想していた通りだとはいえ、将平の心は落ち着かない。正美は風呂上がりのパジャマ姿で、二人が横になると、正美の髪の香りが、将平には禁断の香りだ。
正美は、横になってからも、将平をじっと見つめている。将平は、正美のえくぼをそっとさわってから、おもむろに正美の唇にキスをした。
そして将平は、えくぼを触っていた手をゆっくりと正美の乳房から、そして股間へ。正美は、身体はかたくなっているが、あえて逆らわない。
将平の手は、独立した生き物でもあるかのように、正美のパジャマの中へ入り、そしてパンティの中へ。正美の身体が、ビクッと反応して・・・。
将平は、正美のベッドで一緒に寝たが、シングルベッドなので落ちそうで、まともに寝た気がしなかった。
いつの間に眠ったのだろう、正美が
「将平さん、もう8時よ」
「えっ、もうそんな時間」
「朝ご飯、食べていって。できてるから」
「義父さんは」
「まだ、9時までいつも寝てるから」
朝食をご馳走になった将平は
「お父さんには、挨拶無しですいませんと言っといてな」
正美は
「了解」
と言って、玄関先で将平にVサインを送った。
「おい」
その男は、将平が居酒屋みどりから出てくるところを、角で待っていた。男は、将平よりはるかに背が高いが、ひょろっとしていて、髪の毛をセンター分けにし、マスク姿に白髪混じりで、どうみても将平と、年齢が近いように思えた。男の足元には、たくさんのタバコの吸殻が。
(あっ、思い出した。いつも居酒屋みどりに来てる奴や)
「正美は、俺の女や。正美と縁を切ると、ここで約束せえ」
「あなたは、どなたですか」
「そんなことは、どうでもええ。正美と別れろと言ってるんや。さもないと痛い目にあうぞ」
そう言いながら、男は右拳を左手でさすっている。
将平は思い出した。
(そや、黒崎と吉岡の決闘の時みたいや)
将平がニヤッとすると、男は
「何、笑つてるんや」
「俺、空手習ってますけど。日頃、先輩方にどつかれてばかりなんで。今日はその反対に、どつかしてもらえると思うと嬉しくて。どつかしてくれます?」
すると、男は急にひるんで
「お、おぼえてろ」
と、捨て台詞をはいて、逃げてしまった。
その後ろ姿を見て、将平は
(まるで中学の時の、俺と黒崎や)
将平は、初めて原田に連れられて、空手の昇段審査を見学に行って、息を飲んだ。諸先輩方の組手というものに。
二段の受験者は、井筒。その井筒を元立ちと言って林が、組手の相手をする。まずは受験者である井筒が攻撃をし、林がそれを受ける。
「エイっ」
「エイっ」
と、井筒が繰り出す突き、蹴りを、林はいとも簡単に、極端な話しだが、まるで踊りを踊っているかのように、自然と避ける。上段突きは手刀で、蚊でも避けるように払い、蹴りは腰を切って、手を使わない。苦しまぎれに井筒が、廻し蹴りを蹴ろうものなら、林は廻し蹴りをかいくぐって井筒の胸元へ身体をぶつけ、蹴った井筒が倒れる始末。
さあ、ここから林の井筒への攻撃だ。今度は井筒が、林の攻撃を受ける番だ。林の
「やー」
との掛け声と共に、刻み突き逆突きの連続攻撃。その刻み突きが顔面に来るのに、井筒が気をとられてるあいだに、林の逆突きが井筒の腹部へ食い込み
「うー」
と、たった二発で井筒はうずくまってしまった。
井筒が立ち上がるとすぐ、林の前蹴りが炸裂。そして続けざまに上段突きが、もろに井筒の顔面に。
結果、井筒は二ヶ所骨折、一ヶ所肋骨にヒビが入り、びっこを引いて道場をあとにした。この審査を見学していた将平は
(絶対、昇段審査なんか受けたくない)
と、強く思ってしまったのだが、原田が
「どう思った?今の審査を見て」
「すごいですね。まさか、ここまでやるとは。原田さんはどう思われます?」
「俺は。二段審査の時、林先輩が元立ちでなくて良かったと思ったよ」
「俺は、まだまだ段を受けたくないと思いました。勿論、まだまだなんですが」
「今の俺は違うな。林、井筒両先輩の組手を見て、燃えてきたもん」
「えー」
「ただし、秋山君はまず、空手を継続せんと」
「つまり、下東先生のいつも言われる、継続は力なりですね」
「そうや」
将平は、その言葉通り継続して、やがて空手の指導者になることに。
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