第9話
大阪城は、春の桜がとても美しい。
将平は、修道館で初めて空手の大阪府大会に出場することに。というより出場しなければならないことになった。
将平は、まだ修道館でしか空手を習っていないので、下東と長西の他は、知らない先生ばかりが審判をされている。
勿論、将平は初心者の部での出場である。いつも練習している修道館なのだが、将平は自分のいる場所がない感じだ。子供たちの中には黒帯の子もいて、プレッシャー、バリバリだ。
いよいよ、初心者の部の時が、やってきた。初心者の部は、形だけてある。将平の一回戦の相手は外国人で、とても将平よりも上手そうに見える。原田と藤田が、将平の肩を叩いて励ましてくれるが
二人の言葉が将平の耳に入らない。初心者が演ずる形は、平安初段のみ。形の勝負の判定は、四人の審判の旗の数で決まる。
福本審判長の、演技開始の笛の合図で、二人同時に平安初段をわずか40秒ほどで、演じ終えた。終わった将平は、肩で息をしている。福本審判長の合図で、副審の旗が上がり、副審全て四人が、将平の赤旗だった。
「えっ」
将平は、何が起こったかわからない。将平が演舞線の外へ出ると、原田が
「やったな、秋山君」
まだ、肩で息をしながら、将平は
「どうでしたか」
「どうでしたかというより、相手が形を間違えたんや」
「えっ」
「形は、間違えたらあかん。だから秋山君の勝ちや」
将平は、まるで狐につままれたような気持ちだ。すぐ横のコートでは、藤田の出場する段外の部の組手が始まっており、もう少しで60歳になる藤田が頑張っている。その姿に、将平も
(俺も頑張るぞ)
と、秘かな闘志を燃やして。
将平の次の試合は、相手が棄権をしたため不戦勝となり、あっという間の決勝戦だ。相手は、わずか20歳の、南道場の田中という選手である。年齢は将平の半分以外だ。将平は初戦とは違い、肩の力も抜けて臨んだ。
結果は、旗が3対1で負けはしたが、将平に旗が1本だけでも上がったのは
(やった。一回戦よりも嬉しい)
一回戦は、将平の力よりも相手が形を間違えたためのものであり
(やっと、ほんとうの試合ができた)
初めて臨んだ試合で、準優勝の小さな楯も貰えた。
将平は正美に、大阪府大会の結果を早く伝えたくて、原田と藤田の一杯の誘いを断り、居酒屋みどりへ出掛けた。
「いらっしゃい」
正美の声を聞くと、将平は元気が出る。正美は将平の、栄養源だ。将平は黙って、店の隅っこへ。夕方は、いつもなら店の書き入れ時だが、今日は土曜なので、客は三人だけ。好昭が
「秋山さん、いつものでええか」
「お願いします」
しばらくして正美が、瓶ビールとほうれん草バターを持ってきて、ビールをついでくれた。ビールを持つ正美の指が、とても美しい。将平は黙って、テーブルの上に今日の準優勝楯を置いた。
「何」
「今日あった、空手大会の結果や」
「えっ、準優勝って書いてある。すごいやん」
「まっ、まあな」
将平は満面の笑みで。笑うと、目が何処にあるかわからない。
「へぇ、頑張ったんやね」
「まあな」
「けど、何で私を呼んでくれなかったのよ」
「だって、この店、手伝わなあかんやろ」
「いいわよ。そんなくらい、お父さんだって絶対、行ってこいと言うに決まってるもん」
「実はな。俺、自信なかったんや。それで呼ばんかったんや」
「だって、準優勝したんでしょ」
「フロックや」
「えっ」
「最初の相手、外国人やったんや。強そうやなと思ったくらい。もっとも形やけど。自信に満ちた顔してたから」
「外国人の顔色、わかるの」
「あー、みんな強そうに見えるやん」
「それは。外国人から見たら、日本人の空手やってるひとも、強そうにみえるのと違うの」
「そうかもしれん、・・・けど」
「それで」
「そのひと、形を間違えたんや」
「形、間違うとどうなるの」
「勿論、びりっけつや」
「そうなん」
「俺も、知らんかったんや。形の試合が始まって俺、夢中でやってて。やっと終わったと思ったんや。何か、俺なりに充実感があって。そしたら審判の先生方が全員、俺に旗を上げてくれたから。えっ、何って感じで」
「私、素人だから。わからないけど、旗の数で勝ち、負けが決まるの」
「そうや。審判長の合図で、二人同時に形を始めて、その勝負の結果の判定は、副審。四角いコートの四隅に副審の先生方がいて、その四人の旗の数で、勝ち負けが決まるんや」
「へぇ」
三人の客も帰ってしまい、居酒屋みどりの客は、将平ただひとりに。
「ほんだら原田さんが、相手が形を間違えたって」
「それから」
「それから、次が不戦勝やろ。そしたらもう決勝戦で」
「ふーん」
「決勝戦の相手は20歳やから」
「将平さんの年の半分以下や」
「そうやねん。だから、もうどうでもええわと思ってたら。一本だけでも、俺の方に旗が上がったから、嬉しかったわ」
「そこで、頑張らな」
「そうやねんけどな」
「そこが、将平さんやね」
「うん」
「いいと言うか、悪いと言うか」
「まっ、まぐれにしても準優勝したんやから。その報告」
「もう、次は呼んでね」
「うん」
将平は
(もう、大会というのには、これから出やんかもしれんけど)
その時、好昭が
「秋山さん、こっち来て呑まんか。土曜日やから、もう客も来んと思うし」
「はい、そうさしてもらいます」
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