第7話
将平の趣味は、鉄道である。写真撮影をする撮り鉄、電車に乗るのが楽しみな乗り鉄や、鉄道模型収集等、いろいろあるが、将平は乗り鉄というやつで、最近ではそれらを総称して鉄道オタクとも。
JR全線というわけにはいかないが、将平は、これまでたくさんの路線に乗車してきた。電車に乗って、その沿線の、車窓から流れる景色を楽しむのである。その度に正美が、付き合わされる。正美は、鉄道が好きでもないんだが、将平と一緒なら、それでいいので。
JR和歌山線に乗車した時なんか、大和路線の王寺駅から和歌山駅まで二時間半近くも乗車するのだ。この路線には、北宇智という駅があって、スイッチバックで有名な駅だ。急勾配を緩和するため、折り返し式の路線を、列車がポイントを切り替えながらジグザグに上り下りをする。(現在は、北宇智駅はスイッチバックを行っていない)
正美が、弁当を作ってきてくれて、幸い電車は、形式が113系という電車だったから、座席はクロスシートで、将平は正美と二人向かい合って座り弁当を食べれたんだが、これが105系となると、座席がロングシートなので、他のお客さんと向かい合わせとなり、弁当を食べるどころではない。
(良かった。正美が、せっかく弁当を作ってきてくれたのに、105系やったら正美は、絶対に電車の中で、弁当を出せへんかったやろうし)
と、将平は缶ビールを呑みながら、思っている。
そしてもうひとつ、北宇智駅のスイッチバックを体験しながら将平は、今は亡き父のことを思い出した。父の故郷は、鹿児島県吉松で、肥薩線の人吉~吉松間は、大畑・矢岳・真幸のわずか三駅に、スイッチバック二駅とループ線まである鉄道ファン垂涎の地だ。将平も幼い頃、父に連れられ一度だけ乗車したことがあった。その時、子供心に
(何故、こんなめんどくさいこと、するんやろう)
と思っていると、父が
「ええか、将平。このスイッチバックはな、坂を真っ直ぐ登るのに何回も行ったり来たりして、少しずつ坂を登るんや。機関車を見てみ。ナンダサカコンナサカといって、いっぱい煙りを吐いて、頑張ってるやろう」
そう、窓の外を将平の目に映るカーブで先頭を走る蒸気機関車が、ものすごい煙りを吐いて一生懸命走っている姿が、今でも忘れられない。その時から将平は、鉄道ファンになったんだ。
もう正美にプロポーズしてしまったのだから、今度こそ、警備員の仕事を辞めるわけにはいかない。
(とにかく、ふんばらんと。しかし、仕事で嫌なことがあっても、空手で発散できる。ええのと出会えたわ。空手をやって良かった。原田さんも福島隊長も、頑張ってられるんや。俺が頑張れぬはずはない。そうや将平、その意気や)
将平は、自分で自分を奮い立たせる。
警備の仕事で、二人で巡回する仕事があり、その日は、原田と将平がコンビに。
「原田さん、よろしくお願いします」
「秋山君、空手頑張ってるんやな。下東先生から聞いたで。俺と一緒に行けなくなっても、ひとりで空手練習に行けるようになったら、もう立派なもんや」
「そんな、もうとっくに大人なんで」
「いやごめん。継続は力なり、それに尽きるよ」
「そうなんですよね。下東先生に基本一本を教えていただいて。俺、ずっと組手やりたかったんで、嬉しくて嬉しくて」
「基本一本は大事やで」
「はい、下東先生はもうええ年なんで、一発くらい入れられへんかなと思ったんですが。何やこの違いはと。つくづく経験の違いを、思い知らされました。さすが先生と、言われるだけのこと、あるんやなと」
「そりゃそうや。俺でも、まだまだなんやから」
「二段でもそうなんですか。そりゃそうですよね。そんな簡単にできるもんやったら、空手を誰でもやりますよね」
「まあ、今日はゆっくりと話す時間があるから。空手に対する俺の考えとか、秋山君の空手をやる気になったキッカケとか、ゆっくり話そうや」
「はい」
将平は
(まだ俺は、押忍と言えてない)
原田と将平は、ショッピングセンターを、時間毎に定期的に巡回する。制服を着た者がいるだけで、犯罪の抑止力につながるのだ。
原田は、巡回しながら将平に注意を。
「秋山君、角を曲がる時は、大きく廻りや」
「何故ですか。毎日2万歩ほど歩くのなら、近道ではないけれど、できるだけ歩数を減らした方がいいのでは」
「曲がり角で、犯罪者がいたとしたら。一辺に棒で殴られるかもしれんやろ。だから大廻りをする」
「はい」
「今ここで、火災が起こったらと、常に思いながら巡回する」
「はい」
「避難経路は、火災階から上の巡に避難させるとか」
「はい」
「いつも、イメージトレーニングをしながら巡回するんや」
「はい」
将平は、原田の話しを聞きながら、三日間の新任警備員研修を思い出した。
(煙の早さは、10階建てのビルを、10秒で上がる)
「原田さん、話しは変わりますが、そろそろ空手道着が欲しくなってきたんですが」
「そうやな。いつまでもTシャツでは」
原田は、空手道着が欲しくなってきたという将平に、意気込みを感じ
「ええことやな」
「いくらくらい、するんですか」
「我々の流派のロゴが入ってるのやったら、1万5、6千円」
「そんなにするんですか」
「最初からええの買わんと、安いの買っといて、ほんとうに継続できると思ったら、ええのを買ったらええと思うで」
(俺は継続する。生涯空手と言ってるのに原田さんは。まだ、分かってもらえてないんや)
将平の顔を見て、原田は
「悪くとらんとってや。今まで続けると言っていながら、辞めてしまうひとが、ほんとうに多かったから」
将平は、心外だと思ったけれど、自分の今まで仕事をコロコロ変わってきた継続のなさに、大きなことは言えはしない。
「そうなんですか。それじゃ、何処かスポーツ店にても行ってきます」
「明日、非番で一緒に行ってみよか」
「いえ、ひとりで行ってみます。お気持ち、ありがとうございます」
「白帯は、俺の貸すから」
「ありがとうございます」
将平が、スポーツ店へ行ってみると、空手道着の薄い夏用から、分厚い冬用まであって、将平は冬用の空手道着にした。空手道着の横には、色とりどりの帯と、そして黒帯まである。
将平は、黒帯を見て
(いずれ、おまえを締めるからな。待っとけよ)
従業員に
「ネーム、入れますか」
と、言われたが
「まだ、いいです」
「カットに日にち、かかりますけど」
迷いに迷った将平は
「それじゃあ、ネームもお願いします」
(やっぱり俺は、優柔不断や)
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