第4話
将平の勤めている警備会社は、泊りの仕事が基本で、ショッピングセンター内の巡回や開店、閉店作業も行う。わずか四時間の仮眠時間で、10時のショッピングセンターの開店作業を行ってから帰宅する。
将平が、仕事帰りに商店街を歩いていると、鉄道模型店があり、店頭に並んであるHOゲージの電気機関車EF65PFや客車を見て
(欲しいなぁ。けどこんな趣味持ったら、お金もたんわ)
鉄道模型を横目で、にらみながら、将平は酒の当てとして、精肉店でミンチカツを買って、そしてコンビニで缶ビールと弁当を買って。
将平の家は、木造アパートの2階で、階段を上がったところ。このアパートの住人が、階段を利用する度によく響く。1階2階共、4軒の家が。家に入ると、すぐ靴を4足並べるといっぱいになる小さな玄関に、6畳1間と台所があるだけ。窓にはカーテンもなく、窓を開けても向かいの工場の壁が立ちはだかり、わずかに空が見えるだけだ。6畳1間には、テレビとちゃぶ台と小さな冷蔵庫。テレビの上に吉川英治の三国志全八巻が、揃えて置いてある。三国志は、叔父が
「俺も読んでたから。おまえも社会人になったら、これくらい読んどかんと」
と言って買ってくれたものだ。将平も何度か読んで、その時代のスケールの大きさに感動したものである。
部屋には、箪笥もなく、押入れがその代役で、将平は着替えと布団を、無造作に突っ込んでいる。
一度、正美が来てくれて、押入れに突っ込んである着替えも整理してくれたが、将平が整理をしないので、すぐ以前通りのぐちゃぐちゃになってしまう。
(今日は、空手の練習日やから、弁当だけ食べて、ミンチカツは冷えても旨いから、酒の当てにもなるし。空手終わって真っ直ぐ帰って、一杯やれるわ)
弁当を食べてすぐ、夜の空手の練習のために、泊りの仕事の疲れをとるべく昼寝を。 窓はカーテンがないので、外の明るさで、疲れていても深い眠りにはならないが、将平は隣りの家の赤ん坊の泣き声で目が覚めてしまった。
(あーぁ、もう少し寝たかった)
修道館の空手の練習は、19時45分からなので、少し早めに家を出て駅前のコンビニのイートインで、インスタントラーメンを食べてから修道館へと歩いていく。将平は、雨であっても、泊りの仕事以外は修道館へ出掛ける。それは、指導者である下東、長西両先生が、雨の中を出掛けて来てくれるというのに、習う側がサボるわけにはいけないと思うから。
この季節になると、夕陽と大阪城の天守閣の、景色が実に美しいので、写真を撮りに来られるひとも多い。そしてもうひとつ、大阪城は野鳥の宝庫で、たくさんのバードウォッチングを楽しんでいる人々が。
実業団選手を目指していた頃も、よく大阪城の周回道路を走ったものだ。将平からすれば、天守閣は見慣れた景色だが、夕陽に染まる天守閣は、将平でもめったに見れない。
修道館への道を歩きながら、将平は正美に電話をしてみる。
「正美、俺。今いい」
「とうしたの」
「今から、空手の練習に行くとこ」
「そう」
将平のすぐ横を、ジョガーが走り抜けていく。
「来ないか」
「えっ」
「俺の練習しているところを、見に来えへんか」
「行っていいの」
「うん、是非来てほしいんや。42歳の俺が、頑張ってるとこを見てもらいたい」
「うん、行くわ」
「スマホで検索したら、すぐわかると思う、修道館やから」
「修道館ね。わかったわ」
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