第3話

ひとりで修道館へ行くのに、不安だった将平だが

「今日も来たな」

という下東の声掛けに、ホッとして

「よろしくお願いします」

二十代の、曽という男性も

「最初から上手なひとなんていないから、気軽にやりましょ」

下東の指導で、今日は受けの練習である。

「空手に先手なしと言われ、形はすべて受けから始まるんや」

下東の話しを聞きながら将平は、長西指導の曽、藤田以下三人の練習生が輪になって練習している姿を見て

(俺も早く、あの輪の中で練習したい)

「秋山君、聞いてるか」

「あっ、はい」

「早く、みんなと一緒に練習したい気持ちはわかるけど、そのためにも最低限はできるようにならんと」

「わかりました」


ある日、警備につく前に福島隊長が将平に

「秋山、何かええことでもあったんか」

「何故ですか」

「いやぁ、何か張り切ってる感じがするからな。1ヶ月前の秋山と、感じが違うぞ」

「原田さんと一緒に、空手を習ってるんです」

「そうか、それはええことや」

「隊長もどうですか」

「俺か、秋山は知らんかったんやな。俺は君らとは違う流派やけど、黒帯や」

「えっ、そうだったんですか。すいません、偉そうに言ってしまって」

「ええよ。流派が違っても、空手仲間が増えることはええことやから」

「はい」

「空手は痛いし、なかなか結果はでえへんけど、じっと我慢。辛抱や」

「はい」

「良かった、良かった」

そう言って、福島は去っていった。

(そうか。空手に対する前向きな気持ちが、顔に出てるんかな。福島隊長は、それを読みとってくれたんや。きっと)


将平には、正美という彼女がいて、彼女から携帯が

「ねぇ最近、全然電話してくれないけど、忙しいの」

「いや。俺、空手始めたんや」

「何故」

「以前、言わんかったかな。中学の時の、黒崎の話し」

「あー、けど中学の時の話しでしょ」

「そうやねんけど、この年になって、やっぱり空手やりたなって」

「そう、それじゃあ私と空手と、どっちが大事なのよ」

「そんなこと言うなよ」

「じゃあ」

正美は、一方的に電話を切ってしまった。

将平は

(あー、どうすればいいんや。やっと、やりたかった空手と出会えたというのに)

すると、すぐに正美から携帯が

「さっきはごめんなさい。けど、私のこと忘れないでね」

「勿論や」

(正美を護るために、空手を習うんやで)


正美は、小柄で色白てショートカット。二重瞼で笑うと左頬にえくぼが。

以前勤めていた会社の先輩に、連れて行かれた居酒屋、その名はみどり。そこで働いていた正美に、将平が一目惚れしてしまって。それから将平は、ひとりでも正美目当てに店に行くようになった。かといって将平は、自分から話しをできる積極的な性格ではなく、正美の方から

「よく来てくれますね。ありがとうございます」

この正美のひとことで、二人が会話できるようになり、やっと将平がデイトの誘いを。

しかし、正美は男くさい居酒屋みどりで、ひときわ輝くマドンナ的存在であり、将平にとってライバルも多い。なかでも、一際背の高い男は、将平が店に来るたびにいる。

(あいつは、いつもいる。けど、負けんぞ)

将平は、勇気を出して

「あのー、ここに映画のチケットが二枚あるんです。捨ててしまうのには、もったいないんで」

と、古くさい手を使って。それだけ言うのに将平は、心臓がバクバクしていた。

映画の題名は

「ショーシャンクの空に」

脱獄囚の話しで、将平のお気に入りの映画のひとつだが、果たしてデイトにいい映画かどうか。リバイバル放映で、将平は映画館で一度は見てみたいと思っていた。

二人は、大阪駅前の日本旅行の前で待ち合わせることに。将平は、待ち合わせ時間の1時間以上前に来て、今日の二人の行程をずっと考えてはいるが、全くまとまらない。そこへ正美が

「お待たせしました」

と、言って来た時

「さ、さっき来たばかりやから。ちょうどええ時間や」

と、ごまかして。


映画館まで行くのに、将平は右側を歩いている正美と手を繋ぎたいんだが、できないでいる。将平の右手の指が手持ち無沙汰である。

映画の最中でも将平は、映画を見ているどころではなく

(次は食事に誘って。それとも一杯がええかな。いや、それは嫌われるかもしれんし)

と、いろいろ考えたが、結局、正美の居酒屋みどりと、よく似た居酒屋へ入ってしまった。映画では何も話せなかった将平だが、一杯入ると饒舌になる。

「正美さんと、呼んでもいいですか」

「はい、私も将平さんと呼ばせてもらいます」

「正美さんは、いつから店を手伝ってるんですか」

「母が亡くなって、高校の時から」

「そうなんですか。酔っ払いは、嫌でしょう」

「いいえ、父で慣れてます。母が酔っ払った父の扱いに慣れてたんで、自然と覚えちゃって。それに、ほんとうに絡んでくるひとがいたら、父がちゃんと対応してくれますし」

「そりゃそうですね。自分の娘なんだから」

将平が、店の中を見渡すと、入店した時とは違って、店内はカップルでいっぱいだ。

正美が、生ビールを呑んでる姿を見て

(初めてのデイトやから、あまり呑ませて帰らせたら、みどりの店長に印象悪いから、ほどほどで)

「酒の量は」

「弱い方ではないと、思います」

「そりゃ良かった。けど、しんどくなったら何時でも言ってください。勿論、家まで送って行きますんで」

将平が、当てをたのんだ中に、正美にたのまれたものもあって

「あれっ、その当ては、みどりにもありますよね」

「はい、どんな味付けしてるのかなと、思って」

(研究熱心な子やなぁ)


とりとめもない話しをした後、将平が正美を居酒屋みどりまで送っていくと、店はまだ閉店前だった。将平と正美が店へ入ると、客はひとりだけで、店長が

「秋山さん、娘をすまねえな。もう少し呑んでけや。もう客もほとんどいねえことだし」

「いや、もう」

「いやと言わずに一杯」

と、すぐにテーブルの上に生ビールの中ジョッキが。

「一杯だけですよ」

将平は、店長である正美の父と一杯やるはめに。

正美の父親は、好昭と言って、坊主頭で小太り。正美の母親が亡くなってから、男手ひとつで正美の成長のために尽くしてきた。好昭の数少ない楽しみが、酒を呑むことである。正美は横で、将平と好昭のやりとりをニコニコして見ている。








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