好き

鹿

好き

「れろっ、んちゅっ、はむっ、んふっ、くちゅ……」

彼女と僕の間に、光沢ある細い糸が垂れる。愛の証明、交わりの痕跡、何とでも形容できるその唾液の糸は、押し倒された彼女の口に落ちる。

「はっ、はっ、はっ…」

彼女は息をするのに必死だ。僕との口づけの余韻に浸る余裕も無さそうなくらい、緊張で顔が歪んでいる。その両眼から垂れる虹色の宝石は、その綺麗な肌を伝って、屋上に続く階段の踊り場の埃を払う。

「好きだよ、いずみ君。」

「っっ……。」

彼女は、頬を朱に染めて、そして眼を瞑り、その妖艶な真紅の瞳を僕に向けて、右手で僕の頬を打った。

「……嫌かい?」

僕は、その頬にぴりぴりと犇めく痛みでは無く、胸を締め付けるような不安の痛みに、下まつ毛へその痛みを湛える。

「……好きです。」

僕を抱きしめて自分の胸に当て、彼女は言う。痛みは霧のように散り、下まつ毛からは、喜びが溢れ、彼女の純白のセーラー服を肌色へ染め変えていく。

「……僕のものになってくれ、いずみ君。」

「……はい。」



彼女は、望月いずみ。僕の恋人。

「三島さん!」

三島ユキ。それが、僕の名前。

「どうしたんだい?」

彼女は、木々の祝福を受けたようなその長い茶髪をそよ風に揺らしながら、僕の元へと幸せを運んで来る。自然と、僕の顔にも華が咲く。

「おはようございます。ちゅっ」

……本当にこの子は……。

「…君は僕を何度惚れさせれば気が済むんだい?」

「いつまでも、何度でも。あなたかわたし、どちらかが死ぬまで。」



「いずみ君、君はなんで僕が好きなんだい?」

興味本位で、彼女のお菓子の城砦に、少しかぶりついてみる。

「えーっと……えっち。」

「えっ」

「ふふふ、その顔が好きです。」

……本当にこの子は……。

「僕も、そんな君の顔が好きだよ。」



「三島さん」

「うわっと、何だい?」

帰り道、相合傘の下で流水を跳ねさせていると、彼女が寄りかかってくる。

「ん~。やっぱり、ずるいです。」

「?」

と、彼女は突然、僕の庇護から抜け出して、セーラー服を透けさせる。

「三島さんばっかり濡れてちゃ、私が釣り合わないじゃないですか!」

……本当にこの子は……。

「じゃあ、僕もおいて行かれないようにしないとね。」

僕も、天の恵みに身を晒す。心地いい風が、僕らの間を吹いていく。僕らのこの手の交わりを、邪魔するものなど、あるものか。

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好き 鹿 @HerrHirsch

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