第8話 掘り出し物

 城下街を抜けたティンは町外れの市に出された露店に並ぶ馬をまじまじと眺めている。

 パイモンと別れて僅か二時間、ティンの足は限界を迎えようとしていた。

 平生からの運動不足は本人が考える以上に深刻である。


 が、そんなものなど些末なことと言わんばかりの大問題をティンは抱えていた。


「おっちゃん、この馬いくらまで負けてくれる?」

「なーにバカなこと言ってるんだ、客が多い祭の日にわざわざ安売りなんかする訳ねーだろうよ」


 店主は正論をぶつけるばかりで、まるでティンを相手にしない。

 一頭当たりの値段は金貨100枚、平民の稼ぎ半年分に相当する。

 ティンがポケットから財布を出してみると、そこに入っていたのは山盛りの銅貨。


 この男は今、小遣い程度の貯えで馬を買おうとしている。

 そもそも旅に出るにも不十分なはした金。

 この圧倒的資金難を乗り越える策をティンは既に閃いていた。


「じゃあ、支払いはこいつで頼むよ」


 ティンが差し出したものを見て、店主はただただ絶句した。

 握られていたのは大金貨、一枚で金貨1000枚の価値がある代物だ。


「お前、これどこで……」

「まさか盗品だって疑ってるのか?」


 威圧的なティンのセリフに、店主は大げさに首を横に振る。

 実際にこの大金貨は盗品ではない。

 【神の手】によって銅貨から作った偽装硬貨。

 ティンはそれを堂々と取引に使おうとしていた。


「もしかして釣銭が足りないのか?」

「当たり前だろ! そんな大金払われる前提がねーよ!」

「そうか、ならここにいる馬を全部貰えば釣りは払えそうか?」


 露店にいる馬は全部で3頭。

 店主は渋い表情でそろばんを弾き、コクコクと頷く。


「まあそれならギリギリ払えなくはないな……」

「よし、それなら交渉成立だな」


 半ば強引に馬と大量の金貨が入った袋を受け取るティン。


「パイコキちゃんはどの子が好きかな〜?」


 三頭の中からパイコキが黒毛の馬を選んで指差すと、ティンは残り二頭の手綱を握りそれに跨った。


「さてと、ようやく移動の足が手に入ったな」


 ティンが手綱を引くと馬はゆっくりと走り出した。

 爽やかな風がサラサラと金髪を撫でる。

 しかし今のティンにはそのようなもの有って無いに等しかった。


「これだけあれば相当贅沢できるな……」


 平民の3.5年分もの稼ぎにあたる額を持てば流石に見えてくる景色も変わる。

 殊更ティンが驚いたのは、思っていたよりもこの市は娯楽に富んでいる点というだ。


 テーブルゲームに古本屋、博打に売春までそのレパートリーは様々だ。

 その中でも特にティンの目を引いたのは絵画だった。


「見たことのない塗料だな……」


 やや畑違いではあるものの、元芸術家として興味を持たずにはいられない。

 ティンは馬から降りて並んでいる絵を一つずつまじまじと見る。


「ほう、なかなか面白い色使いだな……こっちは独特なタッチで…………ツ!!」


 次々と絵を見ていく中、ティンは一つの小さな絵の前でピタリと立ち止まった。

 その絵の名前は『素晴らしき世界』。


「おい店主、この絵を描いたのは誰だ!?」


 食い気味に尋ねられ困惑する店主。


「私はあくまで古物商をしているだけなので、あまり詳しいことは分かりません……一応ユグノアのバザーで買ったものであります」


 ユグノアはファグナス連邦第二の首都と呼ばれるほどに栄えた街である。

 ティンの旅に対する期待が一気に膨らむ。


「で、この絵はいくらなんだ?」


 覚悟を決めた面持ちでティンは尋ねる。

 芸術品はピンからキリまで。

 例えいくらと言われてもティンは必ず買う気だ。


 額縁の裏を見てから、店主はティンをまじまじと見る。


「お客さん……こいつは銀貨5枚だよ」


 あまりの安さにティンは自身の耳を疑った。


「あれか? 単位を間違えたのか?」

「んな訳ないだろ。こんな素っ頓狂な絵、売れ残って困っていたくらいだよ」


 呆れてため息を吐く店主。

 『素晴らしき世界』は一人の女性の人物画。

 しかし彼女に胸は無く、両の手でそれを覆っている、といった絵である。


 この世界の住人からすれば相当に攻めた一品であった。

 それゆえに評価もされずただひたすらに売れ残っている。

 ティンはそれがたまらなく悔しかった。


「じゃあ、俺が買うよ」


 店主は「まいどあり」と言って絵を布で包み出した。

 一方でティンは金貨がたっぷりと詰まった袋に手を突っ込み、がっしりと鷲掴みにして店主の前に差し出す。


「ただしこの絵の価格はこれだ!」


 ポロポロとこぼれ落ちる金貨。

 店主から見ればティンもこの絵の作者に負けず劣らずの変人であった。


「まあ、お客さんがそれでいいなら……」


 店主は金貨を受け取り、商品をティンに渡す。

 ティンはそれを大切そうに抱えて馬に乗る。


「よし、行くぞ!」


 意気揚々と去っていくティン。

 店主が呼び止めても聞こえていない様子で、その影はどんどんと小さくなっていく。


「こいつも代金のうちってか?」


 困惑しつつも仕方なしとそれを拾う店主。

 その日、『素晴らしき世界』の値段は金貨23枚と馬二頭になった。

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