第7話 パイコキ

「そう暗い顔をするな、妾とて死ぬ気は無いぞ?」


 パイモンの口調は自信に満ちていた。


「実はちょっとばかり古い伝手があってな……」


 なだめるような優しい声もティンの表情を晴らせることはない。

 それでもなおパイモンは自身の意見を曲げることはなかった。

 押し通した先にある勝利への軌跡を見据えているからこそ、その選択を捨てることはない。


 僅かな静寂の後、ティンはうつむいていた顔を上げる。

 全てに納得した訳ではない。

 しかしパイモンの確固たる意志を汲むことにした。


「分かった、絶対に死ぬなよ」

「そいつは所謂フラグ、というやつか?」


 パイモンの冗談にティンはようやく笑った。


「でもどうするんだよ、俺一人じゃ長旅なんかできないぞ?」

「安心しろ。お主を一人にするほど妾も鬼ではないわ」


 聖剣が地面に突き刺さり、目の前に手乗りサイズのパイモンそっくりな土人形が現れる。


「これに妾の魂をほんの少し分け与えれば」


 聖剣から淡い光の球が放たれ、土人形に吸収される。

 すると土人形は目を開き、テクテクと歩き出した。


「こやつの名はラ……」

「パイモンの子機か、パイコキだな」


 この上なく雑な命名にパイモンは唖然とする。


「なんじゃその名付けは! 勝手に付けるにしても限度というものがあるじゃろ!」

「いやいや、機能を端的に表したいい名前だと思うぞ」

「付けられる側のことを考えてみろ! のぉ、ラバル?」


 二人は泥人形の方を見る。


「ぱいこき! ぱいこき!」


 勝敗は一瞬で決した。

 パイモンは聖剣の中で号泣する。


「なんでじゃ! お主、妾のことが嫌いじゃったのかァ?」

「おいおい、小さい子を脅すなよ。かわいそうだろ? な、パイコキちゃん」


 ニコリと笑ってパイコキはティンの脚にしがみつき、肩の方までよじ登る。


「それでパイコキちゃんは何ができるんだ? まさかこの子を戦わせるって訳じゃないよな?」

「こやつが戦うのは最後の手段じゃ。あくまで本領は案内人じゃよ」


 パイモンがパイコキに与えたのは自身の記憶に眠る大陸全体図の記憶。

 人魔大戦期に何年もかけて集めた秘蔵の情報である。

 それを元にパイコキはティンをファグナス連邦へと導く。


「して、お主を守るのはこいつ……」


 続けざまに地面から生えてきたのは漆黒の鞘に収まった禍々しい剣だった。


「アバリムじゃ」


 やや食い気味に剣の名を教え、パイモンは話を続ける。


「少々乱暴ではあるが根はいい奴じゃ。抜けば勝手に戦ってくれるぞ」


 ティンが手に持つと鞘の奥からしきりに低い音が聞こえる。

 そっと耳を近づけてみると、聞こえてきたのは悪魔らしい掠れた声だった。


「ホシイカ……チカラガ……ホシイカ……」


 何も聞かなかったことにしてティンはしめやかにアバリムを腰に差した。

 ひとしきり準備を終えたティンはもう一度聖剣を見つめる。


「では、しばしの別れじゃな。ファグナスに着いたらエルフのソシリーを頼れ。我が名を聞けば必ずや助けになってくれよう」

「分かったよ。パイモンもあまり無理はするなよ?」


 聖剣は微かに笑い声をこぼし、天高く飛び立った。

 ティンもパイコキが指さす方へと走り出す。

 パイモンは二人が去ったのを見届け、ほっと安堵の息を漏らした。


「少し与え過ぎたかの……」


 ラバルとアバリムの呼び出しにパイモンは相当量の魔力を消費していた。

 このままでは飛べる距離もそう長くはない。

 しかし囮であれば敵に見つかってこそである。


 折角であれば先ほどの刺客に拾われて手柄を立てさせてやるのも悪くない、とパイモンは考えた。


「起こり得もしない事件のために随分と回りくどい事をしたものだ」


 勇者を殺せば家族の病を治すとでも言われていたのだろうと推理するパイモン。

 実際にその推理は正しく、刺客は妹を救うため一縷の望みを賭けてこの祭を見張っていた。


 現状クォターツ領に差し向けられた刺客は皆同じ考えの者である。

 皆願うことは同じ。

 そしてその願いはティンの【神の手】を模倣したパイモンにも叶えられるもの。


「起きよ、悩める人の子よ」


 耳元でささやく声に刺客は目を覚ます。

 起き上がると眼前には聖剣が一本、柔らかな光を放ち宙にたゆたっている。


「我は聖剣の精、罪深きそなたに救済を与えに来た」

「……一体どういうことだ?」


 刺客が困惑するのも無理はない。

 すべてパイモンの狙い通りである。


「我が命に従えばそなたの望みをひとつ叶えてやろう」


 パイモンの誘惑に刺客は戸惑う。 否、その心は完全に揺らいでいた。

 元より妹のためであればいかなる罪をも犯す覚悟。

 迷う道理はどこにもない。


「さあ、願いを言え」

「……妹の病を治してくれ!」

「よろしい、ならば我を狙う悪を一人残らず討て!」


 ゆっくりと近づく聖剣を刺客は躊躇いなく掴む。

 あまりに思い通りに事が進むもので、パイモンは笑いをこらえるのに必死だった。


 人を騙し、そそのかし、たぶらかす。

 されどそこに嘘は無く、あるのは真綿で首を絞めるような真のみ。

 悪魔の中でも王の名を冠する超常の存在。

 それがパイモンの本性である。





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