第6話 乳削り

「やはりな」


 パイモンの予想は当たっていた。

 聖剣を引き抜く者がいてはベリアルにとっては都合が悪い。

 数百年前とはいえ自身が裏切った、それも歴史の真実を知る者が復活するのだから当然である。


「早速アレをやるぞ」


 パイモンの指す「アレ」が何を意味するものか分からずにティンは首を傾げる。


「お主の夢はなんじゃ?」

「それはもちろん、乳の無い世界……はっ!」


 気づいたと同時にティンは刺客の胸に手を当てていた。

 そして想像する。理想的なちっぱいを。


 すらっとした上半身の割に太もも周りは筋肉質でそこそこのボリュームがある。

 クラインを想像したときのような無乳では全体を見たときにバランスが悪い。


「もう少し上にツンと張った感じか……乳輪は……うん、少し大きめの方がいいな……」


 妄想に合わせて自然と動く指。

 胸を弄られる感覚に刺客はピクリと反応する。


「よし、完璧だ! 削り出せ【神の手】ッ!」


 刺客の胸が光を放ち、みるみるうちに小さくなる。

 乳袋がペタリと萎み、はだけた胸元からなだからな谷間が顔を出した。


「見ろパイモン! 僅かな膨らみを付けることでウエストの引き締まりを強調し、ダイナミックな腰回りを一層映えさせている!」

「ほう、それは良かったのぅ」


 あまりの熱量にパイモンは少し引いていた。

 しかし結果に口出しすることはない。

 刺客の胸には魔法一発を放てる程も魔力が入っていなかった。


「よし、では逃げるぞ」

「おいおい何を言ってるんだ。せっかくの作品、もっと鑑賞せねば……」

「馬鹿か! 刺客が一人だと思うな!」


 ティンの手を引くように聖剣は宙を飛ぶ。

 暗幕を裂き、人気のない道を進み、勢いよく路地裏に飛び込む。


「ここなら暫く落ち着けるかの」


 ティンは慣れない運動に疲れたようで息を切らして顔を青ざめさせている。


「それでは早速、作戦会議といこうか」

「作戦? そんなの、ベリなんとかをぶっ倒せばいいだけだろ?」

「簡単にそれができれば苦労せんわ」


 ティン達が対峙するのはベリアル一人ではない。

 大陸最大の宗教を相手取るとなれば敵は数も質も相当なものである。


「お主、豊教最強の騎士ツヴァイには勝てるのか?」


 問われたティンは答えに詰まる。

 幼き頃に一度だけ見たツヴァイの剣捌きは、もはや人の技の域を逸脱していた。


 目にも止まらぬ斬撃。

 剣圧により薙ぎ倒される木々。

 ドラゴンさえ一太刀で屠る圧倒的なまでの実力。


「たぶん負ける……」

「であればこそ下準備というものが必要であろう」


 諭すようなパイモンの言葉にティンは渋々頷いた。


「どうすればあんなバケモンを倒すんだ?」

「何も倒す必要は無い、他所へ出兵させている間に本陣を叩くのよ」

「なるほどな! で、どうやって?」


 矢継ぎ早に質問を続けるティンにため息を漏らしながらもパイモンは話を続ける。


「お主はもう少し自分で考える努力をしろ……

まあ良い、妾ほどの天才に合わせろというのも酷なものか。結論から言うとアインベルト王国とファグナス連邦で戦争を始める」


 アインベルト王国とはティンの住むクォターツ領を含む人類国家である。

 一方ファグナス連邦は人口の七割が亜人種で占められた小国の連合体。様々な信仰が混ざり合っており、豊教信者はほとんどいない。


 相互に国交もあり友好的な隣国間に争いの火種となり得る要素は少ない。


「王国と連邦が戦争なんて起こる訳ないだろう」

「いいや起こるさ。豊教が勇者殺しの濡れ衣を被せるためにな」

「えっ、俺死ぬの?」

「うむ、じっと待っておれば近いうちにな」


 現地から暗殺失敗の報告を受ければ、ベリアルはより強力な手駒を派遣する。

 ツヴァイのような圧倒的強者が来ればひとたまりもない。


「だから逃げるのじゃ、ファグナスへ」


 ティンは仮にも貴族の子。

 異国で死ねば大きな外交問題に発展する。

 故に連邦は厳重に保護する。


 対して王国は攻撃が仕掛ける。などということは起こらない。

 ティンからの告発により陰謀が白日の元に晒されて、二国が協力して豊教と対立する。

 

 と、パイモンは策を練っていた。

 しかし一点、最も考慮すべきことを見落としていた。


「つまり、どういうことだ?」


 少し考えれば分かるものを一切考えようとしない。

 ティンは生粋の馬鹿だった。


 先刻覗いた記憶にも、しょうもないものが山ほどあった。

 何せ前世の死因が死因である。

 知性を期待するのも酷というものだ。


「そうじゃな、妾が悪かった……」

「なんでパイモンが謝ってるんだ?」


 頭上にハテナを浮かべるばかりのティンと、説明疲れを起こすパイモン。


「まあ良い、それもお主の味というものじゃ」


 パイモンは咳払いをして話を元に戻す。


「して、ノロマなお主を連邦へ逃すためには囮が必要じゃ」


 聖剣がティンの手からスルリと抜けて顔の高さまで浮き上がる。


「その役を妾が引き受けてやろう」


 唐突な提案に、ティンは目をぱちくりと瞬かせた。

 どれだけ馬鹿でも自分の囮がどうなるのかは想像がつく。

 それゆえ何と言葉を返せば良いか分からずに閉口した。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



読んでいただきありがとございます!

私事ながら本日7月3日に誕生日を迎えました!

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明日はまた朝に一話投稿する予定です。

良ければそちらもご覧ください!

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