第4話 スキル【神の手】
「ときにお主、魔法とは何であると考える」
問われたティンは少し考えた後で自信なさげに答える。
「何って、そりゃあ乳浮かせたり、風吹かせたり、火を付けたりできる不思議な力だろ?」
「それは効果の話じゃな」
パイモンが人差し指を立てると握り拳ほどの半透明な輝く球体が現れた。
「これが魔力じゃ。ほれ、触ってみぃ」
言われるがままにティンが手で触れると、魔力はバインと宙を跳ねた後にシャボン玉が割れるように弾けて消えた。
「読んで字のごとく『魔の者の力』じゃ。こんなものを人類が持つのは不相応だとは思わんか?」
いまいち理解ができずティンは「はあ」と生返事をする。
「して、何故そのようなものを人が使えるかと言えば、それはベリアルの仕業よ」
「誰だそいつ?」
「お主らにはサタナエル、と言った方が伝わるかの?」
その名を聞いたティンは思わず言葉を失った。
サタナエル――大陸最大派閥の宗教『豊教』における絶対神である。
「先の人魔大戦において奴は魔族を裏切って人間側に取り入った。ベリアルが人に魔力を与えたことにより戦況は一変し、あとはお主の知る歴史通りじゃ」
人魔大戦は一時を境に後世で英雄と呼ばれる冒険者が数多現れ、劣勢を覆して人類が勝利を掴んだ。
「そして当の本人は数百年掛けて人類社会に溶け込み、教団を立ち上げ、今では立派な自称神様じゃ」
飽き飽きとした口調で語るパイモン。
しかしながらその表情はどこか満更でもない様子で、ティンにはそれが逆に不気味に映って仕方ない。
「お前、なんか嬉しそうだな……」
「それはもう、神相手なら正々堂々と戦を仕掛けられるからのう!」
悪魔の間では同族の争いはご法度である。
例え仲間を裏切った逆賊が相手でもルールはルール。決まり事は律儀に守る。
「楽しみじゃのぉ、奴の作った世界をぶち壊してやるのは」
「百歩譲ってそのベリアルって奴が陰から世界を操っているとして、俺がしゃしゃり出る用件は……」
「お主、この世界で魔法を使う男を見たことはあるか?」
ティンは尋ねられて初めて気づいた。
叔母のスニエに姉のノイン、御伽話に出てくる魔導士も全て女性である。
「魔法とは魔力を用いて事象を発現させる術。ではその魔力はどこから出ているのか?」
目の前にある物言わぬ双球が雄弁に語る。
答えは乳。魔力は胸に溜まるもの。
ゆえに男は魔法が使えない。
「そう、ベリアルが支配する限りこの世界は巨乳に蝕まれ続けるのじゃ」
「許さない……許さないぞベリアル!」
ティンの目に十余年欠けていた火が宿る。
まだ見ぬ貧乳への希望。
立ちあがろうとするティンの後押しをするようにベリアルは耳元で囁く。
「妾を討ち倒した勇者クライナも、それはもう板のような胸であったぞ」
「エチチチチチッ!」
想像するだけでも興奮が隠せず、ティンがピンと立つ。
「うおぉぉぉぉ! やってやるぞ! 俺が世界に貧乳を取り返してやる!」
「よいぞ、その意気じゃ!」
何もない真っ暗な空間で盛り上がる二人。
しかしティンはひとしきり叫んだ後でふと冷静に考え直した。
自分がどうやって世界を救えるのか、と。
魔法をうち消せる能力があるとはいえ、所詮はただの青年。
運動も学問も、全てにおいて平々凡々なティンにできることなど限られている。
「なあパイモン、俺全然強くないけど大丈夫か?」
「何を言っとる。お主のスキルがあれば並みの魔王程度は造作もなく倒せるぞ」
「いや、いくら魔法が消せたって……」
弱気になるティンにパイモンは舌を鳴らして指を振る。
「最適化も機能の拡張もさっきしたと申したじゃろ?」
そう言ってパイモンはティンの手を握る。
「目を瞑って想像してみろ、絶壁の勇者クラインを」
ティンは言われるがまま理想の女勇者を想像した。
ショートカットの金髪に凛々しくも優しさのある青眼。引き締まった健康的な体に膨らみの全くない平らな胸――
「ほれ、目を開けてぃ」
次の瞬間、己が目に映った光景にティンは思わず生唾を飲んだ。
そこにいたのは寸分たがわずティンが想像したクラインその人であった。
「触れたものを思い通りの姿形に変えるスキル。さしずめ【神の手】とでも言ったところじゃろうか」
ティンはパイモンと自分の手を交互に見つめる。
思い通りに世界を書き換えられる能力など、自身に宿るなどとは思ってもみなかった故、ティンは即座には現実を受け入れられずにいた。
「ただしこいつは自分の想像ができん物には変えられないからの」
「なるほど……」
呆然とするティンを尻目にパイモンは自身の胸に手を当てる。
瞬時に肥大化する乳。顔も背丈もみるみるうちに元に戻っていく。
「えっ、その力お前も使えるの」
「そりゃあお主の一部を取り込んでおるからの」
舌なめずりをするパイモン。
それを見るティンは露骨にガッカリとした表情を浮かべる。
「まあ、なにはともあれまずは旅に出よ!」
得意げな様子でパイモンは手を叩く。
それと同時に頭上に明かりが現れて、ティンの意識はプツリと切れた。
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