第3話 魔乳パイモン

 見覚えのない真っ暗な空間で目を覚ましたティンは薄眼で周囲を確認していた。

 周囲をぺたぺたと音を立てて歩き回る謎の存在。

 全貌は確認できないものの、目の端に映ったそれは大型獣ほどのサイズである。


 しばらく経つと遠のいていく足音。

 対象がいなくなったことを確認してティンはゆっくりと上体を起こす。


「目覚めたようじゃな」


 背後から声が聞こえて咄嗟に振り返ったティンは思わず息を飲んだ。

 そこにあったのはノインのものなど赤子同然と言わんばかりの圧倒的な肉の山。

 股下にまで達するその乳の向こうから響く声は幼く、ティンは底知れぬおぞましさを覚える。


「お前、何者だ?」

「ほう、お主察しが悪いようじゃな」


 しゃがみ込むと共に地平線から日が上るがごとく現れたボサボサの赤髪。

 ティンが立ち上がると乳の主の背は存外低く、童顔なのも相まって十代前半の少女といった印象だった。


「なんだガキか」

「やかましいわ無礼者!」


 頬を膨らませて少女が腕を振り下ろす。

 次の瞬間、ティンは全身にに今まで味わったことのない強烈な重力を感じた。

 山が降ってきたような重みにティンの膝は自然と折れる。

 少女は満足げな様子でどこからともなく現れた豪華絢爛な椅子に腰を据える。


「我が名はパイモン、かつてこの聖剣に封印された魔王じゃ!」

「なんだこいつ……魔王ってより魔乳だろ…………」

「フハハハハ! そんなに褒め称えても何も出んぞ?」


 目の前でゆさゆさと揺れる胸に苛立ちつつもティンは冷静に状況を分析する。

 彼を跪かせているのは強力な重力魔法。足元を見れば煌々と輝く魔法陣。

 ティンは神紋の力により容易に魔法を消すことができる。


 敵は丸腰。こちらが細身と言えど大人と子供ほどの体格差がある。

 組み伏してしまえば勝機は十二分にあるだろう。

 そう考えたティンは地面に手を着きパイモンに視線を向ける。


 神紋の力により魔法は解かれ、一瞬にして体は平時の軽さを取り戻した。

 しかしパイモンは魔法がかき消されたことに動じる様子もなく笑みを浮かべる。


「ほう、面白いスキルじゃな」

「戯言抜かして、後で泣いても容赦しねーぞ!」


 豊満な胸に飛び掛かるティン。

 パイモンはそれを避けようともせず受け入れた。

 椅子から突き飛ばされて床を転げて馬乗りになられたパイモンは、未だ余裕に溢れた面持ちでティンを見つめている。


「ははっ、こうなりゃこっちのもんだぜ!」

「浅慮じゃのぉ、人の子よ」

「な? うっ!」


 腹の奥から響くゾワゾワとした違和感を覚え、ティンは咄嗟にパイモンから離れようとする。

 しかしパイモンは足をティンの腰に巻き付けて羽交い絞めにした。

 乳の中でもがく金髪に手を当て、パイモンは舌なめずりをする。


「なるほどなるほど、よくできた回路じゃが……ここをこうして……いや、こっちの方が面白いなぁ」


 ピリピリと背筋を襲う嫌な感覚。

 ティンは全身を痙攣させながら両手で乳を鷲掴みにして堪えることしかできない。


「よし、よし……これで完成じゃ!」

「うっ! あっ、んあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 一週間ぶりの絶頂は今までに経験したことのないほどに強烈なものだった。

 疲れ果てたティンはパイモンの胸の中でぐったりと倒れこむ。

 が、べっとりと汚れたズボンの中をまさぐる素手の感覚にティンは驚き即座に跳ね起きた。


「おい! 何するんだロリ魔乳?」

「何って、これは俗に言うお掃除というやつじゃ」


 汚れた手を舌で舐めながらパイモンはにこりと笑う。


「スキルの最適化、機能の拡張、不要な魔力回路の排除……これをするだけで人類は見違えるほど強くなるのだ!」


 揚々とした説明の後、突然訪れる静寂。

 パイモンの熱弁も虚しくティンにはほとんど何も伝わっていなかった。

 もっともスキルの存在自体を知る者も少ないため、ティンが分からないのも無理はない。


「結局お前はなにをしたいんだ?」


 会って間もなく対峙した者を強化する意図したパイモン。

 ティンはその行動原理に疑問を懐かずにはいられない。


「この世界の破壊、じゃな」


 パイモンが口にした言葉はティンを一層困惑させた。


「いやいや、俺をどうこうしたところで世界になんら影響ないだろ?」

「いーや、お主には可能性がある。むしろお主以外に適任はおらん」

「無い無い無い無い! 俺は田舎貴族の五男で細身で……」

「巨乳が嫌い」


 ティンはハッとした。

 彼は生まれてこの方「巨乳が嫌い」などとは一言も発したことがない。

 この世界ではティン基準の巨乳は標準体型。むしろ貧乳まである。

 にも関わらずパイモンはそんな彼の内心を端的に突いた。


「お前、どうしてそれを?」

「それはもう、お主のことを隅々までいじくり倒したのじゃから全て丸裸よ」


 自慢げに乳の上で腕を組むパイモンに、ティンはゴクリと唾を飲む。


「でも巨乳が嫌いだからって世界を変えることなんかできないだろ普通」

「普通じゃないからな、この世界は」


 意味深に語るパイモン。

 彼女の目の奥にはこの世の真実を見据えているかのような暗さがあった。

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