第2話 そそり立つ聖剣

 16年経ち、ティンは金髪青眼の擦れた顔をした青年になった。

 貴族として良質な教育を受ける日々。

 しかしその間に見た女性は、皆一様に巨乳ばかりである。


 従者も衛兵も町娘も、果ては貧民でさえ、誰も彼も大きな胸を抱えている。

 専らティンの幼馴染たちも幼い頃は年相応であったものの今やみんな巨乳である。

 ことさら凄まじかったのは二つ上の姉ノインであった。


 見たくもない巨乳から逃れるため、昼間から屋敷を抜け出し街はずれの平野に生えた大樹の枝でふて寝をするティン。

 そんな彼を追って来たのは他ならぬノインであった。


「もう、ティンったら、またそんな所で勉強サボって」


 長い金髪をなびかせてやって来たノインが、木の上で寝ているティンを呼ぶ。

 見下げればノインの体から垂直に伸びる胸の長さは肩幅以上。

 この世界基準でも相当なものを前にして、ティンの食傷はなお加速する。


「俺に構うなよ姉貴。そもそも貴族の五男なんて何学んでも使うことなんてないだろう」


 貴族の家は長兄が継ぐ。次男三男ならば不測の事態に備える必要があるものの、五男とまでなればそれも不要。

 そのためティンはこの世界の仕組みを理解した頃から半ば自暴自棄になっていた。

 しかしノインはそれを良しとはしなかった。


「じゃあどうするってのよ! まさか死ぬまで穀潰し続ける気じゃないわよね?」

「俺にだって俺なりの人生プランはあるんだよ。他人にとやかく言われる筋合いは……」

「それならお姉ちゃんに聞かせてよ、その人生プランってモンを!」


 そう言うと共にノインは無詠唱で風魔法を放った。

 突風に吹かれたティンはバランスを崩して地面に転げ落ちる。


「いってぇ……いきなり何するんだよこのおっぱいお化け!」


 ティンが放った悪口もノインには全く効いている様子はない。

 むしろこの世界において相手の胸に対する化け物扱いは称賛の意味になる。

 そのためノインからのティン評は『ぶっきらぼうなお姉ちゃん大好きっ子』程度のものであった。


「で、ティンは何をやりたいの?」

「えっと、それは」


 尋ねられて言葉が詰まるのも無理はない。反抗的な態度を見せたものの、その実ティンにはやりたいことなど何もなかった。

 しばらく黙っていると遠くの小道に見えたキャラバン一行。


「……冒険者」


 思わず口をついた言葉にティンはハッと口に手を当てた。が、時すでに遅し。

 ノインはらんらんと目を輝かせてティンに詰め寄る。


「へえ、案外ロマンチストなんだね」


 魔王なき今、冒険者は細々としたモンスター討伐を生業とするものが主流。

 しかし中には新大陸の発見や魔王の残した強力な魔獣を打ち倒す者も存在する。

 この場で冒険者と言ってしまえば、後者として受け取られるのは何ら不自然なことではない。


「でも意外だなぁ。ティン、あんまり鍛えてる様子とかなかったし」

「悪かったな、ヒョロガリで」


 当然ながら本心から冒険者になろうとは思ってもいなかったティンの体が出来上がっている訳もない。

 しかし存外悪くないノインの反応に、ティンはこの場を切り抜ける策を見出す。


「まあ、そういう訳だから俺は屋敷で学ぶことなんて何も無いの」

「そっかぁ……じゃあ、ティンも今日のお祭頑張らなくちゃね!」

「えっ?」


 屈託のない笑顔でティンを見つめるノイン。

 偶然にも今日はクォターツ領で年に一度開かれる祭の日であった。

 かつてこの地を侵略した魔王を討った勇者を讃える一大行事。

 先ほどのキャラバンもその参加者を運ぶためのものである。


「冒険者目指すならやるんでしょ、聖剣引っこ抜き」


 聖剣引っこ抜き――それは読んで字のごとく参加者が聖剣を抜こうとする催し物。

 多くの冒険者が挑み抜けずに帰るだけのそれは、意外にも祭の中でも最も盛り上がるイベントであった。


「ボサッとしてないで!」


 ノインに手を引かれてティンは街の方へと連れていかれる。

 無論聖剣を抜く気など微塵もない。

 しかし元より何百年も抜けていないものが抜けなくても当然。挑むだけ挑んでそれっぽく退場しよう。などとティンは思っていた。


 が、会場に着いた途端に考えは一変した。

 清々しいまでの晴天の下、円形の石舞台を囲む数多の客が酒を片手に凄まじい歓声を上げている。


「ほれ、行ってこーい!」


 ノインに背中を押されてティンはよろよろと会場に入る。

 その瞬間に沸き立つ会場。眼前には地面に刺さった一本の剣。


「いい所の坊ちゃんが出るような場所じゃねーぞ!」

「モヤシはさっさと帰れ!」


 大観衆の野次罵声。長らく親がこの催し物にティンを近づけようとしなかった理由を理解した。


「うっわぁ、さっさと帰りてー」


 とぼとぼと舞台に上がり見るからにやる気のフォームで剣に手を掛けるティン。

 次の瞬間、凄まじい光がほとばしりティンの体を包み込んだ。


「あれ、思ってたのと違う……」


 予想だにしなかった展開に会場はどよめき立つ。

 ティンは咄嗟に剣から手を放そうとする。

 しかし脳が揺れるような不快感の後、パタリと意識が途絶えた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る