勇気の一歩が、再生する⑥

 その後、魔神ザーレジアは都市エリテアの第一区域以外を壊滅させ、撤退。復興のために、次回の英雄選定大典カムラは無期限の延期となる。


 英雄レイドの敗北は「失踪」として民衆に扱われるように情報が操作された。混乱を起こさないためだ。また、命を落とした者はいないが精神的な支配を受けた者などの消息は未だ不明である――。


 数日後、ヴァンとマリの二人は再び第八区域に訪れた。今は折れた石柱せきちゅうに座りながら話し合っている。彼らの心に反して太陽は照りつけて。


「まぁー、いなかったね。一応ここに来てみたけど……」 

「はい……」 


 二人は念のためレイドを探したが、どこにもおらず意気消沈いきしょうちん


 そんな雰囲気を払拭ふっしょくするために話を切り出したのは、こうした空気の扱いに慣れた教師マリだった。ふわりふわりと、揺れながら。


「あー……まずは私の身の上話からだね。私は聖剣継承者九代目、レイド・スタークスの師匠として……本人から勧誘スカウトされた身だよ。どーだ、凄いでしょ」 

「そうだったんですね!? す、凄い……!」 


 マリがふふんと得意げに腕を組んでいる。


「まぁ色々あったんだよー。昔はやんちゃしてたからねぇ」 

「ええっ。全然そう見えないです」 

「感情のままに魔法ぶっぱなしすぎて、弁償代がかさんだりしたよっ」 

「いくらぐらいです?」 

「んー、ほぼビル二つ分かなぁー」 

「笑えない額!」 


 互いに微笑み合う、二人。表情が少しだけほぐれた所でマリは本題へと差し掛かった。


「あぁそうそう、レイド君からどのくらい目について話を聞いたかな?」 

「えっと……」 


 ヴァンは顎に手をあてて、あの時のことを思い出す。そして、今は黒い左目を指差して。


「この青い目が代々受け継がれてきたものだっていうのと、それで魔石を見て厄災に関する記憶を読み取って厄災を止めること、ぐらいです」 


 それを聞いたマリが顔を手でおおって、天をあおいだ。


「うぅーん、説明不足だな、彼は……ってあの状況だから仕方ないかぁー」 


 やれやれ、とため息をついたマリだった。気を取り直して、ヴァンの方を向く。


「その目にはかなり長い歴史があるんだ」 

「はい」 


 ヴァンは制服のポケットからボールペンとメモ帳を取り出した。が。


「ああいや、メモは大丈夫だよ」 

「あっ、はい……」 


 少し落ち込んだヴァンがいそいそとポケットにペンとメモ帳をしまった。


「はは、別に嫌味で言ったわけじゃないよー。ほら、もうから」 


 マリはふところから古びた羊皮紙ようひしの束を取り出した。その内の一枚に書いてあった内容を見て、ヴァンは納得。


「そっか、なるほど!」 


  継承者ノ記録


 ・聖剣について


 一、聖剣を所持すると一定時間、瞳を青へと変色させることができる。それに付随ふずいして肉体に以下のような変化が起きる。魔石から厄災に関する過去を見れる事、身体能力が向上する事、予知能力が開花かいかする事、視界内にいる生物の解析が可能になる事。これらは鍛錬たんれんにより強化が可能。


 二、聖剣は二振り、存在している。現在保有しているエスペランサと、名称不明の聖剣である。


 三、トリモニオ霊峰にて二対についの聖剣がとある鍛冶師によって製作された。また霊峰における、とある言い伝えが聖剣と関連している。


 四、あらゆる厄災を断ち切り、未来を切り開くために聖剣は創られた。


 ここより、厄災に関する事案を記述する……――。


 と、何とも明瞭めいりょうなタイトルと共に、このような記述がなされていた。


「大体把握してくれたかな。『魔神』はね、厄災の一つ。聖剣が造られてからずっと取り扱ってきた事案でね。間違いなく最凶さ」 


 ヴァンが息を吞む。「今からそれに立ち向かうのか? 自分が?」といった焦燥しょうそうと恐怖。それをひとまずしまい込み、マリの話を聞く。


「しかもそれだけじゃない。継承者のみんなはこれまでに色んな厄災に立ち向かってきたんだよ」 


 羊皮紙の束をペラペラとめくるマリ。ヴァンが食い入るように見入った。


「あ! 歴史の授業とかで出てきたような話もありますね」 

「うんうん。よく覚えているねぇー。でも教科書と報道ではかなりぼかしているから参考にはしないように」 


 ……お互いに目を合わせ、読了どくりょうの合図。マリはその古びた資料をしまう。


「あと、ヴァン君は継承者として十代目になります。私が補助するけど……これからの記録、頼んだよ」 

「俺が、十代目……!」  


 その歴史の長さに、ヴァンは再び息を飲んだ。自分にのしかかった責任が、重圧が少し現実味を帯びたからだ。


「そうだよー。頑張ってねっ、と」 


 マリはワイシャツの袖をまくり、意気揚々いきようようと立ち上がった。


「さて、大体のことは共有したね。その他の細かい事柄は追々伝えるから。行くよ」 


 つられてヴァンもゆっくりと腰を上げる。


「え? どこへですか?」 

「学園の地下演習場。あそこはあいつザーレジアが手をつけなかった。……もう迷ってる時間はあんまし残ってないよ」 


 マリは少しうつむいて。魔神ザーレジア状態ダメージを思い返し、長年の経験を基にして推測。


「あの感じだと……レイド君が作った猶予は恐らく一年と少しだね」 


 そして、威厳いげんをもった顔つきでヴァンの方を向く。


「訓練です。腹くくってね。はっきり言って、かなり厳しいのが待ってるから」

「――っ、はい!」 


 その気迫に少し気後れしたヴァンだが、大きな声で返事をした。


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