勇気の一歩が、再生する④

 玄関から出た後は都市の中央、第一区域へ誘導されることになっている。そう、こんな非常事態にも備えておいた人間族が技術力をいかんなく発揮し、議事堂の地下に街のような防護施設シェルターこしらえていたのだ。

 マリが懸命に避難誘導を仕切っている。その他の教師陣は全員、周囲を警戒中。


「三年・アルファチーム! 避難開始!」 


 呼ばれたのは、シヲンが所属しているクラスだった。その集団が男女二列になって校門を出て、瞬間移動装置テレポーターへと続く歩道を小走りで移動する。


 学校から第一区域までの距離はさほど遠くない。災害であってもすぐに逃げられる上、この時代において物資が枯渇こかつする事もないだろう。人災だろうとこの都市には英雄選定大典での入賞者をはじめとした、世界有数の強者が護衛に回っている。「まぁ大丈夫だろう」と、誰もが心のどこかで安心しきっていた。そう、誰もが。


 そして、ヴァンのクラスが呼ばれる。


「三年・ベータチーム! 避難開始!」 


 ヴァンたちのクラスが校門を抜けようとした、その時。


『聞こえるかな、エリテアの市民諸君。われは、魔神』 


 ヴァンの頭の中で、清々すがすがしい青年のような声が響き渡った。


「この声、は……?」 


 何故なぜかそれだけで身の毛がよだつような感覚が、襲う。周囲の生徒や教師を見ると。


「な、なんか気分が悪い」 

「うっ……何よ、これ」 


 同様の反応を示している。これを見たヴァンが、口元に手をそえて思案を巡らせた。


 ――俺だけじゃなかった! ……でも待てよ。これ、……!


 この心言テレパシー魔導士族ウィザードだけが一定範囲内で行使できる、心の声の送受信が同種族のみで可能という魔法。


 疑問点は二つ。範囲が広すぎること。魔導士族でない種族が心の声を聞けているということだ。


 これらの疑問点から脳内に浮かび上がる可能性は――人智を超えたナニカが、今回の事件の首謀者しゅぼうしゃであるということ。そのことをヴァンを含めた全生徒、そして教師が理解していき……冷や汗が、伝う。


 次の一言は、全世界にとって衝撃的な一言だった。


『今、最強の英雄レイド・スタークスが膝をついた。われの手によってな。よって直ぐにも都市の一切を滅ぼそう』  


 それを聞いたその場の全員が、水を打ったようにして沈黙する。

 

「んなわけあるか! 証拠はどこにあるんだよ!」 


 だがその男子生徒の声を皮切かわきりにして、そうだそうだ! と、みなが反発。それほどまでに信頼されている者だ。魔神と名乗る者はそれを見通したかのようにして、嘲笑ちょうしょう


『はっ。折角だ、映像を見せてやろうか? 見上げてみるといい』 


 その発言から数秒後。深紅に染まった空に映写幕スクリーンがうつし出される。そこには――。


 確かに赤髪の騎士が剣とともに膝を地面につき、呼吸を荒くしているではないか。白き装束は傷つき、血に染まっている。


「い、いやぁぁぁ!」 

「マジだったのかよ……!?」 


 生徒たちの、阿鼻叫喚あびきょうかん。それを見て、何かにハッと気が付いたマリは瞬時に叫んだ。


「っ、聞くな! 見るな! 『思考操作ブレイン・ショック』の魔法だよ! 早くここから避難して!」 


 しかし、無駄である。耳をふさいでも聞えてくる声に大半の人間がその魔法に精神を揺さぶられ――。……言葉を失い立ち尽くした。


『そこで、だ。もし降伏し、われ忠誠ちゅうせいを誓うならば……』 


 魔神を名乗る者は一旦、声を落とし。そして。


世界叛逆軍リベリオン・フォースとして、歓迎しよう!』 


 声高らかに、宣言。


『我が目指す世界はただ一つ。法というまやかしに抑圧された今の世界を壊し、新しい世界を創ること。 これまで辛かったな、同志達よ。日常に溶け込んだ当たり前に従い続け、それでもなお懸命けんめいに生き続けたのだろう。さぁ! 共にとう! これは、この世界を再生する物語だ!』 


 音声と生放送ストリームはここまでだった。


『……』 


 誰も、身動きがとれないでいる。……ここで、ベータ組に所属している眼鏡をかけたおとなしめの女子生徒が、口火くちびを切った。


「……ずっと。わざと私に聞こえるようにして噂してたでしょ」 

「え?」 


 彼女が話しかけたのは隣にいた同じベータ組、茶髪の女子生徒に対してだ。


「マジなんの事か分からな――」 

「もう分かってんのよ! このクソ女! 『火炎フレイム』!」 


 問答無用。おとなしめの女子生徒が、魔導士族が行使できる炎魔法で同級生に攻撃を仕掛けた。


「伏せて!」 


 それを咄嗟とっさかばったのは。ベータ組の担任、マリだった。


「熱ッ――!」 


 いつものマリなら造作ぞうさもなく、その魔法に対応していただろう。だが、予想外の出来事に体を動かすことが精一杯だった。炎を払ったマリの右手が焼けている。


「あ、あれ……身体が、勝手に……! 私は、私は悪くないい!」 

「あっ――待って!」 


 マリの呼びかけもむなしく、魔法を放った女子生徒は涙ぐみながらどこかへと走り去っていってしまった。これが思考操作ブレイン・ショックの洗脳。対象の深層心理しんそうしんりに入り込むことが出来れば、魔力量などに応じて行動を自由に操れる恐ろしい魔法だ。


 ベータ組、そして次に避難を控えていたデルタ組が次々と凶行きょうこうに及ぶ。正気を保った生徒や教師が止めに入ったりしているが、暴動が収まることはない。


 ヴァンはというと。かろうじて正気を保っていたが、絶望と困惑に身動きがとれないでいる。


 ――なんなんだよ、一体! 意味が分からない! 魔神!? 魔物の侵攻しんこうすら珍しいこの都市にか!?


 この世界は確かに魔物が存在する。もっとも都市や町、村にはめったに近づかない性格がほとんどだが。そのため今回のような事例ケースは非常にまれ。民衆はあまりの緊急事態に戸惑っていた。しかしながら、そんな中で。


 ――……考えるんだ。俺は何の為に、ここまで来た? 何の為に強くなったんだ? 


 少年ヴァンは思考を放棄しなかった。考え続けた。自分は、どうする? と。


 「自分にやれる事」があるはず。例え、力及ばずとも。そうして彼は一つの答えにたどり着いた。


「……!」 


 少年ヴァンはハッとして気づいたのだ。自分が今、やれるかもしれない事に。


「やってみる価値は、ある……!」 


 ヴァンは右手で、を強く握りしめて。


 瞬間移動装置テレポーターの方向とは逆、火の海の発生源へ敢然かんぜんと駆け出した。


「! おいヴァンどこ行くんだ、そっちはやべぇだろって! おい!」 


 唯一それに気づいた、友人であるドレッドが大声で引き留めようとするが。


 ヴァンはもう、影も形も見えなくなっていた。

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