勇気の一歩が、再生する③

 

 様々な競技を行い五種族の中で最も実力のある者を決める英雄選定大典カムラ。三年に一度だけ行われるこの祭典さいてんでは、入賞者に徽章きしょう贈呈ぞうていされ、優勝者の名には英雄とはくが付く。その栄誉に憧れて研鑽けんさんを重ねるものたちは後を絶たない。


 学園の設立目的は、この祭典において活躍する選手を育成することが名目めいもくなのだ。


 トレムンド学園、第二演習場。この施設は、種族の力を開放してもひび一つ入らない。内装が岩山のようになっているのは、祭典において様々なステージで試合が行われるのを考慮したため。


 ヴァンとシヲンはここで今、英雄選定大典カムラで着用する特注の戦闘衣ユニフォームを着て模擬戦闘中。


「やっぱりそんなもんなのね!? 雑魚がぁ!」 


 緋色ひいろをした軍服のような戦闘衣を着用しているシヲン。黒装束をまとったヴァンに対し、岩場の高所から鬼の形相ぎょうそうをして木刀で切りかかる。


 「くそっ……!」 


 ヴァンはなんとかいなしながら距離をとるばかり。明らかに防戦一方だった。


 この演習の条件はこう。人間族が扱える機器は使用不可。木刀による打撃と戦闘用ワイヤーによる移動は可能となっている。先に「降参」を言った方が負け。


「アンタの一番マシな剣術コレでやってやってんのにこんなザマなの!?」 


 シヲン、まさしく虎のような猛攻。だがヴァンもこのまま黙ってはいない。


「うるっ、さい!」 


 ヴァンの黒装束が、たなびく。踏み込みできょき、牙突がとつを繰り出した。しかし、すんでのところで防がれる。


「くそっ!」 

「……やっぱ剣だけはそこそこね。油断してたわ。でもっ!」 


 シヲンは一度後退して戦闘用ワイヤ―を取り出し、発射。先端を左方向の岩石に引っ掛けた。


「これならどう?」 


 シヲンは慣性を利用して、空を舞いながら移動する。矢継やつはやに戦闘用ワイヤーを射出し、それを意のままにしていた。

 

「速い……!」 


 ヴァンは全く目で追い切れておらず、どこから仕掛けてくるのかが検討もつかない状態だ。


「そこっ!」 


 背後の岩陰からシヲンの木刀が速度を乗せて振り下ろされた。


「ぐ、うっ!」 


 かろうじて反応できたヴァンは防ぐことに成功。だが、一撃の重さに耐えられず吹き飛ばされた。体勢を崩してごろごろと地面を転がる。そして。


「ッ!」 


 倒れ込んだ状態のヴァンに、シヲンが馬乗りになって木刀を突き付けた。彼女の汗が、したたり落ちる。


「……参りました」 

「ふぅ。アタシの勝ち」 


 シヲンはさっと立ち上がり、軽快な足取りで更衣室へ向かう。


「いい運動になったわー。次はあのクソムカつくね!」 


 そして振り返り、小悪魔然としたいたずらっぽい顔をして。


「あっ、約束通りジュース二本ねっ」 

「……はぁ。しょうがないな」 


 ヴァンはしぶしぶ、オレンジジュースとりんごジュースをおごったのだった。




◇◇◇




 この日は六限目もあった。時間帯もあってか、少し怖いほどに夕焼けが濃い。ヴァンはへとへとになりながらも歴史の授業を受けている。


 教師はこのクラス、ベータ組の担任であるマリ・ロウ・レーラー。おとぎの国から出てきたようなブロンドの銀髪。翡翠ひすい色の瞳は宝石もかくやといった色彩しきさい。歳がいくつか分からないほどにつややかな肌をしている女性だ。当然、授業中なのでスーツ姿。


「その霊峰れいほうでは魔力と精霊光マナが世界で一番、活性化していてぇ……」 


 マリの緩やかな口調。多くの生徒にとって退屈な授業。力を使い果たした後の午後。これらから机に突っ伏している者が多数であることは、容易よういに想像できる。ヴァンはというと。


「こんなに痛めつけることはないだろ……」 


 教室の一番後ろのすみ、入口である引き戸に一番近い席で、小声ながらぼやいている。ましてや体中がヒリヒリするため、眠れたものではなかった。


「いや、でも『参りました』だから。『降参』ではないから、うん。まだ負けてないぞ」 


 苦しい言い訳だ。だが、完全敗北を肯定すれば押し潰されそうになるのでそれは見ないフリをしたのだ。自分には伸びしろがある、と。


「それとこれは、よもやま話なのだけれど。そこにはとある言い伝えがあってぇ……」 


 非常にゆっくりと時が流れている。流石にヴァンも少しだけうとうとしだした。こうした時間でやることといえば妄想か、記憶の再生。ヴァンは後者こうしゃを選んだ。を、さすりながら。


 彼が十五歳の時の話だ。それは雪の降る季節。とある村で生活していたヴァンは、いつものように自宅の敷地周辺の雪かきをしていた。


『今日は凄い量だなぁ。これは時間かかりそうだ』 


 ザク、ザクと。一生懸命に雪を山のようにして積み上げていく。結構な運動量と防寒具のおかげで寒くはなかった。


『……ううん、ちょっとだけ休憩しようかな』 


 疲労を感じたので、自宅に入り暖かい飲み物でも一口でも。そう思って振り返ろうとした、瞬間であった。


『グルルゥ』 


 犬、ではない。もっと獰猛どうもうな生物が吠える音がしたと同時、ヴァンの左腕が厚手の防寒具ごと、切り裂かれていた。


『痛ッ――!』 


 痛みが遅れてやってきて。ヴァンはその場に座り込んでしまう。目の前には狼がいた。この時期、食料を求めてまれに山から降りてくる銀灯狼ホワイトウルフだ。しかもどうやら三匹で群れとなって行動していたらしい。


 目前に迫るソレに対して、冷や汗が止まらない。


『だ、だれか助けて――!』 


 ヴァンはいずりながら必死に助けを求めた。しかし、誰も来ない。そして銀灯狼ホワイトウルフが一斉に飛びかかってきて――。ヴァンはゆっくりと目を閉じた。


『もう安心よ。私に任せて』 


 突然、凛とした女性の声が確かにヴァンの耳に入る。 少しづつ目を開けると、三匹の銀灯狼ホワイトウルフが気絶していた。そこに立っていたのは。


『ごめんなさい。傷は治せないの。お母さんかお父さんに見てもらってね』 


 降りしきる雪でよく見えないが、恐らく青髪の女性。


  ――綺麗だ。


 不思議とヴァンは言葉を失い、視線を奪われる。まばたきをすると……彼女の姿はもうそこはいなかった。


『……お礼、してないな』 


 これが、ヴァンの英雄選定大典カムラで優勝を目指すきっかけになった出来事だ。


 ――優勝すれば俺を見つけてくれるかもしれないし、俺自身も彼女のように誰かを救える。


 ……だが、現実は甘くない。


『正直、君の実力で勝ちあがるのは難しいねぇ。リスクヘッジとして別の選択肢も考えた方がいい』 


 春、進路相談の時の担任マリの言葉だ。はっきり言って、図星。ヴァンは学力、実力ともに平凡だから。三年間、彼は頑張らなかったわけではない。必死になって研鑽けんさんを積んで、この結果なのだ。


 そう、優しさだけでは届かない。青髪の女性は、圧倒的に強かった。……ではヴァンは――?


 ――自分の事で手一杯な弱い俺が、誰かのために何者かになれるのか?


 確かに正しい道を進んでいる。やり方は間違っていない。だが現実は理想に反してかけ離れている。このままでは駄目だ。でもどうすれば。思考が迷宮入り。


 ヴァンは心の中で、幾度となく頭の中で反芻はんすうしたこの言葉をつぶやいたのだった。


 ――いつか俺も、彼女のようにカッコイイ人になりたいな。


 微睡まどろみに身を任せて、淡い夢に沈んでいく……。


 だが、それを許さないようにして。世界を揺るがすが起きる――。


 それは、突然のことだった。


 『警告! 警告! 全員、直ちに避難経路に従って避難を開始してください。これは演習ではありません。繰り返します――』 


 不安をあおるけたたましい警報とともに、告知アナウンスが流れたのだ。教室に緊張感が走る。もう誰も、眠りにつこうなどととはしていない。教師マリは緊急連絡用の携帯からメールを確認すると――血相けっそうを変えて腹の底から声を出した。


「ッ、全員!今すぐ廊下へ並ぶんだ! 早く!」 


 静寂せいじゃく。みなが啞然あぜんとしている中、先生マリが凄まじい怒声を上げる。


「早く!!!」 


 それを聞いて、その場にいる全員が戦慄せんりつ英雄選定大典カテナ、その現役の選手。そして元入賞者の実力者プロがこの気迫を出したのだ。どんな事が起こったか、誰も想像したくなかった。


 クラスの全員が素早く廊下に列を作る。そして五階から一階へ向けて足早に歩いていった。


 ……玄関付近に辿り着くと。異様に、ザワザワと騒がしいではないか。


「おい、嘘だろ」 

「どうなってんのよ」 


 その震え声に胸騒ぎがしたヴァンは……外を見たくない、と思った。しかし、避難区域へと行かなければならない。とうとう自分たちのクラスが上履きを脱いで靴に替え、外に出る。


 ヴァンがいつも登校して最初に目にする芝生の校庭。その先に広がった光景は――


「なんだよ、これ」 


 業火の海に飲まれゆく都市だった――。

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