勇気の一歩が、再生する③
様々な競技を行い五種族の中で最も実力のある者を決める
学園の設立目的は、この祭典において活躍する選手を育成することが
トレムンド学園、第二演習場。この施設は、種族の力を開放してもひび一つ入らない。内装が岩山のようになっているのは、祭典において様々なステージで試合が行われるのを考慮したため。
ヴァンとシヲンはここで今、
「やっぱりそんなもんなのね!? 雑魚がぁ!」
「くそっ……!」
ヴァンはなんとかいなしながら距離をとるばかり。明らかに防戦一方だった。
この演習の条件はこう。人間族が扱える機器は使用不可。木刀による打撃と戦闘用ワイヤーによる移動は可能となっている。先に「降参」を言った方が負け。
「アンタの一番マシな
シヲン、まさしく虎のような猛攻。だがヴァンもこのまま黙ってはいない。
「うるっ、さい!」
ヴァンの黒装束が、たなびく。踏み込みで
「くそっ!」
「……やっぱ剣だけはそこそこね。油断してたわ。でもっ!」
シヲンは一度後退して戦闘用ワイヤ―を取り出し、発射。先端を左方向の岩石に引っ掛けた。
「これならどう?」
シヲンは慣性を利用して、空を舞いながら移動する。
「速い……!」
ヴァンは全く目で追い切れておらず、どこから仕掛けてくるのかが検討もつかない状態だ。
「そこっ!」
背後の岩陰からシヲンの木刀が速度を乗せて振り下ろされた。
「ぐ、うっ!」
かろうじて反応できたヴァンは防ぐことに成功。だが、一撃の重さに耐えられず吹き飛ばされた。体勢を崩してごろごろと地面を転がる。そして。
「ッ!」
倒れ込んだ状態のヴァンに、シヲンが馬乗りになって木刀を突き付けた。彼女の汗が、
「……参りました」
「ふぅ。アタシの勝ち」
シヲンはさっと立ち上がり、軽快な足取りで更衣室へ向かう。
「いい運動になったわー。次はあのクソムカつく転校生ちゃんね!」
そして振り返り、小悪魔然としたいたずらっぽい顔をして。
「あっ、約束通りジュース二本ねっ」
「……はぁ。しょうがないな」
ヴァンはしぶしぶ、オレンジジュースとりんごジュースを
◇◇◇
この日は六限目もあった。時間帯もあってか、少し怖いほどに夕焼けが濃い。ヴァンはへとへとになりながらも歴史の授業を受けている。
教師はこのクラス、ベータ組の担任であるマリ・ロウ・レーラー。おとぎの国から出てきたようなブロンドの銀髪。
「その
マリの緩やかな口調。多くの生徒にとって退屈な授業。力を使い果たした後の午後。これらから机に突っ伏している者が多数であることは、
「こんなに痛めつけることはないだろ……」
教室の一番後ろの
「いや、でも『参りました』だから。『降参』ではないから、うん。まだ負けてないぞ」
苦しい言い訳だ。だが、完全敗北を肯定すれば押し潰されそうになるのでそれは見ないフリをしたのだ。自分には伸びしろがある、と。
「それとこれは、よもやま話なのだけれど。そこにはとある言い伝えがあってぇ……」
非常にゆっくりと時が流れている。流石にヴァンも少しだけうとうとしだした。こうした時間でやることといえば妄想か、記憶の再生。ヴァンは
彼が十五歳の時の話だ。それは雪の降る季節。とある村で生活していたヴァンは、いつものように自宅の敷地周辺の雪かきをしていた。
『今日は凄い量だなぁ。これは時間かかりそうだ』
ザク、ザクと。一生懸命に雪を山のようにして積み上げていく。結構な運動量と防寒具のおかげで寒くはなかった。
『……ううん、ちょっとだけ休憩しようかな』
疲労を感じたので、自宅に入り暖かい飲み物でも一口でも。そう思って振り返ろうとした、瞬間であった。
『グルルゥ』
犬、ではない。もっと
『痛ッ――!』
痛みが遅れてやってきて。ヴァンはその場に座り込んでしまう。目の前には狼がいた。この時期、食料を求めて
目前に迫るソレに対して、冷や汗が止まらない。
『だ、だれか助けて――!』
ヴァンは
『もう安心よ。私に任せて』
突然、凛とした女性の声が確かにヴァンの耳に入る。 少しづつ目を開けると、三匹の
『ごめんなさい。傷は治せないの。お母さんかお父さんに見てもらってね』
降りしきる雪でよく見えないが、恐らく青髪の女性。
――綺麗だ。
不思議とヴァンは言葉を失い、視線を奪われる。
『……お礼、してないな』
これが、ヴァンの
――優勝すれば俺を見つけてくれるかもしれないし、俺自身も彼女のように誰かを救える。
……だが、現実は甘くない。
『正直、君の実力で勝ちあがるのは難しいねぇ。リスクヘッジとして別の選択肢も考えた方がいい』
春、進路相談の時の
そう、優しさだけでは届かない。青髪の女性は、圧倒的に強かった。……では
――自分の事で手一杯な弱い俺が、誰かのために何者かになれるのか?
確かに正しい道を進んでいる。やり方は間違っていない。だが現実は理想に反してかけ離れている。このままでは駄目だ。でもどうすれば。思考が迷宮入り。
ヴァンは心の中で、幾度となく頭の中で
――いつか俺も、彼女のようにカッコイイ人になりたいな。
だが、それを許さないようにして。世界を揺るがす大事件が起きる――。
それは、突然のことだった。
『警告! 警告! 全員、直ちに避難経路に従って避難を開始してください。これは演習ではありません。繰り返します――』
不安を
「ッ、全員!今すぐ廊下へ並ぶんだ! 早く!」
「早く!!!」
それを聞いて、その場にいる全員が
クラスの全員が素早く廊下に列を作る。そして五階から一階へ向けて足早に歩いていった。
……玄関付近に辿り着くと。異様に、ザワザワと騒がしいではないか。
「おい、嘘だろ」
「どうなってんのよ」
その震え声に胸騒ぎがしたヴァンは……外を見たくない、と思った。しかし、避難区域へと行かなければならない。とうとう自分たちのクラスが上履きを脱いで靴に替え、外に出る。
ヴァンがいつも登校して最初に目にする芝生の校庭。その先に広がった光景は――
「なんだよ、これ」
業火の海に飲まれゆく都市だった――。
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