勇気の一歩が、再生する②

 この世界では、生まれ落ちたその瞬間に自身の種族が決まる。


 明晰めいせきな頭脳を用いて様々な新技術を開発し、それを自在に扱うことのできる人間族ヒューマン

 万物を砕く剛力から剣術までもひいでた戦闘の専門家スペシャリスト剣闘士族ウォーリア

 炎や氷など多様な属性がある固有魔法を唱えることにより、それを思いのままにあやつる、魔導士族ウィザード

 言霊と精霊光マナから奇跡的な魔術を編み、構築こうちくする森霊人族エルフ

 鋭い爪と牙、そして五感が鋭く俊敏しゅんびんな動きを可能としている、猛獣人族ビースト


 長い歴史の中で、いくつかの大陸に五種族が文化を形成してきた。そのうちの一つ。大陸全体を国家としてまとめ上げ、人民の平和的共存を可能としているのは……。


 中央都市エリテア。


 主に人間族の技術を基礎にして発展してきたこの都市には、所狭ところせましと並ぶ超高層ビルや、雲に届くのではないかと錯覚するほどに高い鉄塔が建てられている。中でも特筆すべきは、一から九まである区域間を楽に行き来できる瞬間移動装置テレポーター


 都心、第一区域には。大理石を基調きちょうとした厳格げんかくな議事堂が居を構えている。


 そんな都市の中にある、トレムンド英雄養成高等学園。校門をくぐれば、芝生の校庭に体育館。実に広々とした敷地。一見普通の学校に見えるが……。


 ここでは通常の学生の教育課程カリキュラムに加えて、種族の能力を極限まで練磨れんまする特殊な実技を行う――。


 学園の屋上。心地よい夏風なつかぜが吹き抜ける中、制服を着た三人の男女が他愛のない会話を交わしていた。


「やりたいことが、見つからない」 


 鉄柵フェンスに寄りかかって頬杖をつきながら、青空の下に広がる都市の景色を見てつぶやいたのは少年、ヴァン・ストーリアだ。風にそよそよと黒髪をなびかせている。


 彼は人間族。だが、学園での成績は平凡。試験の得点は中くらい、実技もいたって普通の評価だ。厳しい現実を知ってしまった彼はすっかりしおれて、いつしか夢を諦めていた。


「またそれ、うっざ。アンタまじで何しにここ来たわけ?」 


 そう言葉を吐き棄てたのはくれないの長髪をした少女、シヲン・アルハンゲル。屋上の出入り口の上で、ミニスカートから露わにさせた脚線美を見せつけるようにして足を組みながら購買部で買った焼きそばパンを頬張っている。


 彼女は学園で総合成績を二位でキープしている才媛さいえん。一年生から試験はほぼ満点。実技でも自身の最高評価を更新、継続。


「まぁそう言うなって。ここに来てその悩み抱えちまったやつは多いんだからよ」 


 義侠心ぎきょうしんのあるしょうねんが地面に胡坐あぐらをかきながら助言フォローを入れた。乱れた金髪に精悍せいかんな顔立ちの彼はドレッド・アビシーだ。……制服を盛大に着崩しているのは校則違反。


 彼の試験点数はヴァンにも劣っており自慢できたものではないが、自慢の引き締まった肉体を活かす実技の評価はシヲンに次ぐ三位。運動神経も抜群であり、運動部の手伝いヘルプにも忙しくしている。


 彼らは、クラスが違えど学園で三年間、苦楽を共にしてきた仲。そんな三人は今、人生の岐路きろに立たされていた――。


「はっ、雑魚の悩みね。到底理解できないわ。アタシは今年ので絶対で一位とりますけど?」 


 リスのように口をもぐもぐさせながら言う、シヲン。


「お前なぁ……いつも言ってるけどよぉ、もう少し言葉を選べって」 

「いいよドレッド、心の度量どりょうは俺の方が勝ってるから」 

「は? 今アンタなんて言った?」 


 今のヴァンの言葉は、少女シヲン逆鱗げきりんに触れた。左のまぶたをぴくぴくと痙攣けいれんさせている。


「俺の方が心が広い……これで伝わったか?」 


 火に油を注ぐようなヴァンの返答に対し。シヲンはカチン、と音がしたと錯覚するほど怒気どきを全開にした。


「ええ、分かったわ。次の授業すっ飛ばして演習場に来なさい。徹底的てっていてきに叩きのめしてあげる」 

「口論してる時間ないだろって。ほら、何のために集まったんだよ。早くやるぞ」 


 そう言うとドレッドは、教室から持ってきたかばんから歴史の教科書と大きめの方眼紙ほうがんし、そして下敷きに市販のネームペンを取り出して床に広げた。


「うげ、やりたくないわー。一人のレポート課題のが時間かかんないのよね」 


 ヴァンがドレッドの近くに体育座りをして、一言。 


「そうか。じゃあシヲンはグループから抜けてもらうということでオッケーかな」 

「今、はったおすわよアンタ。マジで」 


 この課題は自由な三人で組み教科書の中から題材を一つ決め、それを図書室から借りた本を用いたりして調べ、一つの結論を出して提出するものだ。


「『二人の英雄、その起源』についてか……。シヲンはどうしてこのテーマ選んだんだぁ? 俺にはさっぱりだぜ」 


 肩をすくめてみせたドレッド。


「あん? どうしてって、一番書きやすいからよ。ほら」 


 シヲンは上から降りてきて、鞄からドサッと床へ資料を取り出した。


「それ図書室のだろ? もっと大事に扱えよ、な。っていうかなんで――」 

「この授業を受け始めてから目を付けてたのよ。場所くらい把握してすぐ借りれるわ」 

「ま、まだ何も言ってねぇよ……」 


 ドレッドは質問するより来た解答に戸惑っている。

 それを無視し、シヲンはネームペンを拾い上げて課題にとりかかったのだった。


「じゃあ、始めるわよー。絶対に百点とってやるんだから、足引っ張んないでよね。まず、とある土地に――」 


 ……順調に課題を進めて、三十分後。


「あー、疲れた。シヲンはペースが早い。もう少し俺らに合わせてほしいよ」 

「はーい、ヴァンのヘボポイントでたわね。そんなんだから置いていかれんのよ」 

「ヘボっ、ポイントて」 

「何笑ってんのよ」 

「笑って悪いのかよ」 


 またしても一触即発の空気。ドレッドが割って入ろうとしたその時。キンコン、とチャイムが鳴る。五限目が始まる十分前の合図だ。


「あ、アタシもう行くから。じゃねー。あ、ヴァンはこの後、演習場ね」 


 シヲンは荷物をまとめて、そそくさと出て行った。


「どうやらマジらしいぜ。覚悟きめとけよ、ヴァン。……んじゃ、俺達も行くか」 

「ああ」 


 ドレッドも退出……扉を閉めた。だが。ヴァンだけが、ふと立ち止まり。鉄柵の間、宿主やどぬしのいない蜘蛛の巣にかかる蝶に視線をやる。


「………………」 


 少し躊躇ためらってから、そこへ向かって歩を進めて。


「しょうがないな」 


 おもむろに手を差し伸べ、蝶を救い出す。


「どこへでも行きなよ」 


 蝶は弱りながらも、太陽へ向かってひらひらと飛んでいくのだった。

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