第38話 報い

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 爆破騒動から数日が過ぎた。結局あれはいじめられっ子の反逆、ということだったのだろうか。赤井はあの日のことを思い出しながら、職員室を出た。

 それは赤井が当番だった夏休み最後の日に起こった。突如として校庭が爆発したのだ。そして、その十数分後、今度は職員室の電話が鳴り止まなくなった。受話器を取ると、どの電話も同じようなことを聞いてきた。


 ——学校が爆破されたって本当ですか。


 後で分かったことだが、どうやら職員室のパソコンに細工がしてあり、登録されているアドレス全てに犯行声明が送られていた。曰く、学校のうみは木っ端微塵に吹き飛ばす、だそうだ。そのメールには、学校のいじめっ子達の頭を吹き飛ばす、とまで書いてあった。そのせいで、あんなに活気のあったやんちゃな子たちが、今やしゅん、と大人しくなってしまった。

 そんな無理やりに生徒の頭を押さえつけるような行いは、全くもって許されないことだ。そもそも一部の生徒が多少といって、それが何だと言うのか。自然的に発生した人間関係ならば、それは誰かが手を入れるべきではない。弱い者はそうやって踏みつけられて徐々に強くなれるのだから良いではないか。雑草のように。

 結局のところ、犯人は未だ捕まっていない。


 赤井は校舎を出た。すれ違う生徒の数は皆無ではないが、少ない。夏休み明けの平日をやっとこさ終えた週末、部活動を行う生徒だけが校内にいた。

 赤井は体育倉庫へ向かっていた。気持ちは既に高ぶっている。これから行われることを想像して、身体の奥底をみなぎらせながら早足に歩いた。若い女を無理やりに屈服させ、自分の好き勝手に貪ること。それが学校で唯一の赤井の楽しみだ。新婚の赤井にとっては、この学校内の体育倉庫が妻以外の女を秘密裏に抱ける絶好の場所だった。

 今日はこのために、サッカー部の活動を午後からにしてある。校舎内にいる教師や生徒は、校舎から離れた体育倉庫まではやって来ない。誰にも邪魔されることなく、女子高生の身体を楽しむことができる。


 赤井が体育倉庫のカギを開け、中で待っていると、数分後に体育倉庫の鉄扉が開いた。


「遅いぞ。あまり待たせるな美樹」と赤井が言うと「すみません……」という蚊の鳴くような声で謝罪が返ってきた。


 赤井は若干イラっとしたが、その怒りはこの後の行為で思い知らせてやろう、と特に叱責は加えず、入ってきた美樹に「脱ぎなさい」と指示を出した。自分も服を脱いで、いつものようにマットの横の跳び箱に掛けた。

 ノロノロと制服を脱ぐ美樹に業を煮やして、剝ぎ取るように服を脱がせると、マットの上に美樹を押し倒した。


 美樹は既に泣きそうな顔で、少し赤井から顔を逸らしていた。目に恐怖の色が見える。それが赤井を一層興奮させた。水商売の女では赤井はもはや満足できなかった。奴らは自分が若い、というただそれだけで偉そうで、傲慢で、金が尽きれば手を翻してゴミを見るような目で赤井を見る。だから赤井はまだ心が未成熟な若い女を屈服させられるこの瞬間がたまらなく好きだった。いつものように無言で、しかし、口角が吊り上がった嬉しそうな顔で、赤井は美樹のあらわになった胸に顔を近づけた。


 扉が突然開いたのはその時だった。

 赤井は慌てて扉に目を向ける。そこに立っていたのは、この学校の生徒会長、木下有栖だった。彼女は赤井と美樹に目を向けてから、特に驚くでもなく、彼女の視線は跳び箱の方へ移った。そして小さく口角を上げ、何かのスイッチを胸の前まで持ち上げる。


 赤井が口を開きかけた。が、突如として赤井の隣、跳び箱からパン! と破裂音が発生し、体育倉庫内に響いた。赤井は驚いて両手で耳を塞いで肩をすくませた。

派手な破裂音だったが、音ほどの威力はなかったようで、跳び箱も未だ健在だった。だが、跳び箱のクッションは燃え上がり、掛けてあった赤井の服にも火がついた。


 なんだ、どういうことだ、何が起きている。赤井は混乱して挙動不審に小さく視線を左右に振る。


 すかさずもう1人の女子生徒が体育倉庫に入って来た。ツインテールの女子。小川双葉だ。双葉は有栖が投げ渡したスイッチをキャッチすると、赤井には目もくれずに、マットの上の美樹を起こし上げ、持っていたロングコートで美樹の身体を包んだ。「大丈夫だから」と双葉は美樹を励ましながら体育倉庫から出て行く。


「ま、待ちなさい!」と赤井が追いかけようとして、自分が全裸であることを思い出し、脚が止まった。


 美樹と双葉が去った後も、生徒会長、木下有栖はそこにいた。


「……いったい何のつもりだ」赤井が有栖を睨みながら問う。

「報いを受ける時がきたんだよ。あなたと……ボクが」

「何の話だ。俺は悪いことなど何もしていない。美樹とは合意の上での仲だ。あいつは既に18歳なんだから、法律上なにも問題ないはずだ」


 ゆっくりと首を左右に振りながら有栖は言う。


「そういうのいいから。もう全部分かってるし、証拠なんて別に必要ない」

 ふん、と赤井は鼻で笑う。「証拠が必要ないだって? ならどうやって俺を裁くっていうんだ? 美樹は何も吐かないぞ。あいつは絶対に俺とのことを漏らさない」


 赤井はにんまりと目を三日月型に歪めて笑った。が、有栖の返答にその笑顔も固まる。


「どのみち美樹からは何かを聞き出そうだなんて思ってないよ。だって美樹は関係ないから」


 赤井が眉間に皺を寄せて怪訝そうな顔を見せた。


「関係ない?」


 有栖はワイシャツのボタンをぷちぷちと外していき、躊躇うことなく脱ぐと、跳び箱上で揺らめく炎に投げ入れた。続けてキャミソール、スカート、下着も同様に脱いで火の肥やしにする。火は更に燃え上がり、一層濃くなった煙を感知して、ジリリリリリ、と火災報知器が校舎の方で鳴るのが聞こえた。

 有栖は全裸になって赤井と対峙する。


「そう。美樹は関係ないんだよ。だけど、あなたは現行犯で逮捕される。ボクにレイプした現行犯でね」有栖が微笑む。


 赤井は目を見開いて口を2、3度ぱくぱくと開いて閉じた。有栖は続ける。


「ボクはまだ17歳だから年齢的にも違法だし、あなたに無理やりに襲われたって公表もするよ。あなたに連れられて体育倉庫に入って行ったのを何度も見た、と証言してくれる仲間もいる。ナルシとボッチと不良とゴリラが」


 赤井は自分が圧倒的に不利な状況にあると悟ると、慌てて火の中から服を取り出そうとして、「つっ」と熱に手を引っ込めた。

「全裸で逃げてもいいけど、別の場所からカメラ撮影してるからどうせバレるよ」

「くっ、クソ!」


 赤井は悪態をつきながら、必死の形相で、体育倉庫内に着られる物がないか、漁り始めた。

 それを横目に有栖はゆっくりとマットの上に仰向けに横たわる。


「無駄だよ。身体を隠せそうなものはあらかじめ撤去してるから」


 その間も、火災報知器の音は校舎の方から絶え間なく鳴り続けている。


「そろそろ他の先生も来るし、諦めた方が良いよ」手に握っていた目薬を差すと、有栖はその目薬をも火の中に放り投げた。

「なんで! 畜生! 俺は! 俺はやってねぇ! やってねェェエエエ!」


 往生際が悪く、体育用具を荒々しく投げ飛ばすようにどかして、衣類を探す赤井に有栖が告げる。


「あなたの人生は終わりだよ。赤井先生」


 その直後、他の教師が体育倉庫に入って来た。裸の赤井と女子生徒、そして燃え盛る火を見て動揺する。

 有栖はこれ見よがしに震えてうずくまり、涙を流した。とりあえず避難を、と有栖は教師に誘導されて、体育倉庫を出ていく。


「違う! 待て! 俺じゃない! 俺はやってない!」という赤井の必死の叫びに、有栖は一瞬だけ振り向いて、小さく微笑んだ。

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