第31話 意味ねぇんだよ
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マッチョが玉ねぎを剥き始めると、拳大くらいの大きさの玉ねぎはいつの間にかお手玉くらいの大きさになっていた。
「あーもォ! マッチョ先輩、いい加減にして?! あんた才能ないよ? 二度と料理しないで」
双葉がマッチョの手に収まったお手玉サイズの玉ねぎを奪い取る。
「双葉、そうは言っても、俺イクメンになりてーんだ。イクメンに料理は必須だろ」マッチョが真剣な顔で言う。
「必須ならもっと真面目にやりなさいよ! あんたのは料理じゃなくて食材を少しずつゴミにしているだけだから」
双葉の容赦ない言葉もマッチョは「その辛辣な言葉のチョイス……好きだなぁ」としみじみと頷いて受け止めていた。
「キモイ! てかなんであたしが、こんな類人猿とカレー作らなきゃならないわけ?!」
「おいおい、誰が数種のテナガザルだよ。こう見えて俺、足だって結構長いぜ?」
「何勝手に『ゴリラ、チンパンジー、オランウータンと数種のテナガザル』から、数種のテナガザルをチョイスしてんのよ! 厚かましいわね! ゴリラよゴリラ!」
マッチョは双葉と野外調理場に広げられた野菜を相手取っていた。夕飯のカレーを作るためだ。
ソラは「米は俺にやらせてくれ。手伝い? 邪魔だ。1人でやる」と勝手に行ってしまった。半分アメリカ人のくせに、米の炊き方にこだわりがあるらしく、誰一人寄せ付けず、黙々と作業していた。遠目から見る限り、何やら温度を測ったり、火と
有栖と祈里は飲み物を追加で買いに近くのスーパーマーケットまで買い出しに行っている。
つまり、今はマッチョと双葉の二人きりだった。それもあってマッチョの機嫌はすこぶる良い。
「双葉、手際が良いな」
「……このくらい普通よ」双葉は顔を背けて言う。
「指示をくれ双葉。俺はお前の手となり足となろう。この長い手足を存分に使え」
「だから、数種のテナガザルじゃないって言ってんでしょ!」
マッチョはなんだかんだ丁寧な指示を出す双葉に従って、1時間足らずでカレーが完成した。
双葉が小皿に口をつけ、味見をする。
「うん。オーケー」と頷く双葉に、マッチョはニカっと笑いかける。
「俺の切ったハート型玉ねぎは双葉の皿に盛り付けてやろう」
「あ、それならさっきバラバラに分解してただの輪っか玉ねぎになったよ」
「なにぃ!?」
「当たり前でしょ。玉ねぎなんだから」と言いながらも双葉は、あははは、と明るく笑う。
そんな双葉を見て、マッチョも穏やかな顔を向けた。
愛おしさが溢れて、自分でも制御できず、つい口をついて「双葉」と言葉がでた。「双葉……俺にできることは何かあるか?」
双葉の明るい笑い声がぴたり、と止まった。
「何それ。別にないけど。カレーもできたし」と双葉がぶっきらぼうに言う。カレーの話ではないことは、明らかだった。
「何か悩んでんだろ?」
「別に」と双葉が顔を背ける。
「何も悩んでない奴が学校を爆破しようとは思わないだろ?」マッチョが探るように双葉を見た。「俺は知りたいんだ。何がお前をそんなに苦しめているのか」
双葉は「何それキモ」と笑った。
「お生憎様。あたしはただこの学校の先公たちがムカつくから計画に乗っただけだし。……でも」
「でも?」
「…………ありがと」
双葉が頬を緩める。いつも仏頂面で塩対応の双葉が見せた優しい笑みは、マッチョの中に鮮明に刻まれた。
「……作戦、絶対成功させような」とマッチョが言う。
「どうだかね。ソラ先輩が抜けるんじゃどうしようもなくない?」双葉は鼻で笑った。
それからソラの方に顔を向け「さて、そろそろあの米バカにご自慢の米を持ってこさせないと、ね」と歩き出す。
マッチョが「双葉」とその背中を呼び止めた。
「……なに?」双葉は何かを感じ取ったのか、ゆっくりと振り向いてから訊ねた。マッチョは真剣な顔で双葉を見て言う。
「お前が、好きだ」
双葉は黙った。いつも好き好き言われ、その度にキモいと返していた双葉が、この時はその言葉を使わなかった。
マッチョが言葉を重ねる。
「お前は、俺が幸せにしたい。お前の笑顔は俺が、必ず守る。だから俺と……付き合ってくれ」
双葉は少し目を見開き、マッチョを真っすぐ見返した。マッチョの強い眼差しとぶつかる。
それから双葉は笑った。マッチョのことを案ずるような、優しく、それでいて苦しみに満ちた笑みだった。
「あたし……好きな人、いるから。……ごめん」
マッチョは双葉のはっきり断りつつも優しい丁寧な言葉に、あぁやっぱり好きだわ、と感じて、また胸が痛んだ。
どうして俺じゃないんだ。双葉を誰よりも愛していて、双葉を誰よりも幸せにできるのは俺なのに。どう考えても俺なのに。お前に必要なのは絶対に俺なのに。
表に出すには醜すぎる想いが頭の中に浮かんでは消え、そしてまたにじみ出るように浮かぶ。
彼は聞かずにはいられなかった。それを聞けば後悔する。絶対にだめだ。やめろ。そう考えれば考える程、堪えきれなくなり、結局彼は訊ねた。
「ソラ……なのか」
その言葉を聞いた瞬間、双葉が目を伏せた。それだけでマッチョには分かってしまった。そして自分を恥じる。自分の中に生まれてしまった黒い嫉妬を。親友に向けられたネガティブな想いを。恥じながらも、マッチョにはそれをどう処理して良いのか分からなかった。
「……そんなわけないでしょ。バカじゃないの」
双葉は否定するが、マッチョにはそれは嘘だと痛いほどに届いていた。
「あたしなんかより……もっとまともな子を好きになりなよ」
双葉が悲しそうにそう告げてから、1人、先に歩き出した。ソラのもとへ。
「まともな子って……なんだよ」と残されたマッチョが呟く。
ぽたぽた、と石床に染みができた。周りには誰もいない。それが彼にとって、せめてもの救いだった。
「お前じゃなきゃ……意味ねぇんだよ」
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