第30話 駒

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 後部座席にゆとりのあるSUV車を校門前につけたとき、既に有栖、祈里、双葉、マッチョがそろって、ソラを待っていた。

 祈里が口をあんぐり開けて運転席のソラを指さす。


「む……無免許……運転」

「誰が無免許運転だ。失礼な奴だな。俺は4月生まれだから、18になってすぐ免許取ったんだよ」

「あんた犯罪者なんだから道路交通法も違反しなさいよ」

「お前も犯罪者だろ、って何回言わせんだ、双葉このやろ」


 ソラと双葉が言い争っていると、さっさと祈里と有栖が後部座席に乗り込んだ。


「マッチョくんはでかいから助手席ね」と有栖が指示をだす。

「でかいと助手なの……?」マッチョはごねた。

 ——が、「マッチョくん、助手席」と再び放たれる有栖の揺るがない命令で、結局マッチョは助手席に座った。


「うっわ、でっか、邪魔くせ。マッチョが横にいると見通しの良い交差点まで、見通せなくなるわ」

「車内は関係ないだろ?!」


 双葉も後ろに乗り、全員乗り込んだのを確認してソラは車を出した。

 マッチョはガサゴソとバッグを漁ってお菓子を取り出すと後部座席に振り返る。


「なぁ、ゴリラのマーチあるけど食う?」

「それ人間用?」

「双葉ひどい……」

「祈里は、茎わかめ持ってます」

「祈里たん、チョイスが渋い!」


 騒がしい車内も高速に入ってしばらくすると、女性陣は寝静まり、ソラとマッチョの雑談の声だけが楽しそうに続いた。


「なぁソラ、この爆メン女子でいったら誰がタイプなんだ? ん? あ、それとも俺のタイプから聞くか?」


 ソラは一瞬マッチョに目を向けてまた、進行方向にすぐ戻す。


「お前はどうせ双葉だろ。聞く気も起きないわ」

「まぁな。俺は双葉一筋だぜ。で、お前はどうなんだよ?」


 マッチョがいかつい顔をソラに寄せた。ソラは迷惑そうに顔をしかめる。


「後ろに本人たちがいるのに、そういう話するか、普通?」

「ぐっすり寝てるから分かりゃしねーよ」

「そういう問題じゃないだろ。だいたいこいつらにとって俺は、そういう対象にはならないだろうよ」


 ソラがそう言うと、マッチョが眉を寄せて

「はぁ?」とソラを見た。こいつマジで言ってんのか、と正気を疑う視線を向けてくる。


「俺たちは共通の目的のために集まってるだけだ。それ以上でも以下でもないんだよ」ソラは白けた目を前に向けたまま言った。

「なんだよ、しけた考えしやがって」

「ほんとそれだね。ボクらは爆破のためだけに一緒にいるわけじゃないんだよ?」と突然有栖の声が後ろから聞こえた。

「共通の目的っていうか、あたし、ソラ先輩に巻き込まれただけなんだけど」双葉の声が続くと、

「祈里、皆といるの楽しいです」と祈里が元気よく挙手した。

「お前ら全員狸寝入りかよ」


 結局、彼らはキャンプ場に到着するまで騒がしく、はしゃぎ続けた。




 キャンプ場に到着し、荷物をログハウスに運び込んでからは、早速自由時間となり、ソラは1人で、双眼鏡を手に野鳥を観察しに、山に入った。

 鳥が見えた気がして、双眼鏡を目に当てて構えると、高所の木の枝がすぐ目の前にあるかのようによく見えた。が、それは一瞬だけだった。突然、視界が真っ暗になる。双眼鏡を反対側から覗き込まれたようだった。ソラは双眼鏡を持った手を下ろして、睨みつけた。


「邪魔すんな、爆弾娘」

「なんかおてんば娘みたいだなぁ。ボクのキャラと合ってないよ、それ」


 双眼鏡の向こう側にいたのは有栖だった。有栖はごく自然な流れでソラの腕を抱くようにくっつき、「野鳥見るんでしょ? 行こ」とソラを引っ張るように歩き出した。

「ひっつくな! てか付いてくんなよ」

「これは爆メンの親睦を深めるための会でしょ? なら、単独行動は厳禁だよソラ」

 ソラは顔を横に向けて舌打ちをしてから「分かったから離れろ」と有栖を引きはがした。


 緑豊かな山道を有栖と並んで歩く。頭上では、鳥たちがそこらかしこで歌い合う。ソラは目を閉じてその降り注ぐさえずりを浴びながら、深呼吸をした。


「鳥はいいなぁ、心安らぐよ。有栖みたいに俺の心を騒がしてドキドキ、キュンキュンさせて来ないからよぉ」と有栖がソラの声を真似して言った。

「似てない声真似でアテレコすんな。お前なんかにドキドキするわけないだろ」

「おいおい、絶世の美女を捕まえてそういう事いうかな普通」

「自分で絶世の美女とか言ってんじゃねーよ」


 ソラが有栖を置いて再び歩き出すと、有栖もその横に並んでついて来る。


「でも実際、お似合いだと思うんだよねボクら」と有栖が言う。「ボクと付き合えば、キミに寄って来る鬱陶しい女子達は皆、追っ払うことができるよ?」


 だろうな、と相槌を打ちながら、ソラはまた双眼鏡を頭上に向けた。


「ボクはこう見えてけっこう尽くす方なんだ。彼女にしたら普通の女じゃできないあれやこれも、全部ソラの思いのままだよ?」


 ソラはまた別の木に双眼鏡を向けて、ダイヤルを調整する。「尽くされるどころか、お前には振り回された記憶しかないがな」


有栖は目を細めて少し口を尖らせるが、ソラは見向きもせず、黙々と野鳥観察を続けていた。


「……それ楽しい?」

「楽しいからやっている。文句あるか」やはりソラは有栖を見ようとしない。


 すると突如、有栖はソラの後ろから首に腕を巻き付けて抱き着いた「半分、貸ーしてっ」


 その声で何羽か鳥が羽ばたき去って行く。有栖の決して小さくない柔らかいそれがソラの背中に当たって、むにゅっとつぶれた。ソラは一瞬、ぴたり、と動きを止めてその感触を堪能してから、それを顔に出さないように素知らぬふりをする。


「貸せる訳あるか。退け」

「いーじゃぁん。減るものじゃないんだしぃ」

「減る。観察できる野鳥の数が減る。まったく鳥よりおしゃべりな奴だなお前」


 有栖はついに、双眼鏡を後ろから取り上げると、双眼鏡に目を当てる素振りもなく、ソラを見てにっこりと笑った。


「鳥もいいけど、ボクのことももっと観察してほしいかな」

「お前の面倒くさい習性なら既に知っている。早くそれ返せ」


 ソラが腕を伸ばすが、有栖はひょいっと大袈裟な動きで双眼鏡を後ろにそらせて避ける。


「でもボクのおっぱいが意外に大きいってのは今知ったでしょ?」と有栖がソラの顔を覗き上げるように上目遣いで見た。


 ソラは目を少し見開き、心の中で「何故バレた」と呟く。


「今、何故バレたって顔してる」と有栖がころころ笑う。「キミは自分が思っている程、ポーカーフェイスが上手くないよ」


 ソラは伸ばしていた腕を下げてから有栖を見据えて言う。「お前何がしたいんだよ」

「だから、ソラと仲良く野鳥観察したいんだって」

「そうじゃねぇよ。……お前、けっこう前から俺と祈里をくっつけようとしてただろ」


 ソラの言葉に有栖は薄く微笑んだ顔のまま黙りこくった。


「体育倉庫の件を言っている」とソラはさらに追及する。「俺と祈里を閉じ込めたのは、有栖。お前だろ。動機は俺に青春を与えるため。……違うか?」

「……体育倉庫のイベントは必須だからね」有栖はあっけらかんと認めた。

「かと、思えば、今度は自分が俺にちょっかいをかけている」

「祈里たんとくっつきそうになったソラをみて嫉妬したのかも」有栖が指を1本立てて、心にもないことを言った。


 ソラは疲れを吐き出すように吐息を吐いた。


「当てようか?」とソラが言う。


 有栖は答えない。黙ってソラを見続けた。


「お前は俺を駒にしようとしている。自分のために動く都合の良い駒にな。俺が爆破計画から抜ければ当然爆弾は手に入らないから、それで焦って、俺を手籠めにしようとしてんだろ」


 有栖は、少し寂しそうに笑った。


「ソラ、キミは本当に意地悪だね」


 ソラは有栖の目を見て、ゆっくりと、そしてはっきりと告げる。


「俺はお前の思い通りにはならない。決してな」


 それから、呆然と立ち尽くす有栖の手から双眼鏡を奪い取り、ソラは山の中に一人、歩いて入って行った。

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