第29話 腑抜け
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長期休暇中の学校は、部活動を行う生徒たちで意外にも活気づいていた。
ソラが校舎に向かって歩くその少し先で2列縦隊になった野球部が声を張り上げながら走って横切っていく。
校舎に入ると、流石に人気がなく、節電でどこもかしこも照明が消えていて薄暗かった。籠った夏の匂いがする廊下を歩いて、ソラは生徒会室に向かった。
ソラが生徒会室のドアを開くと、4人が一斉にソラに顔を向けた。生徒会でもないのに、もうずいぶんと生徒会室に馴染んできた爆メンは、各々テキトーな席に座って、好き勝手過ごしていた。
有栖は生徒会の仕事をし、祈里はポテチを割りばしで摘まみながら漫画を読み、マッチョは携帯ゲーム機で遊び、双葉はスマホをいじくっている。
「遅かったね」と有栖が目の前の書類から顔を上げた。
「職務怠慢です」祈里が割りばしを向けてくる。
「お前に言われたくねぇよ。この中でまともに爆活してんの俺だけなんだがな、不思議なことに」ソラは開いている席に腰を下ろした。
「爆活て」マッチョが声を上げて笑い出す。
有栖は広げていた書類を片付けながら「だって仕方ないじゃん。爆弾作れるのソラだけなんだから」と悪びれることもなく開き直った。
「そうそう。先輩、飛び級ハーバードの実力を発揮するときじゃん。がんばれー」棒読みするような口調で双葉が言う。目はずっとスマホに落ちており、ソラを一瞥すらしない。
お前らなぁ、とソラが文句をぶつけようとすると、祈里が「あープール楽しかったなぁ」とあれからもう何度目になるか分からないセリフをまた口にして、スマホでプールの時の写真を開いてニヤニヤしだした。
「まだ言ってんのかよ」とソラが言うと「だって楽しかったんですもん!」と言い訳になってない言い訳が返ってくる。
「そうだな。双葉の水着も可愛——」
「ゴリラは黙って」
双葉がマッチョを黙らせた。いつの間に芸を仕込んだのか、ゴリラはもうゴリラ呼ばわりに文句を言うこともなく従順に黙って静止している。
「まるで人間のようだな」とソラが呟くと、「いや人間だから」とマッチョが再び動き出した。
「さて、思い出作りもできたところで、本格的な爆活をはじめるよ」有栖が仕切ろうとする。
——が、
「会長、爆活ってワードなにげお気になの?」と双葉が口に手を当てて有栖をからかい、「俺はずっとやってるんだがな、本格的な爆活」とソラも横槍を入れ始めると、「祈里、昨日ボンバーメンしました」と祈里が関係ないテレビゲームのプレイ報告をしだす。
「本当まとまりがないね。キミ達は」有栖は呆れるようにため息をついた。
「仕方ないだろ。ぼっちと不良とゴリラを寄せ集めただけなんだから」
「誰がぼっちですか!」「誰が不良よ!」と同時に抗議の声を上がった。悲しきかな、ゴリラはもうゴリラであることを完全に受け入れてしまったようで、抗議すらしなかった。
「とにかく」と有栖が話をもとの軌道に無理やり戻した。「今日は割と重要な話し合いをするよ」
「重要な話し合い?」祈里が首を傾げる。
有栖が不敵な笑みを浮かべ、「いつ、作戦を決行するのか」と指を1本立てた。
「俺はいつでもいいぞ」とマッチョが言うと、「祈里もだいたい暇してます」と挙手する。
「遊びの予定を決めるんじゃねーんだぞ」ソラが2人に半眼を向けた。「やるなら生徒数が少ない夏休み期間に限られる」
「でも、先輩。夏休みだって、部活動の生徒がたくさんいるけど、大丈夫なの?」
「それなんだよな問題は。特に体育倉庫なんて部活動の生徒がいつ近寄るか分からないしな」
ソラの言葉を受けて有栖は「うん、だけど——」と得意げに応じる。
「——部活動の生徒が学校に寄りつかない日が1日だけあるんだよ」
「あ、そうか」とマッチョが声をあげた。「8月31日、夏休み最終日だな?」
「そう。ソラは編入してきたばかりだから知らないだろうけど、この学校は毎年夏休み最終日は部活動を行わせないことになってるの」
「祈里も知りませんでした!」と祈里がまた挙手をして自己申告する。
「おまけに、学校に詰める職員も慣例的に最終日は1人ってことになってる。こっちはあまり知られていないけどね」
「なるほど。おあつらえ向きだな。やるとすれば、その日しかないわけだ」
そう言いながら、ソラが有栖をじっと見つめる。有栖は『話し合い』といった。ここまでの話を聞けば、『話し合い』をするまでもなく8月31日の一択だ。ならば、話し合う点は別にある、と踏んで、ソラは有栖の次の言葉を待っていた。
案の定、有栖は「問題は」と口を開く。
「問題はその日の夜までボク、ハワイにいるから、学校に来られないことなんだよね」有栖は、あはは、と苦笑した。
「はぁ?! お前が言いだしっぺなのに、決行日いないのかよ!」ソラが目を剥いて有栖に指を突きつける。
「あたしたちが必死に作戦決行している間に、会長は優雅にワイハですか、そうですか」双葉も白けた顔を有栖に向けていた。
祈里だけが「仕方ないですよ。ハワイはとっても魅力的ですもん」と少しずれた弁護をする。
「大丈夫! 爆弾設置だけはちゃんと手伝うから!」
「いや無理だな」とソラが背もたれに身を投げ出すように寄りかかった。「ハワイってことは、数日は向こうにいるんだろ?」
「そうだけど、設置だけならいつやったっていいんだから——」と言う有栖の言葉を遮ってソラが「いや、前日しかダメだ」と言った。
「爆弾なんて危険物、ずっと放置しておくことはできない。それに最終日以外は生徒が来るんだ。発見されるおそれもある。設置は前日。できれば夜」
「つまり」とマッチョが言う。「爆弾設置も有栖ちゃん抜きか」
沈黙が訪れる。お互いに目を見合わせて様子を探り合っていた。
ソラが「やっぱり無理だな」と口を開いた。「有栖がいないんじゃ作戦は中止だ」
「なんでよ! ボクがいなくたって計画に支障は——」
「大ありだ」と有栖を睨みつけた。「お前が始めたことだろ。俺はお前が本気だから手を貸したんだ。ハワイだなんて舐めたこと抜かしてるようなら、俺は抜ける」
すると今度は双葉が「はぁ?!」と声を上げた。「ふざけないで! 先輩があたしを引き込んだんでしょ! 勝手に抜けてんじゃないわよ」
「仕方ねえだろ、リーダーが腑抜けなんだから」
「おい、ソラ、そんな言い方は——」
突如、パンッ、という破裂音が険悪な雰囲気の中を割って入り、全員が動きを止めた。薄い火薬の匂いが部屋に漂う。
音の発生源に目を向けると、祈里がクラッカーを手に持っていた。祈里は穏やかに微笑んで言う。
「皆さん! 決起キャンプをしましょう!」
「決起キャンプ?」
「はいっ。まだ夏休みはあります。みんなで仲良くキャンプしましょ! 祈里、カレー作りたいです」
計画の決行自体が危ぶまれているのに、何を言っているのか、とソラが苦言を呈そうとすると、「いいんじゃないか、決起キャンプ」とマッチョが先に口を開いた。「カレーは得意料理だ」
「あんたの作ったものなんて口に入れたくないんだけど」と双葉が眉を顰める。「あたしが作るから、ゴリラ先輩は引っ込んでて」
「双葉が手料理振る舞ってくれるのか?!」と目を輝かせるマッチョに「あんたのはレトルトよ」と双葉が応じる。
先ほどまでの険悪な雰囲気はいつの間にやら霧散していた。
ふふ、っと有栖が笑う。「いいね。行こうか。決起キャンプ」
「決起しないのに、決起キャンプしてどうすんだよ」とただ一人ソラが文句を垂れる。
「まぁまぁ、そう言わずに。みんなでキャンプなんて絶っ対楽しいですよ?」
祈里がソラの目を見つめた。視線が重なる。不思議と祈里を見ているとささくれ立った心が落ち着きを取り戻していった。
はぁ、と吐息をついてから、ソラが「好きにしろ」と肩をすくめると、祈里はにっこりと微笑んだ。
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