第27話 やっぱりいたんだね
19
結局、祈里は出ずっぱりでプール点検時間以外はずっとプール内にいた。
あははは、と笑いながら空気で膨らませたハンマーを片手にはしゃいでいる。今はマッチョを釘にでも見立てているのかバシバシと彼の頭を打ち付けていた。
ソラもプールに浸かったり、歩いたりしたが、祈里のテンションについていけず、今はプールからあがって休んでいた。隣には麦わら帽子を被った有栖がいる。
有栖は無言だった。ソラの隣でぼんやりとプールを眺めている。表情はない。どこかに心を置き忘れて来たかのように、ぼーっと一点を見つめていた。
何気なく有栖の見ている方向に目を向けると、そこには美樹がいた。気が付けば、ソラは口をついて言葉を発していた。
「気になるのか?」
有栖が目を剥いてソラに振り向く。ソラを推し量るような無言。
プールを楽しむ人々の声が遠くから小さく聞こえ、それが一層2人の間に流れる沈黙を強調する。
「やっぱりいたんだね、あの時」と有栖が苦笑した。
ソラは肩をすくめる。言葉で肯定するのはなんとなく躊躇われた。だが、結局、ソラはロを開く。
「誰かに脅されてるのか、あいつ」ソラが美樹に目をやった。
美樹は今プール内で仲間——と言えるのかは甚だ疑問だが——に担がれて放り投げられているところだった。女子たちが笑う。自覚のない悪意。いじりといじめの境界はいつだってぼやけている。
有栖は彼女たちから視線を外してソラを見た。
「ボクの口からは何も言えないよ」
美樹との仲は決裂した、という事だろうか。それでも余計な情報を漏らさない有栖は、大人な対応だと思えた。だが、関係を断つ、という方法は有栖らしくない、とも感じた。
「お前、あいつのために爆破計画を考えた、なんて言わないだろうな」
有栖は意味深に笑ってから、「もちろん理由の1つではあるよ」と答えた。
「キミには前に言ったけど、この学校はそもそも腐ってるんだよ。あの程度のいじめは『いじめ』としては認知されない」
有栖が目を向けた先では美樹が水面に浮上して鼻水と涎を噴き出しながら苦しそう呼吸を荒げていた。
「あの学校にはもっとたくさんのいじめが同時多発的に発生してるんだよ。どの学年のどのクラスにもある、と言っても過言ではないくらい」
ソラの方に視線を戻した有栖は静かに怒っているようにソラには見えた。
「だから」と有栖が言う。「ボクが全部まとめてぶち壊すんだ。特定の誰かのためじゃない。皆のため、なんだよ」
ソラと有栖の視線が重なる。有栖のミルクティー色の髪の毛が汗で頬に張り付いている。温かく柔らかいのに、おぞましい。そんな矛盾した不思議な魅力にソラは有栖から目が離せなかった。
不意に真後ろから、声を掛けられた。
「前から思ってたんだが」とどでかい声を発したのは、マッチョだった。
いつの間にプールから上がったのか。びくっと有栖の肩が跳ねる。それはソラも同様だった。
「お前ら、もしかして付き合ってんのか?」
はぁ?! と無意識にソラは声を発していた。
「だって、色っぽい目で見つめ合ってるしよ」とマッチョがお目目をぱちくりする。ソラは彼を蹴飛ばしたい衝動に駆られた。
ソラが否定しようとした矢先、左腕が柔らかい何かに包まれた。何か、ではない。有栖である。有栖の胸である。有栖はソラの腕を抱いて、ソラの首筋にキスをした。ぞわっと全身の毛が逆立つ。
「ダーリン、バレちゃったね。もう隠さなくていいし……致そ❤︎」
「致そ、じゃねーから! どんな誘い文句だ! 離れろこのバカ! ちょ、首舐めんな!」
じゃれ合う2人を前に、マッチョは眉間に皺を寄せてソラを睨み、恫喝する。
「おいこらソラ! お前、童貞卒業する時は一緒だよ、って約束しただろォが!」
「してねぇよ! てかキモイな!」ソラが有栖を押し離しながら罵倒すると、有栖も「それは流石にキモすぎ」と急に素に戻った。
ソラからすれば有栖の悪ふざけも相当なものだが、有栖は自分を棚上げにドン引き顔を作っている。
ソラの目の端に、双葉の後ろ姿が映ったのはその時だ。双葉はソラ達から逃げるように走り、みるみるうちに小さくなっていき、やがて、流れる人混みに消えて行った。
理由はよく分からなかったが、面倒なことになっている予感はあった。
(あぁもう! 次から次へと……)
苛立ちが募る。
ソラは有栖を押しのけてから、「お前ら、祈里と一緒に待ってろ」と言い残し、双葉を追いかけた。
有栖はころころ寝転びながら「りょ」と応じ、事態がよく分かってないマッチョは「うんこか?」と見当違いのことを宣ってソラを見送った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます