第20話 逃走

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 ソラ遊ぼうぜ。そう言って肩を組んできたマッチョは、満面の笑みを浮かべており、肩幅ががっしりしていることもあって、どこか恐喝する不良のようだった。

 6限が終わり、開放感に伸びをしたり、大きなエナメルバッグを背負ってグラウンドに駆けだしたり、生徒たちが思い思いの放課後を過ごす中、マッチョは一直線にソラのもとにやって来た。


「……お前、部活はどうしたんだよ」ソラは少し気にかかり疑問を口にする。

「あー……今日は休みだ」マッチョは曖昧に返答した。


 マッチョが所属する男子バスケットボール部は、特段強豪という訳でもないが、体育館の前を通ればいつでもボールをつく音を響かせているような活発な部活だ。それが休みだなんて珍しい、とソラは意外に思った。


「だけど、どのみち今日はダメだ」ソラがきっぱりと告げる。

「なんでだよ。女か? 女連れでも俺は構わんぞ」


 強引なやつだ、とソラが呆れて目を細める。お前が構わなくても、相手の女が構うだろう。特に大事な秘密を共有している女であらば尚のことだった。


 ソラはふと思い立って、「ミステリアスな有栖様と会うんだよ」と正直に告げてみた。


 女子は女子でも、人を殺したことがあるか聞いてくるような女子なら、マッチョも尻ごみするだろうと踏んだのだ。だが、ソラの企みは裏目にでる。

「まじで?! ついに落としたか!」マッチョが興味を示した。「いやぁ、変人有栖様も秀才イケメンくんには形無しってわけだな」


 全く事実に反していたが、そういうことにしておいて、マッチョには引き下がってもらおう、とソラは否定せず黙った。黙って「よーいお茶」のペットボトルに口をつける。


「よし。なら、ソラをよろしく頼むって、挨拶にいくぜ」


 ぶふっ、とソラがお茶を盛大に吐き出し、ゲホゲホむせた。まだ咳をしながらソラは涙目でマッチョを睨んだ。こいつマジか、と。


「来なくていいっつの! つか来んな!」

「なんでだよ。俺とお前の仲だろ」


 ソラが今日、有栖と会う理由は当然、学校爆破計画に関することだ。有栖が試作品を作って来い、とソラに注文をつけたのだ。発破爆薬はまだ手に入っていない。だから、花火から取り出した火薬で試しに作ってみるよう有栖は指示を出してきた。

 いわく「キミが本当に爆弾をつくれるのか、ボクはそれが確かめたい。もしそれが嘘っぱちだったら、計画の全てが破綻するんだもの」とのことだ。

 全く気乗りはしなかったが、有栖の信用を得るためには避けて通れそうになかった。試しで爆破させるのであれば現物は残らないのだから、とソラは渋々了承し、今日はその小型の爆弾を作ってきていた。だから、尚更、マッチョを同席させる訳にはいかない。それはもう爆破計画について暴露するのと同義だ。


 ソラは窓の外を指さし「あ!」と声を上げた。マッチョが、なんだ、と窓の外に顔を向けるのと同時にソラはスクールバッグを持って廊下に駆けだした。


「あ、こら。待て、この」とマッチョが追いかけてくる。途轍もない速さだった。研究所で試験管やマウスを相手に過ごして来たもやしっ子のソラでは太刀打ちできるはずもない。


「はははははは! バスケ部なめんな!」


 RPGゲームのラスボスじみた鬼気迫る笑顔でマッチョがどんどん近づいて来る。あと2段階くらい変身を残していそうな余裕がマッチョにはまだあった。


 ソラが廊下を疾走する。階段の近くに差し掛かる。ソラは『ト』の字の廊下を真っすぐ突き進んで階段を横目に通り過ぎようとした。


 が、不意に階段正面の方の廊下から「先輩、こっち!」と幼いのに少しトゲを持った声が聞こえた。ソラは反射的に声の方へ90度曲がる。

一瞬見えたのは、小柄なツインテールの女子。双葉だ。双葉の横を通り過ぎる時、「サンキュ」と目配せすると、双葉は、早く行きなさい、とソラの進路を顎で指し示した。


 がたいの良いマッチョと、小柄な双葉だ。大型トラックに跳ね飛ばされる子供をイメージして、ソラは心配で走りながら振り向き、様子を覗った。


マッチョは飛び出して来た双葉を見て、間一髪踏みとどまり、衝突は避けられた。が、双葉の方からマッチョに身体を寄せて、身体が触れると双葉は大袈裟に後ろ向きに跳んで尻餅をついた。まるで当たり屋だ。まるでというか、まんまというか。


「いったぁーい! ちょっと! どこ見て走ってんのよ!」双葉が上級生にも物怖じせず、非難の言葉をマッチョに浴びせかける。

「え! 当たってないだろ?! え、ないよね?」マッチョはたじたじだった。


 ソラに聞こえたのはそこまでだ。この後、双葉がマッチョから金を取ろうが何をしようが、ソラは関与しないことにした。

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