第5話 願い

「ソラくん、キミ、爆弾つくれる?」


 きた、と思った。

 話に聞いていた有栖の突拍子もない問い掛け。


 未だ誰も正解に辿り着けていない難問を前に、ソラはばかばかしい、と感じていた。数学や物理の問題のように明確で客観的な答えが用意されているのならばいざ知らず、この問い掛けの答えは有栖のさじ加減でいかようにもなる。

 あるいは正解など用意されていないのかもしれない。ただ相手に『あなたは私にとっては取るに足らない存在です』と匂わせたくて問いだけを与えているのかもしれない。

 ソラは正解を当てようとするのはやめて、逆に有栖に訊ねた。


「爆弾を何に使うんだ?」


 有栖はじっとソラを見つめ、やや間を置いてから、「質問に質問を返すのはマナー違反だぞ」と苦笑した。

「仕方がないだろ。用途が分からなければ質問に答えようがないんだから」

「つまり、用途によってはできる、ってこと?」と有栖はさらに質問を重ねる。

「小さな物を吹き飛ばす程度ならば可能だ。問題は火薬だからな。その程度の規模ならば花火かなんかから火薬を取り出せばいい。だが、大きな物——例えば建物とか——を爆破したいのなら無理だな。強力な爆薬は購入に許可がいる」


 有栖は見定めるようにソラを見つめた。ややあってから目を細めて、さらに問う。


「火薬が手に入ったからって、それがそのまま爆弾になる訳じゃないよね。キミの言い方だとまるで火薬さえ手に入れば爆弾は作れる、と言っているように聞こえるのだけれど」有栖の目が怪しく光ったような気がした。探るような目がソラに向けられ続けている。


「構造は理解している。市販の目覚し時計なんかを使って回路を組みなおせば時限爆弾でも出来ないことはないな」


 有栖はそのアーモンド型の大きな目を少し見開き、口端を僅かに上げた。


「気に入った」と有栖が言う。それから「キミの方は何か望みはあるかい?」とソラに訊ねた。

「爆弾7個そろえたらどんな願いでも叶えてくれんのか?」ソラは冗談を口にしたが、返って来たのは「ボクに叶えられることならね」という大真面目な声だった。


「俺はこの学校に青春をしに来たんだ。テロ計画に加担するためじゃない」


 ソラが目を閉じて侮るように鼻で笑った。お前が俺に与えられるものなど何もない、と。

 まさにその瞬間だった。少し甘い花のような香りを感じた。直後、唇に柔らかい何かが当たる。それはしっとりと湿っていて、だけど温かい何か。ソラの唇を挟むように包み込む。


 反射的にソラが目を開くと、長いまつげを閉じた有栖が鼻の先に見えた。キスされている、と頭が理解するのと、有栖を押し離すのとはほぼ同時だった。


「な、キ、お前、何のまねだ!」珍しくソラが動揺していた。

 有栖は妖艶に微笑む。「青春、だよ」

「何言ってやがる。ただのキスじゃねぇか。これのどこが青春だ」

「美少女の口づけを『ただのキス』呼ばわりするとは、流石モテる男は違うね」

「やかましい。まさかお前、この強制わいせつで俺を犯罪計画に巻き込めるとでも思ってんのか」ソラが目を剥いて人差し指を有栖に突きつけた。

「強制わいせつて。まぁでも、キスがイコール青春ってのは確かに無理があるか。ならいいよ。これから時間をかけてボクが必ず蒼井くんに青春をあげる」


 有栖が柔らかく微笑んだ。男を落としにかかっている魅力的な微笑。既に有栖による青春の提供は始まっているように思えた。


「その代わりテロ活動に参加しろってか? 話にならないな」

「テロじゃないって。人に害は加えない」

「なら、お前は何を爆破しようとしてんだ」


 有栖は薄っすら笑みを浮かべたまま、コンクリートの壁を撫でるように手で触れた。


「この学校だよ」


 冗談などではない。本気だ。有栖の強い意志を帯びた瞳がそう告げていた。


 この時、ふとソラはアリスが意味深な質問を生徒たちにして回っていた理由を察した。

 アリスは探していたのだ。爆弾を作れる者を。だが、爆弾を作れるか、と聞いて回ればたちまち有栖は危険人物として教師たちに認識されてしまう。だから、不特定の生徒たちに意味深な質問をして回り、その陰で爆弾を作れる生徒を探した。


「学校に恨みでもあるのか?」ソラが訊ねる。

 有栖はそれには答えなかった。代わりに「この学校は腐っている」と静かに、しかし、はっきりと告げた。

「生徒間ではスクールカーストなんてバカみたいな序列ができて、いじめが横行し、カースト下位の生徒は学食に行くことすら許されない。教師は教師で、権力を振りかざし、偉そうなことを言いながらも、面倒ごとは見て見ぬふり。それがこの学校の常識なんだよ。踏襲されている悪習とも言える」


 ソラは先ほど窓の外で見た光景を思い出した。

 明らかないじめを何事もなかったかのようにスルーした教師。あれはあの教師が特別クズなわけではなく、この学校の教師は皆あのレベルのクズ、ということか。だとしたら、救いようもない。


「だから、お前はこの学校を爆破するのか。なるほど。教育機関が爆破されたら、当然世間の注目は集まるだろうな。皆、爆破の原因を探る訳だ」

「そう。そして学校の杜撰ずさんな教育環境が明らかになる、ってわけ」

「そんなに上手くいくか?」


 ソラは片眉を上げて訝しむ。爆弾は作れるが火薬はありません。いつ実行するかは未定です。ばれないように爆弾を設置する方法も分かりません。成功しても思い通りに学校が矯正されるかは運次第です。この計画はソラには穴だらけのように思えた。


 だが、有栖はソラの指摘を意にも介さず、笑う。「これでもボク生徒会長だよ? 生徒会長に不可能はないの知らないの?」ふざけたことを言っているのに何故か顔は真顔だった。

「そうかい。なら、その調子で爆弾作りも是非一人で頑張ってくれ」ソラは踵を返して出口に向かった。

「すぐに答えを出さなくてもいいから。よく考えておいて。前向きに」

 ドアを閉める直前、「キスがしたくなったらまたおいで」とくすぐるような甘い声が聞こえ、ソラは強めにドアを閉めた。





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【あとがき】

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