第4話 生徒会長
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わりぃな、俺これから部活。
6限目が終わり、校内を案内してもらおうとマッチョの席に向かったら、そんな言葉であっさりと見捨てられた。
「部活と俺どっちが大切かといえば、俺だろ」
「勝手に断定するな。せめて聞けよ」マッチョが椅子を引いて立ち上がる。「お前も大事だが、部活には勝てん。じゃな」
マッチョはあっさりとソラを置いて去っていく。食堂で席を探す時もそうだったが、マッチョの人付き合いはあまりベタベタしていなくて、逆に好感が持てた。
近くでマッチョとソラの会話を聞いていた——そば耳をたてていた——女子の1人がソラに近寄って来る。次の言葉は何となく予想がついた。
「蒼井くん、それなら私が校内を案内してあげようか?」
やっぱりか、と内心で辟易する。もちろん表には出さない。校内を案内してくれるのはありがたいが、昼休みのマシンガントーク女子を目の当たりにしたばかりということもあり、あまり積極的にお願いしたい相手ではない。
ソラが返答に困っていると、丁度そのタイミングで、校内放送が流れた。
『3年D組、蒼井ソラくん。至急、生徒会室まで来てください。繰り返します——』
スピーカー越しでも分かる凛とした清らかな女子の声で、ソラの名前が呼ばれた。声からして教師ではない。おそらく生徒会の誰かがソラに用がある、ということだろう。
「転入早々、何したの、蒼井くん」と声をかけてきた女子が笑う。
「身に覚えがないな。でも、呼ばれたからには行かないと。悪い」ソラはこれ幸い、と女子の誘いを断って、スクールバッグに手をかけ、教室を後にした。
廊下に出てから、生徒会室の場所を知らないことに気が付いた。だが、今更教室に戻って誘いを断った女子に顔を合わすのは気が引ける。仕方がないので、とりあえず廊下に沿って真っすぐ歩くことにした。
外の景色を眺めながら、窓際をのんびり歩く。ふと窓の外の男子生徒の集団に目が留まった。人気のない校舎裏の方へ4、5人の男子生徒が歩いていく。その内1人を除いて全員が高慢ちきな表情でのしのしと肩で風を切って歩いている。
中央の1人は明らかに挙動不審であり、すがる
いじめ、という言葉が頭に浮かぶ。
おそらくカツアゲの類だろう。ソラが助けてやる義理はなく、さらには階下での出来事なので物理的に無理なのだが、何となくソラは歩きながら彼らを目で追っていた。
すると驚くべきことが起こった。彼らの対面から、一人の男性教師が歩いてきたのだ。中年くらいだろうか。昨日今日、教職業界に入ったのではないことは明らかなベテラン教諭だと思われた。
これは、いじめっ子万事休す、とソラは他人事ながら興味深くこれから訪れる修羅場を待ち構える。
だが、ソラが期待した修羅場——いじめっ子がその報いを受ける瞬間——は訪れなかった。
教師は、男子生徒たちに笑顔で何かを告げるのみで、そのまま素通りしていった。おそらく「お前ら仲良いな」だとか「おふざけで怪我すんなよ」だとか、そんな
あの状況を見て、本当に『仲が良い』などと思う教師はいないだろう。就任1年目の新人だって気が付く。当然、あのベテラン教師が気付かないはずがない。気付いた上で、敢えて気付かないフリをしているのだ。
「腐ってんな」
ソラはそう呟いてから興味を無くし、どこかも分からない生徒会室へ向けた足を少しだけ速めた。
ようやく見つけた生徒会室の周辺は人通りが少なかった。この時間はいつもそうなのか、たまたまなのかは今日初めて登校したソラには知りようもない。
ソラがドアの前に立つ。ノックしようと腕を上げると、ドアを叩く前に「どうぞ」と声が飛んできた。ドアの上半分には透明の窓がついているので、誰かがドアの前に立てば 目立つのだろうが、ノックもさせないとは呼び出し主は相当せっかちな
ソラがゆっくりとドアを開け、中に入ると、はっと目を見張った。
声の主は有栖だった。彼女はミルクティーのような柔らかい色の髪を、細く白い指でなぞるように耳にかけてほほ笑んだ。
「やぁ。待ってたよ」
ソラは左右に首をめぐらして室内を見回す。文字が書かれたホワイトボード。長机には書類やファイルの山。入口のすぐ近くに会長、副会長などの役職の書かれた札と苗字が書かれた札が併せて掛かり、壁の高い位置には5つ程額に入った達筆な書作品が飾られている。有栖以外に人はいないようだった。
「木下有栖、といったか。まさか生徒会長だったとはな」
「ボクのこと知ってるの?」と有栖が両方の眉を上げた。
「あんた、有名人だろ? 今日知り合った奴ら皆あんたの話してたぜ」
「どうせ碌な話じゃないでしょ」と有栖が目を細める。そのしぐさすらも何故だか自然と目が惹きつけられた。
「生徒会長だってことも、そのお友達から聞いたのかな」
「いや。それは今知った」ソラが正直に応えると、有栖は「ふぅん。どうしてボクが生徒会長だって分かったの?」と上目遣いでソラを見た。
面倒だなと思う反面で、何故だか有栖に自分のことを認めさせたいという欲が湧き始めていた。ソラはおもむろにホワイトボードを指さした。
「ホワイトボードに書かれている文字。丸っこい女子の字だ。たいていホワイトボードに文字を書くのはその場を仕切る者か、あるいは書記などの記録専門の役職者だ」それからソラは入口近くの役職札に視線を移す。「この生徒会に書記はいない」
「なるほど」有栖がいう。「でも、それはまとめ役が女子だっていう事実でしかないよね」
「まぁな。だが、それだけ分かればもう答えも同然だ」
そう言ってソラが壁に掛けてある書作品を顎でしゃくって示した。『有言実行』『切磋琢磨』『創意工夫』等々、どれも達筆で書かれており、一見してどれが女子の字なのかは判断しようもない。
だが、その作品群にはしっかりと名前が記されていた。木下 有栖。彼女の名前以外にそこに女子の名前は一つもない。
「まとめ役は女子で、女子はこの生徒会に1人。それはあんただ」
ソラの推理に有栖は満足げに頷いて「正解だよ」とほほ笑んだ。
「生徒会長が俺に何の用だ」ソラは若干の苛立ちを隠しもせず言葉に乗せる。
この時ソラは、生徒会役員に入らないか、という誘いだと確信していた。ソラがハーバード大学卒であることを教師から聞いて、便利そうだから仲間に引き入れようという魂胆なのだと。だが、思いもよらない有栖の言葉にソラは、はっと目を見開く。
「蒼井ソラ君。キミ、爆弾つくれる?」
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