実戦に準備があるとは限りません 1


 『実験艦』改め『スピアイエル』と名前を変えた万能航宙戦艦の操舵室で私はぐったりと艦長席にもたれかかっていました。


「何にも起きません……暇すぎます」

「当たり前だ。そうそう何か起こってたまるものか」


 アイちゃんはそういいますが、せっかくの冒険なのですから、何かしらのイベントがないと拍子抜けです。もしくは、何処かの惑星を探索するとか。

 これまでにやったことといえば、点在するデブリやら資源が眠っていそうな小惑星をただただ取り込むだけ。単調な作業だけでした。


 やっているのは私じゃなくて作業ポッドに乗ったスピちゃんたちなのですけどね。

 私がぐったりしているのは、暇だからだけではありません。

 食事の問題もありました。


「合成レーションなんて全く美味しくありませんし……」

「それはそうだろう。栄養価と携帯性に優れているだけなのが、合成レーションだからな。コレでもマシになったそうだが」


「これでですか!? ほぼほぼなんの味もしないコレが!?」

「不愉快な味になるくらいならば、味などない方がいいという判断らしい」

「ええ…………」


 一見正しいこと言っていそうですが、むしろ馬鹿の極みな気がしますけどね。人工的なものでいいので、なんか味を付けたほうが美味しいと思います。

 すでに、三日で嫌気が差してきましたよ。


「安心しろ、それは元々艦に積んであった非常用の食料だ。今日からはもう少しいいものが出るはずだ。合成食料プラントが本格起動したからな」

「期待せずに待っておきます」


 合成食料とついている時点で嫌な予感がしますが、アイちゃんが嘘をついたことはありませんので、ほんのちょっぴりだけ楽しみにしておきます。


「せめて、何かを受信できればこの宇宙を彷徨うだけの状況も少しはどうにかなりそうなのだがな」

「そうですねぇ。ここが何処なのか未だにわかっていませんからね」


 なんて、話しているとスピちゃんたちが操舵室へとやってきました。なにか報告をしにきたみたいですね。

 いいニュースだといいのですが。


「わーぷどらいぶのしゅうりすすみました」

「これにて、たんきょりわーぷならじっこうできます」

「おお! それは朗報ですね!」


 スピちゃんたちの報告に喜色を浮かべている私と比べて、アイちゃんはどこか難しそうな顔をしていました。


「どうしたんですか? そんな顔をするような報告じゃなかったと思いますが?」

「いや、すまない。それ単独ならば、悪い報告ではない。ただ、短距離ワープも今の状態では一回行うとしばらくは休ませたほうがいい不完全なものだ。それに短距離で跳べる範囲に目安となるものもないからな、現状だと無駄とは言わんがあまり意味がないというか……」


「もう、アイちゃんは頭が固いんですから。とりあえず喜んでおけばいいのに」


 歯切れが悪くなるアイちゃんに対して、めっ! と指を突き出します。

 せっかくスピちゃんたちが報告に来てくれたのですから、ここは素直に喜んでおけばいいと思います。


「お前がそんな風に能天気だから、俺が頭を悩ませているのだがな。報告はそれだけか? それだけなら通信でもいいと思うが?」


 私の愚痴をこぼしつつもいまだ出ていかないスピちゃんたちにアイちゃんが疑問を投げかけます。


 そうですね。私も喜んでいましたが、スピちゃんも通信はできますよね。

 再び目線をスピちゃんたちへと向けます。

 スピちゃん達は一つ頷くと、


「ていさつきよりほうこくです」

「びじゃくなまどうは、けんち。だそうです」


 中々、衝撃的な報告をしました。

 ちなみに、偵察機とはスピちゃんたちが一人一人乗り込んでいる、汎用型宇宙戦闘機のことです。

 戦闘と頭についていますが、偵察から戦闘までこなす万能機体になります。

 さすがに物資を運ぶのには適さないので別の機体がありますが、UNM宇宙帝国でも正式採用されている最新鋭機がこの艦にも搭載されていました。


 『スピアイエル』のレーダーは高機能なので偵察機は必要ないと思っていたのですが、レーダーだけに頼らない確認が重要だと強く言われ。こうして、何機か飛ばしているというわけです。スピちゃんはたくさんいるので、ずっと飛ばし続けられるのが便利ですね。


 しかも、今は元々艦に搭載していたものしかありませんが、将来的に資材があれば宇宙戦闘機も増やせるそうです。

 うーん、便利です。ホント何でもありですねこの艦。

 で、話を戻しますと先行させていた偵察機が魔導波を検知したということはそれを利用している何かがあるということ。


 UNM宇宙帝国軍の施設、もしくはスペースコロニーとかですね。宇宙ステーションや惑星という可能性もあります。

 軍の施設はちょーっとまずい気がしますが、どちらにしても自分たちの場所がどこか知る大チャンスと言っていいでしょう。


「偵察機が検知したということは、こちらでもそろそろ捉えられそうだな」


 アイちゃんのその言葉と連動するかのようにモニターにも魔導波を確認したことが表示されました。

 モニターに映る波形はかすかですが、確かに検知していました・


「まだまだ微弱ですね」

「だが、確実に捉えた。この魔導波に向けて進んでみるぞ。偵察部隊には帰還命令を出しておく」


「そうしましょう」


 アイちゃんに同意して、魔導波の反応を追って『スピアイエル』を進めていきます。

 すると、魔導波の他に通信にも反応がありました。


 こちらは魔導波以上に弱いのか音が小さくて、分かりにくいですね。操舵室に音声を流してみますがよくわかりません。

 でも、人の声じゃなくて……なにか一定のリズムで音が再生されているような気もします。ノイズが酷くてよく聞こえませんが。

 しかし、私にはわからなくてもアイちゃんにはわかったみたいです。


「これは、ヘルプコールか?」

「ヘルプコール……救難信号じゃないんですか?」

「その一種だ。昔は音声込みの救難信号よりも広範囲に知らせられるため、幅広く使われたようだが最近はあまり使用されていない、とデータベースには記載してあったが」


「つまり、誰かが助けを求めているってことですか?」

「簡単に言えばそうなる」

「じゃあ、助けに行きましょう」


 私がさらりと言うとアイちゃんはこちらを怪訝な表情で見つめてきました。


「リスクが大きすぎる気がするが?」

「このまま、このあたりを進み続けたって、そんなに変わらないのでは? 次に魔導波や通信を拾えるのはいつになるかもわからないことですし」

「お前は唐突におきたイベントにワクワクしているだけじゃないのか? 無用なリスクは取るべきじゃないと言っているんだ」


 アイちゃんに本質的なものを付かれました。確かに、私は冒険的なイベントを求めていました。ワクワクしていることも認めましょう。

 ですが、それだけと思われるのは心外です。

 私は佇まいを正すとアイちゃんの目を真っ直ぐに見つめました。


「私、これでも姫なんです」

「……知っているが?」

「そうじゃなくてですね、助けを求める声を無視できるほど冷たくないんですよ」


「はあ、姫の責務を投げ出して『スピアイエル』に乗っているくせに……とは言えるが、仕方ない。お前がそういうならそれを補助するのが俺の仕事だ。その方向で考えよう」


 全部、言われてますけどね。アイちゃんはやっぱり優しいですね。

 あと、それはそれ。これはこれです。


「だが、あらかじめ言っておく。これはお遊びではない。それは理解しているな?」

「はい!」

「魔導機関の出力も安定している。戦闘も十分にこなせるだろう。くわえて、万が一の事があればもう一度ワープすることも出来る。それは覚えておけよ」

「はい! って、あれ? 出来るんですか?」


 さっき不安定で連続ワープは無理とか言っていませんでしたっけ?

 そう聞くとアイちゃんはふっ、と笑いながら答えてくれました。


「またぶっ壊れるだけだ。そのときは直せばいい」

「資材がないんですよね?」

「ここ最近の行動で少しは集まったさ。それに、最悪は合成食料プラントの再開を辞めて、資材をまわせばいいだけだ」

「それはちょっと嫌ですけど……なったらなったで我慢します」


 ようやく、どうにかなりそうなときに、最悪の合成レーション生活が続くのはものすごく――ものすごーく嫌ですが、命には代えられませんからね。


「ぜんいんもどったです」


 アイちゃんとの話が終わったところで、スピちゃんたちから追加の報告が入ります。

 偵察部隊が帰ってきたようですね。これでいけるのでしょうか?


「偵察部隊の収容、及び宇宙戦闘機の固定を確認。魔導波及び通信からおおよその座標を特定――入力完了。行けるぞ」


 アイちゃんの声を聞いて、私は大きく頷くとパネルに表示されたワープスイッチをタッチします。


「では、行きますよ! 『スピアイエル』ワープ開始!!」


 タッチしたのと同時に光の帯が操舵室を始め、艦全体を包んでいきます。

 ドックから暴走したときと異なり、強力な感じではなくゆっくりと広がっていく感じですね。

 全てが包まれた後、少し立つと私達の目の前には見知らぬ惑星が存在していたのでした。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る