一人しかいないと思っているときって変なことしちゃったりしませんか? 1


「う、ううん……一体何が起きたんですか? あたっ!?」


 よくわからないまま目を覚まし、起き上がろうとしたところ何かに身体をぶつけてしまったみたいです。

 って、ぶつかったのは艦長席ですか――状況から察すると操舵室の床に倒れていたみたいですね。

 でも、なんで倒れていたんでしたっけ?

 確か、魔導機関をフルドライブにしたところで謎の光に飲み込まれたような気がするのですが。


 まだ操舵室にいるままということは捕まったわけではないようですね……。

 ここで完全に起き上がってあたりを見渡すと、操舵室から見えるのはドックではなく真っ暗な空間ときらめく星々――宇宙の光景でした。


「うわぁー、宇宙です! 生の宇宙ですよ!!」


 幼い頃を除いて生の宇宙を見たことがない私のテンションは最高潮です。映像とは違い、人を拒絶しているかのような暗黒は怖さも感じさせますが、それ以上に広大さの方を強く感じさせます。

 具体的に言うと、ワクワクがとまりません。


「……い!」


 『実験艦』の入手、初宇宙の冒険、私のやりたかったことはここから始まるのです。


「うへへへへへへへへへ! きゃっほーい!!」


 見る人がいれば奇声とでも言うべき声を上げて、操舵室を踊るようにクルクルと回ります。

 ああ、これから何をしましょうか。


「……と…………声…………」


 まずはいろんなところに行きたいですね。その後は……


「おい! と言っているだろう!!」

「きゃあああああああああ!? 痛っ!?」


 唐突に操舵室に響く男性の声に悲鳴を上げてしまいました。

 おまけに驚きすぎて尻もちもついてしまいました。

 打ち付けたおしりが痛いです。

 というか、この声はどこから聞こえてきたのでしょうか……この艦には私しか乗っていないはずです。


「まさか、幽霊!?」

「アホか、こっちだこっち」


 声のする方を向いてみると、艦長席の横に一人の男性が出現していました。

 短いながらも艷やかな黒髪と宝石のような煌めきを持つ紅い目にスラッとした長い手足を持つ執事服のようなものを着たイケメンがそこにはいました。

 なんか全体的に半透明ですし、おでこにAとIの文字がでっかく書かれてありますが、イケメンには違いありませんでした。


「えっと、どちら様でしょうか? イケメン不審者さん」

「俺はこの艦に搭載されたAIで――誰がイケメン不審者だと!?」

「エーアイさんでしたか。それでどのようなご要件で?」


 喜び謎ダンスを見られたことをごまかすようにさっさと本題に入らせます。AIというのなら合理的なほうが話も通じやすいでしょう。


「そのまま、続けるのだな……まあいい、艦に他の人間はいないが一応確認しておく、お前がこの艦を起動させたエルルリィ・フォン・ウェアーデン第十王女であっているな?」

「ええ、はい。私のことですね」

「やはりか。では、現在の状況は理解しているか?」

「こうしてエーアイさんと話しています」

「そうではない!! お前、本気で言っていないだろうな!?」

「冗談ですよ、冗談」


 青筋を立てて怒っているエーアイさんににこやかに返します。


「なぜか、宇宙にいますね」


 思い返せる記憶の限りではドック内、もしくはドックから出たあたりにいないといけません。

 まあ、気を失っていた時点で捕まっていないとおかしいので操舵室にいる事自体がありえないのですけど。


「……その通りだ。我々は今何処ともしれない宙域にいる。原因はわかっているだろうが、お前が魔導機関をフルドライブさせたことだ。不安定な状況で出力を上げたせいで、艦全体に異常が発生。ワープドライブ作動しランダムに飛ばされてしまったというわけだ」

「はあ、なるほど」


 エーアイさんの説明で大まかには理解できました。『実験艦』というだけあって、まだまだ色んなところが不安定だったということでしょう。

 ただ一つ気になるのは、ドック内の単艦ワープなんて『実験艦』といえど出来るのでしょうかね?

 曖昧ながらも頷くとエーアイさんは私から目を離して、誰かと話し始めました。


「状況はあらかた説明した――そちらはどうなっている……うん。そうか、なら予定通り頼む」

「エーアイさん、エーアイさん」

「なんだ?」


 私が呼びかけると誰かと通信していたエーアイさんは通話が終わったのか話すのをやめて、こちらに向き直りました。


「エーアイさんって名前とかあるんですか? あとその話し方は私に対して思うことがあるからですか?」

「名前などない。お前に思うところがないと言うと嘘になるが関係はない。俺は元からこういう話し方だ。不服か?」


「いえ、別に嫌ではありませんよ。新鮮ではありますけどね。でも、名前はないのですか……私がつけてもいいですか?」

「ん? 構わないが……変なことを気にするやつだな」


「だって、これから一緒に行動するんですよね? ずっとエーアイさんと呼ぶのもおかしいじゃないですか」

「好きにしろ」

「はい! 好きにします!」


 許可もでたのでエーアイさんの名前を決めたいと思います。

 ずっとエーアイさんと呼ぶのも味気ないですしね。

 でも、なんか格好いい名前をつけるのも見た目のまんま過ぎて面白くありません。

 ペットみたいな名前をつけても、むしろ、私が呼ぶ方がいやですし……と、ここまで考えたところでいいことを思いつきました。


「じゃあ、アイちゃんにしましょう」


 ぱちんと手を鳴らします。

 おでこにでっかくAIと書いてあるのですからこれに決まりです。わかりやすくていいですし、しっくりきます。我ながら褒め称えたい気分です。


「おい、待て! そんな安直な名前を俺に『個体識別名 アイちゃん 登録完了』……遅かったか」

「好きにしろって言ったじゃないですか。アナタはアイちゃんに決まりです。これからよろしくお願いしますね」


「こんなのが艦長とはな……いや、仮艦長で十分か」

「仮じゃないです。私が艦長ですよ、アイちゃん!」

「強奪して、艦を動かすやつを艦長というわけがないだろう!?」


「帝国の持ち物なんですから、私が使ったって問題ないはずです!!」

「お前のその考えのせいで――」


「しつれいつかまつります?」


 そんな舌っ足らずな声が聞こえてくるまで、私とアイちゃんは言い合いをしていたのでした。



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