Q 出航するにはまず何が必要ですか? A 艦です! 2


 長い長い通路を抜けて、ようやくドックへとたどり着きました。まだ中には入っていませんがね。

 遠くからドックの様子をうかがいます。

 ドックの中は当然ですが艦でいっぱいです。巨大な航宙艦が整然と並べられているのは壮観ですね。


 それと同時に人も多いですが、ドック自体が巨大なので、目立つ行為をしなければ注目を浴びることもないでしょう。

 ドック内に魔力式センサーは無いようですし、警備兵やメンテナンススタッフを除けばあるのは監視カメラとかでしょうかね。

 監視カメラをどうにかすれば、少しは楽になるかもしれませんが、リアルタイムの監視も混ざっていることでしょう。

 それに、そこら辺にいる警備兵に見つかればどのみちおしまいです。


 目視を誤魔化すには、やはり魔法が一番でしょう。

 ええ、変身魔法です。全身にテクスチャを貼り付ける感じとでもいうのでしょうか。

 これにより、私のドレス姿が全く別の姿に映るというわけです。

 本当なら警備兵の服とか盗んで変装したほうがよかったのでしょうが、手に入れる上手い言い訳がなかったのですよね。そもそも近づくのも一苦労ですし。

 近衛兵ならいけそうだったのですが、ドックに近衛兵が単独でいる訳ありません。身分が上過ぎるというのも考えものですね。


 ただこの魔法欠点があります。短時間しか変身でないうえ、激しい動きをすると映している映像がぶれてしまうので違和感を抱かせてしまいます。

 なので、全てを短時間で終わらせるためにも、変身魔法を発動する前にあらかじめ目星をつけておきたいところですね。


 さてさて、どの艦にしましょうか。

 これから私の艦となるのですから、大切に選びたいところです。

 そう、私はこのドックに艦船をかっぱら……貰いに来たのです。お父様もお母様も星々を巡る大冒険に行きたいと言っても、ちっとも許可してくれないんですから。

 なにが、『もっと見識を深めよ』ですか。

 なら、こっちから見識を広げに行きますよ。いろんなところを旅して、ビックになって帰ってきます。

 まあ、成功すればの話ですけどね。


 流石に、一回失敗すれば監視の目も今以上になることでしょうし、次があるとも限りません。

 そもそも、今回の誤魔化しもそろそろバレているかもしれませんしね。メイドや近衛兵あたりはすでに騒いでいるかもしれませんが、このドックに連絡は来ていないようですね。

 姫がドックに侵入しているなどと考えるのは難しいでしょう。


 それにしても、艦が多い。

 選び放題とも言えますが、これだけあると目移りしてしまいそうですね。

 人目を避けながら艦に侵入するリスクを考えると、一番近い艦にするというのもありなのですが……その後を考えるとあまりよろしくないでしょう。


 その理由は、艦種ですね。手近にあるのは小さめの艦が多いです。

 出航するなら戦艦クラスでないと難しいと思われます。駆逐艦や巡洋艦ではバレた後、捕まる可能性が高いです。

 いくらなんでも艦船を起動させれば皆が気づきますからね。

 もっとも戦艦は大きい分、出航させる手間も掛かりそうですが、一人で艦を起動させ、操舵するのはどれを選んでも変わりません。

 なら、やれるだけやってみるべきですね。

 やはり、狙いは戦艦で――と決めたところで、私の目は一つの艦へと吸い込まれていきました。


「…………ずいぶん変わった形の船ですね」


 私が注目した艦と、UNM宇宙帝国の一般的な艦船を脳内で比較するも類似するものはありませんでした。

 加えて、大きさは通常の戦艦よりも二回りは大きく、ドック内でも目を引きます。

 それでいて、大きさの割に可愛らしいというか、間抜けっぽいというか。

 一言で言うなら細長い卵のような見た目をしていました。昔、あったという飛行船に似ている気もしますね。

 あまりにも特異。あまりにも異質。

 あれが、さっき彼らの噂していた『実験艦』とやらでしょうか。

 稼働試験とも言っていたので、新型の試作艦ということですかね。


 それにしては、見た目や大きさがここまで違うのは少しおかしい気もしますが、新機軸の技術でも使われているのかもしれません。

 でも、通常の戦艦より大きいのはいいですね。

 航宙艦において大きさは力です。大きいということは搭載している魔導機関もそれに比例するように高出力ということですからね。

 もっとも、大きい=狙われやすいということにもなるので、デメリットもありますが。


 それと、普通の戦艦に比べて丸っこくて妙に可愛いのも気に入りました。可愛いは全てに勝ります。無骨な艦よりもいいですね。

 考えれば考えるほどあの『実験艦』が魅力的に見えてきました。

 ちょっと、狙ってみましょうか。


 ガサゴソと持ってきた魔導スキャナー付きに小型双眼鏡を取り出し、そのまま『実験艦』をゆっくりと眺めていきます。先端から最後部までじっくりと……。

 ふむふむ、艦内に熱感知なし――ということは、内部に誰もいない。おまけに周辺の警備もそこまで多くない、と。

 好都合にもほどがあります。


 むふふ、これはあの艦を私のものにしろと言われているも同然じゃないですか。

 そう心に決めた私は変身魔法を使用して、ゆったりとした足取りでドック内へと入り込みます。

 さあ、ここが勝負どころです。


 怪しまれないように、平常心、平常心。至って普通の警備兵のフリをするのです。

 そう、私は模範的な警備兵。問題なんて何にも起きていません。異常なんてどこにもないのです。

 『実験艦』へと接近するためドック内を進んでいくも、特に変わった様子はありません。遠目から怪しまれている気配もありませんね。


 となれば、気をつけなくてはならないのは、他の人間と接近したときでしょう。

 すでに、警備兵やメンテナンススタッフとすれ違ってはいますが、ドック内は通路も広いので肩がぶつかるような距離までは接近されてはいないのです。

 ですが、『実験艦』のドッキングハッチへ向かおうとするとそうも言っていられません。

 『実験艦』の眼の前にはいませんが、その前の各艦へ繋がるハブのようなタラップには

 数名の警備兵が存在しています。

 ここが一番の難所ですね。


 しかし、動揺を出すわけには行きません。

 軽く会釈して、『実験艦』へと向かいます。

 あちらも会釈を返してきただけなので、こちらを認識してはいるようですが疑ってはいないようです。

 よし、完全に誤魔化しきれた――と、思ったときでした。

 私の背後から、声が投げかけられます。


「ちょっと待て、お前……そっちは『実験艦』しかないぞ。一人で何しに行く気だ?」


 流石に警備兵が一人で『実験艦』に近づくのは不自然でしたか……少々、警戒されているようです。

 黙るのは悪手ですね。直ぐに返事をしないとやましい事があると自白しているようなものでしょう。

 んんっ、軽く喉を調整して声音は変えておきます。変身魔法は見た目だけなので、困ったことに声は無理なんですよね。


「いえ、少々確認してこいと言われまして」

「ほう、その命令コードは?」

「はっ! IMPO――……です」


 命令コードとは、UNM宇宙帝国における上官からの指示を証明するコードのことです。

 このコードがあるものが公式の命令――指示書となるわけです。

 私も近衛兵になにかをお願いするときは命令コードとして、残さなければなりません。

 怪しまれたときに備えて、ドックに入る前に自分で命令コードを発行していたのですが、この様子ですと正解だったようですね。


「へえ……確かに出てるな。よし、行っていいぞ――なんて、言うと思ったか。そこで止まれ。なんで同じ警備兵が単独でIMPOのコードの命令を受けてんだ? おい? 詳しく聞かせてくれよ」


 この中で小隊長なのか、端末の確認をしていた警備兵が鋭い声で問いかけてきます。


「っち!」


 その反応に思わず舌打ちが漏れ出てしまいました。

 まさか、警備兵がIMPOコードの意味を知っているのは予想外でした。

 命令コードのことを口に出せば、装備している端末で確認して終了だと思っていたのですがね。

 私が発行した命令コードの頭――IMPOは皇族専用のものです。

 『実験艦』はドックに来てから存在を知ったので、別の命令コードを発行することはできなかったんですよね。事前に準備していた命令コードは別の艦用ですし。

 やっぱり、こんなことなら普通の戦艦を狙っておけばよかったですかね。

 なんてことも思いましたが、私の考えも間違っていたわけではないようです。


 どうもこの小隊長が優秀だけだったみたいですね。他の警備兵は驚いたような顔をしています。

 いやあ、職務熱心で優秀な小隊長さんです。あとで名前を確認しておきたいですね。絶許リストに刻んでおきますから……。

 元より、最初から最後まで完璧に計算していたわけではありませんが、こんな……最後の最後の引っかかるのは予想外です。

 ここまで来たら取れる手段は直接的なものにならざるを得ません――が、小隊長さんの一言でほかの警備兵の顔つきも変わりました。

 さすが、我がUNM宇宙帝国の誇る兵士たちです――畜生め。


 完全な不意打ちなら全員を気絶させることも可能だったかもしれませんが、警戒しているこの人数を相手に成功させる自信はあまりありません。

 さて、どうしましょうか。


「おい、聞こえてんだろ。変な動きをせずにゆっくりと振り向け」


 悩んでいると小隊長さんから指示が飛んできます。

 私の正体を知らないとはいえ、命令がとんでくるなんてお父様やお母様ぐらいにしか言われたことがありません。なんだか新鮮……!?

 と、ここまで考えたところでいいことを思いつきました。相手は私の正体を知らないのです。正体を隠して『実験艦』に向かうことばかり考えていましたが、『実験艦』は目の前です。


 ならば、隠す必要はありません。むしろ、見せつければいいのです。

 それが――隙になるのですから。

 変身魔法を解除して高らかに声を張り上げます。


「私はエルルリィ・フォン・ウェアーデン第十王女です! 私はこの先に用があるのです!! 邪魔をしないでください!!」


 変身していたさえない警備兵の姿から――帝都に咲く桜のごとく気品ある髪をたなびかせ、晴れ渡る空のように澄んだ青い目を持つ、ドレス姿の可愛らしくも気高い王女の姿へと戻ります。


 私にとってはいつもの姿ですが、警備兵たちにとってはまさかの出来事だったはずです。

 その証拠に、


「「「「あ……はい……」」」」


 小隊長を含む警備兵全員から、ぽかんと放心した表情で生返事が返ってきました。


「わかりましたね!」


 宣言した勢いそのままに、ドレスを翻し全力疾走で『実験艦』に向けて駆けていきます。

 魔力強化によるダッシュも併用した正真正銘の全力疾走です。

 警備兵達の脳が混乱しているうちに距離を稼ぎます。ここからは時間の勝負ですからね。


「「「「はい!?」」」」


 私が『実験艦』まで目と鼻の先という距離まで進んだところで、警備兵たちが再起動を果たした模様です。


「ちょ!? え!? 姫様!?」

「ほ、本物なのか!?」

「んなこと言ってる場合じゃねえ!? 偽物でも本物でも、『実験艦』に近づかせるのはやばいぞ!」


 そう言って、後ろの方でガチャリと音がしました。警備兵の一人が魔導銃を構えているようですが――撃ってもいいんですか? 私、ちゃんと名乗りましたよね?


「バカ!? 本物なら当てでもしたら終わりだぞ!?」

「なら、どうしろって――」

「ショック弾頭に切り替えんだよ!? あと、前の二人は追いかけろ!! 今ならまだ追いつけんだろ!!」


「「りょ、了解!?」」


 小隊長が指示を出し、数人は魔導銃の銃身の横のモードを切り替えていますし、私に近かった二人は魔力強化によるダッシュで追いかけてきています。

 さすがは警備兵ですね。私よりも速いです。あの速度で来られればすぐに捕まってしまうでしょう。


 ――でも、ちょっとばかり初動が遅かったみたいですね。

 私はもう『実験艦』のハッチへとたどり着いていました。

 『実験艦』といっても、ハッチの仕組みは帝国の他の航宙艦と変わりないようですね。ここが違っていれば致命傷になるところでした。

 皇族専用のIDカードをかざして、ロックを解除するとそのまま中へと入り――


「では、皆さんごきげんよう!!」


 ハッチを上級権限でロックします。これで彼らは入ってこられませんね。


「くそっ!? 取り逃がした!」

「おいおいおい!? この『実験艦』に入れるってことは、あれはやっぱ本物の姫様ってことか!?」

「だめだ、俺達のカードキーじゃこの『実験艦』のハッチにアクセスできない!!」


「なら、壊してでも……」

「上の命令もなしで壊していいのか!?」

「そ、そもそも手持ちの武器でハッチを壊せんのかよ!?」

「くそっ! とにかく姫様に呼びかけて開けてもらえるか試せ! 俺は上に連絡をとる! 緊急連絡、こちらドック内警備――……」



「ふふふ、予定とは少し違いましたが、大成功ですね」


 ハッチの外では警備兵たちが騒いでいるようですが、問題ありません。彼らにできることはないでしょう。

 とはいえ、あまりゆっくりもしていられません。上級権限でロックしただけですから近衛兵や将官が来てしまえば開けられてしまうでしょう。

 私の権限はあくまで王女のものですからね。お父様やお姉様たちに比べると緊急時はともかく通常時の権限はそこまで高くないのです。


操舵室ブリッジはどこですかね」


 初見の艦の内部ともなるとどこに何があるのか全くわかりません。

 魔導機関が落ちているせいか、転送装置も起動していないようですし……これは時間との勝負になりそうですね。

 まだまだ気は抜けないようです。

 私は広い『実験艦』の内部を眺めながら、焦りつつも笑っているのでした。

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