僕は一睡もできず、カーゴシップの運転席からサバンナと空を眺めていた。それ以外に手伝えることが思いつかなかった。

 眠れなかったのは周囲のほとんどがそうで、ドラゴンが去った頃から「早くこの場を離れたい」という声があちこちから上がっていた。いつもならキアンに近づかない人まで「キアン、お願いだから船を動かしてくれ」と懇願する場面があった。

 だから、日が昇って、油まみれの父さんが再び会合を開き、

「今回の作業はこれで終了し、帰宅の準備をしようと思う」

 と言った時は、貨物室全体から割れんばかりの拍手が起こった。

「ドラゴンに襲われ最悪の状態になった場合は中止してもよいとある。今は確実にそれにあてはまる状況だ」

 キアンは腕組みをして黙っているが、顔面うっ血状態の形相だった。いつもなら全員遠巻きになるほどの迫力だが、皆キアンが運転席へ動くのを期待をこめて見守っていた。

「しかし」父さんの言葉はまだ続いた。「移動には、もう少し時間がほしい」

 周囲が固まった。父さんの言葉を継いだのはアーロンさんだった。

「動いている船を護衛するのは難しいんだ。ドラゴンも今はレーダーの範囲から外れたところにいるが、そんなに離れてはいない。正確な動きを知るために隊員二人を出している。ドラゴンの様子を探りつつ、安全に帰れるよう退路の計画を練りたい」

「私も時間が欲しい」

 医務室からエマさんが出てきた。

「けが人に今は安静が必要。カーゴシップのモーター音は傷に響くから。今静かにさせることができたら、また仕事ができるようになるよ」

「ドクトル、時間はどのくらいいる?」父さんが尋ねた。

「少なくとも一日は」

 周囲がざわめいた。

「この場の全員を守ることが俺たちの役目だ。一人欠けてもその役目を全うするためにその時間が欲しい」

 アーロンさんがそう言っても、ざわめきは大きくなるばかりだった。「一日は多すぎる」「けが人を護衛隊のほうに移したら……」そんな声が聞こえてきた。「キアン、領主様はなんというだろうか」

 ドン! キアンが足を踏み鳴らした。

「荷物が全部届いた方がいいに決まっているだろう! 満載したカーゴは遅いんだ。早く逃げたきゃ降りろ。トラックを貸してやる! それか、俺に放り投げられるか!」

 もちろんざわめきは止み、静かになった。ただ、みんなが口を閉じたのは、これまでも尋常じゃない様子だったキアンなのに、こめかみにはち切れそうな血管の筋が盛り上がり、今にも爆発しそうだったからだと僕は思う。この場の誰よりも悔しそうな顔をしている。

「すまんな、キアン」ちょっと笑いそうになっている父さんが謝った。

「とっととやるべきことをやれ! ウォンバル公に報告してくる!」

 アーロンさんがキアンの肩をポンポンと叩いて出ていった。

 周りの口と手が動き始めた。作業員の一人が父さんを摑まえた。

「監督、俺たちにできることはなんだ」

「そうだな……今は、静かな環境と……」

 周りがちょっと静かになる。

「温かい食事。みんな腹が減っている。携帯できるものも作ってくれたらありがたい」

「じゃあ、肉を焼こう。ドラゴン食べて憂さ晴らしだ」

 メイヤの提案にみんなの顔が生き返ってきた。僕は料理の手伝いをすることに決めた。サンドイッチを作り、ランドシップにデリバリーしよう。

 ふと、誰かに頬を撫でられた気がして足がとまった。

 痛くなくなったのは慣れたからか。それとも、その誰か、もしくは〈何か〉の意志なのか。その意志の心、たまに発せられていた信号の意味を、今、理解する。


 使え。私を使え。あなたなら、できるはず。名前をつけられたものよ。

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疾風の竜狩人は……まだタマゴ! 汎田有冴 @yuusaishoku523

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