みんなが船の中で息を潜め、護衛隊も位置についてドラゴンの動きを注視する張り詰めた空気がコクピットのいても伝わってくる中、僕はこれから目の前でドラゴンとの戦いに(遠くてよく分からないけれど)高揚感を感じていたのは間違いない。

 長く、無線の声しか聞こえない時間が続いた。

『バルジ、報告』

『やつらバジリスク狩って食ってます。こちらのことは気にしていないようです』

『キアン、データベースの使用許可をウォンバル公へ』

「許可する」

 急に発せられた生の声に自分の体がびくっと反応した。竜狩人の使う情報網を領主たちが管理していると聞いているから、そのことだろう。キアンがウォンバル公の代弁者として参加していることは知っていたが、こんな返答がくると〈代弁〉というより〈端末〉という言葉を当てはめたくなる。キアンは話さないときも口角の筋肉を動かし、声にならない声を意識していた。僕の眼のように。

『個体の記録がありますな』

 前方に移動したランドシップにいるウェルスからの無線だ。

『時々ベナトスの縄張りの外をうろついている個体と特徴が一致します。主の匂いが消えて、様子をうかがいに来たってところですかね。戦闘記録はなし。遠くから見かけた程度のようです』

『人に興味を持たないタイプ?』ルカの声だ。

『そういう注意書きはないですな』

 生体兵器として作られたドラゴンは基本的に攻撃的性格を持ち、特に人間に敵意を向けるというのが通説だが、世代が進んで攻撃性が薄れてきているという報告もある。

 でも、僕の町のようにドラゴンに滅ぼされたというニュースは後を絶たない。機械人の城の周りに人が集まるのもドラゴンを避けるためだ。機械人の城にはドラゴンに対抗できる武器が必ず一つはある。ドラゴンもためらうほどの威力を持つものが。だから、彼らは一万年前から存在している──そういう通説だ。

 しばらくして『やつら腹いっぱいになって、草原で寝てます』という報告で、第一級の警戒態勢は解かれた。

 しかし、近くにドラゴンがいることには変わりない。護衛隊がドラゴンの動きを見張りつつ、僕らはカーゴシップの中に寝具を持ち込み、コンテナで間仕切りを作って寝泊まりすることになった。来る時も船室が足りなくてからっぽの貨物室を居住空間として使ったけれど、今は収蔵物や骸機が詰まっているので、かなり手狭で余裕がない。

 エマさんとメイヤさんも医務室に最低限の空間を残して、自分たちは自分の骸機の下に追いやられていた。

「大収穫だったってことよね。帰りもこうなるはずだったんだもの」

「ええ。ドケチのウォンバル公のせいです。早いとこ冷凍庫の肉食い尽くしてクローゼットに変えましょう」

 僕はコクピットのシートの後ろに寝袋を用意している。

 現場で待機していた父さんたちも帰ってきた。

「アーロン、大きいのか?」

「尻尾も含めて30メートル前後。四肢と翼の揃ったシン・ドラゴン型。まだ若く、翼もそこまで発達していないが、二匹だ」

「楽しそうにピースサインしないでくれ」

 船にいる全員が携帯食料で夕食を済ませた後、アーロンさんやウェルス、キアン、ドクトル・エマなど各部門の責任者が貨物室の隅に集まり、みんなが見守る中話し合いを始めた。

「潮時だな。カーゴも重たくなって速度が落ちている。発掘は終了しよう」

 父さんがそう言うと、キアンは契約書類や地図の広がった机上を指さした。

「この区画はまだ手をつけていない。期日はまだのはず」

「あんなのが近くにいるんじゃ外で仕事はできない」運搬係の人がいう。

「キアン、ベナトスの動きは。領主様は主要なドラゴンの動きを把握できるそうだが、城は何て言ってきている」

「変わらない。ちょっと猟場に踏み込まれるくらいは日常茶飯事だ。やつは動かない」

「縄張りを奪う気なら、岩山を目指すぞ」とアーロンさん。「あそこがこの辺りでは一番見晴らしが良い。なによりベナトスの巣がある。その途中に我々がいる」

「寝ているんだろう。じき帰る。まだ城の倉庫は満たされない。賃金が少なくなる」

「賃金減額は困る。あと何日いればいいんだ?」

「じゃあ、二、三日様子を見て決める?」

 話し合いは一旦終了となった。みんなが疲れていたこともあった。



 動いたのは真夜中だった。僕は運転席にいるキアンの無線で飛び起き、シートの角でこぶを作った。真っ暗なサバンナの地平線が白く輝いている。

『すまん! 一匹空に逃がしちまった。発信機は成功した』

『カート、レーダーはどうなっている』

『急上昇して……レーダーから消えました』

『バルジが半壊した。もう雷撃弾スタンの効果が切れる。やつらゴリゴリの本能丸出しだぞ』

『そのはね切り落としてくれるー!』アルフの怒号が無線を震わせた。

『トトを向かわせる。そいつは押さえててくれ。レーダーから目を離すな』

 キアンが舌を鳴らしてサイレンのスイッチを入れると、サイレンと共に悲鳴が湧き上がってきた。

 作業員を束ねる一人がコクピットのドアを開けてきた。

「キアン、どうなってるんだ」

「不意をつかれたんだ。色々備えてろ」

「キアン、父さんはどこにいるの?」

「向こうの船だ。元は技術屋だからな」

 夜のサバンナの視界で骸機のあの瘤から吹き出すエネルギーの炎が激しく明滅している。

 護衛隊の船が少し移動し、旋回する。船首から唯一の砲身がのびて射角をとった。

『照明弾上げますか』

『まだだ。レーダーを注視しろ。本能丸出しってんならこっちに来る』

『映った! 急降下してくる!』

『やれやれ、カート』あくびをするウェルスの声。『これが高度、速度……着地点を予測できるな。絶対当てろよ』

『わかってます』

『ルカ、照明弾』

 斜め上に小さい光弾が打ちあがり、空を明るくする。光を切り裂いて、上空から爪を光らせた影が飛び込んできた。

 同時に砲身がエネルギー弾を発射。見事に影を捉えた。

 カーゴを狙っていたドラゴンは失速し、前方のサバンナに落下した。

 ぐったりした緑の影に骸機がランチャーを浴びせる。弾を打ち尽くす寸前、尾が周囲を薙ぎ払った。四肢をふんばって体を起こし、長い首を振って粉になった鱗を落とす。鋭い大きな目で、ランチャーから戦斧に持ち替えたアーロン機を捉える。

 ドラゴンが一声吠えて爪をたてた。かいくぐったアーロン機がかかとに重たい刃を立てる。

 周りの骸機も攻撃を始め、戦斧と剣、爪と尾の応酬が何度かかわされた後、ドラゴンは突然咆哮し、飛び去った。

 アルフたちの方からも「空へ逃れた」と連絡が入った。

 レーダーで二頭がキャンプから離れていくのを確認しても緊張は続いた。

 エマとメイヤがランドシップに渡る時、僕もついていった。

 アルフとグェンジョンが抱えてきたバルジの骸機はひどく歪んでいたが、コクピットが頑丈にできていたので、バルジの命に別状はないということだった。しかし、僕よりも重傷なのは見て取れた。

 ルカたちは入れ替わりでいつもより広い範囲を巡回し、待機中の骸機も動力を切ることなく身構えていた。

 カーゴからは、平原や空の安全を確認するライトの筋が身を守る棘のように何本ものびている。

 長くも息のつけない夜が更けていった。

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