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カーゴシップ内の医務室で擦り傷の治療をされながら、父さんに頬をつつかれまくった。指は三本にレベルアップしている。はたき落したいけれど、看護師メイヤに薄い手袋を付けた手でがっしり掴まれ、振りほどけない。
「動かないで。パッドがよれたらもったいない」
メイヤは僕が動く原因になっている父さんを睨み、父さんは指を引っ込める代わりに大きなため息をついた。
「いったい何のために研修があると思ってんだ」
「だって、みんなが危なかったじゃないか……」
「何のためにルカたちがいると思っているんだ」
「だって……ルカだってこの間免許取ったばかりじゃん」
「そう。ちゃんと試験を受けて免許を取った。作戦行動がとれるとなったから、骸機乗りになれて、アーロンと仕事してるんだ。ただ身内だからっていうんじゃないんだぞ」
確かにルカは年上だけど、幼馴染で一緒に育ったようなやつが先の道を走っていくのは……検査中も、頭の中でルカの操る骸機が再生され続けた。今も胸がもやもやしている。
「まあまあカントク」
デスクでCT画像を見ていたドクトル・エマがニコニコ笑顔で振り向いた。
「丈夫な体でよかったじゃない。頭もなんともないようですよ。もちろん目の方も」
ブロンドのロングヘアにバンダナを被り、シャツにズボンといういつもラフな服。「エマ医師」が白衣を着ているところは見たことがない。それに今は、ゴム長靴とゴムエプロンが追加されている。メイヤも似たような恰好で、二人とも医務室を離れたら何屋か分からない。
「元々あるのかないのかわかんない脳みそだからな。映ってないだけなんじゃないですかね」
「大丈夫ですよ。でも、全身強打してるからしばらく様子見ないと。いいと言うまで骸機に乗るの禁止。トラックもよ」
「ええ!」「動くなと言うとろーが」
外から骸機の重々しい足音と油の匂いが近づいてきて、マイクを通したルカの声が響いた。
『エマさーん。持ってきたよー』
「あら、ありがとー」
大きく返事をしながらドクトル・エマは出ていった。心なしか歩みが弾んでいる。
ようやくメイヤの束縛が解かれたので、立ち上がれるようになった。治療されたはずなのに、さっきより体が重くなって、二三歩歩いただけでよろめいてしまう。
「ほれ。言わんこっちゃない」
「近寄んなって」
父さんをけん制しながら搭乗口の手すりに掴まって外に出た。ルカの骸機が死んだバジリスクの一匹を抱えていて、エマの指示の下、骸機が出入りできるほど大きな半透明のテントの中に降ろしていた。
「ルカちゃんの得物が刃物系でよかった。大きな弾丸でぐちょぐちょにされたらお料理が限られてくるし。あ、当たんなかったんだっけ」
『こっち見て言わなくてもいいのに』
もう一匹を運んできたカートのボヤキがばっちり聞こえてくる。
近くに停めてあった小型の骸機にエマが乗り込んだ。その骸機の両手には骸機サイズの鋭いナイフが握られている。
「メイヤちゃんお仕事よ」
「はいな」
メイヤもドクトル・エマ──もとい、今はブッチャー・エマと同じ仕様のもう一機に乗り込む。
エマ機とメイヤ機は、テントの入り口で合掌してから中へ入ると、二人は骸機のパワーとナイフを器用に使って、バジリスクの解体を始めた。
薄い乳白色の天幕が血まみれになると予想してつい目を細めたが、二人は内臓を取り出してから、血をほとんどこぼさず肉体の真ん中に集め、蛇腹のパイプを当てて吸い取った。そこから更にいろんな部位に切り分けていく。
『エマさん。手伝わなくていい?』
「大丈夫よん。ルカちゃんは休んでて」
分けられた肉はカーゴシップへ運ばれていった。医務室ではなく、厨房の冷蔵庫の中へ。
骸機を降りたカートが給水器から飲み物を取って、こっちに来た。
「二刀流の最適解だな。どこから見つけてきたんですか、あんな人」
「内緒。興味を持つのはかまわんが、外科手術の(ああいう)世話にはならんようにな」
「「イエス
僕とカートはそろって返事をした。
夕飯は、半透明のテントの屋根が外された敷物の上で、バジリスク・バイキング・パーティーが始まった。
バーベキューはもちろんのこと、エマ医師とはまた別のコックが腕によりをかけて作ったバジリスク肉を使った料理──水炊き、ブラッドソーセージ、シチュー、ピザなどが出されている。体が痛くて医務室に寝ていたけれど、その体をおして食べに行く価値は十分。というか、匂いだけで元気が湧いてきそう。
「うっま~! うまいわ~。私はこのために仕事してるのよ~!」
エマ医師は特注の巨大串焼きにかぶりついて絶叫している。それを見たカートが二人分の皿を持ったまま立ち尽くしていた。小耳にはさんだ話では、カートはドクトル・エマのことを「ちょっといいな」と思っていたらしい。
「あんたがあの人の横に座るなんて、百万年早いって」
メイヤが串焼きの串までちらつかせると、カートはムッとして離れていった。
そんな賑やかな会場を見回しながら料理の並ぶテーブルによたよた近づくと、
「元気になったか」
「よっ、英雄!」
「監督がオロオロしてたぞ」
と、あちこちから声をかけられ、肩を叩かれた。加減してくれているのはわかるけど、それが打ち身に響いてへっぴり腰になり、盛った皿を落としそうになる。
極めつけはアーロンさんで、やっと席について食べていると、そばに寄ってきて、
「ようリオン。二年後が楽しみだな。それまで怪我すんなよぉ」
と、がっしり肩を掴まれた。普通でもどうかと思うくらいガッシリと。むせた。
「おお。どうしたどうした」
「お父さん。リオンは今怪我してるって。あんなので突っ込んでいったんだから」
いつの間にかルカが来ていた。シチューの皿を持ち、骸機に乗るときに着る装甲服を着ていた。
「ルカ。今から巡回か」
「うん。これ食べたら行く」
「そうか。頼んだぞ」
ルカは僕の隣りに座って食べ始めた。
ルカは、うちに来るアーロンさんによくついて来ていた。一緒にアーロンさんの運転する骸機に乗って、散歩に連れて行ってもらったりしたこともある。つやつやの黒髪をかなり短く切っているが、ついこの前までは肩までのばしていた。女の骸機乗りは珍しくはない。女性だけのチームもあるくらいだ。ファッションにも特に規範があるわけではない。髪型を変えたのは、誰かに強制されたとかではなく、ルカ自身が決めて切ったのだろう。一途なルカらしいことだ。
バジリスクの肉は鶏肉に似ていて、筋張っているところもあったけど、美味かった。
「その服さ、おじさんのおさがり?」
ルカの装甲服は翡翠竜の鱗でできていた。
「サイズがぜんぜん違うでしょ。お父さんの素材を分けてもらっただけよ」
ファッションに絶対的な規範はないけれど、骸機乗りがこだわるポイントが一つある。
自分が倒した竜の素材で装甲服や骸機を彩るってことだ。
市場に出回る素材で作っても構わないのだけれど、名のある竜を倒した時はその素材を身につける。それが自分のステータスになるのだ。
横のアーロンさんの場合、今は普段着だが、ベルトに倒した歴代の竜の鱗が縫い付けられてぐるりと一周している。僕がドラゴンなら震えあがる数だ。
「そのうち自分で倒した竜で作るんだから。今はそれが目標」
「ふーん。たぶん俺のほうが早いね」
「あんたまだ二年も先でしょう」
「なってすぐ狩ったらいける」
「分かってないな。そんなに簡単じゃないよ」
ルカはふふんと鼻をならした。
「ボディアタックで下敷きにできるようなサイズならすぐかもしれないけど。あんたが潰したバジリスクの皮いる?」
「あんな小者はいらない」
「そう。じゃ、私は巡回に行ってきまーす」
ルカは空になった皿を持って立ち上がった。背筋がピンとのびて、後ろ姿が大きく見える。
でも、見込みのない隔たりを百万年というなら、幼馴染の二年なんてたいしたことない。光の速さで追い抜ける。
苦笑いのアーロンさんが、しおれているカートに声をかけていた。
「その皿、マシューに持って行ってくれないか。収蔵庫にこもりっきりなんだ」
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