父さんは予算や契約書と顔を突き合わせながら、人材の確保と資材の準備に奔走した。

 それらを運ぶために用意した陸のランドシップは二隻。人と荷物を運ぶカーゴシップは城から借り受け、一隻はアーロンさんの所持する護衛隊用で、カーゴシップの三分の一くらいの大きさだ。これら大きな陸の船は通常はホバリングと鰭のようなオールで空気を漕いでいく。

 その二隻を連ねて、スゴン地方の南西に広がるサバンナへ来た。

 ここは巨大なドラゴン〈ベナトル〉のなわばりだ。しかし、今は姿がみえない。何十年かに一度の子育て中であったこの雌竜は、暑すぎたこの夏、子竜を連れて西の山脈に移動していた。ずっと以前にも〈暑さと子育てが重なった時、なわばりを離れた〉という記録を父さんが発見し、それをウォンバル公に進言したのだ。

 竜が避暑地に出かけるだけあって、サバンナは猛暑だった。領主様の気候調整が届く範囲なら2,3度下げることもできるのだが、ここは二日も船に乗った先だから。もっとも、届いたところでドラゴンの為にそんなエネルギーを費やす領主はいないだろう。

「他の動物の動きも鈍っている。だが、うだっている分気性は荒くなっている。出会った時はお慰みだ」

 アーロンさんの脅しで、航行中の〈出会った時の対処法〉の研修では、僕も含め寝る人は一人もいなかった。

 父さんは調査候補地の近くにある小さな林を二隻の船で囲って日を遮り、木々の間にテントを張ってベースキャンプとした。

 調査候補地をいくつか巡ったが、結果は芳しくなかった。

 僕が波動を見た岩山はベナトルの巣のある山の一端。いくら主が留守だからって、おひざ元に手を出すことは父さんも躊躇していた。でも、そうも言っていられないのが契約っていう大人の事情だよな。



 父さんがバツ印をつけた岩山のすそ野を調査し始めると、なだらかな小石交じりの斜面から大きな骨が出てきた。1万年前の生体兵器まるごと一体分の化石だ。

 太くて長いしっぽ、

 鋭い爪のついた足、

 皮膜を広げる翼、

 長い首の先には角と牙の生えた頭骨。

 一万年よりも更に古い生物の形を模したという姿から、僕らはこの生体兵器も「竜」または「ドラゴン」と呼んでいる。

 というか、これが雌竜のご先祖。彼らは元々生体兵器として作られた存在なんだそうだ。生体兵器第一世代のドラゴンは、人間を片足で踏みつぶしてしまうくらいの巨体から、炎や光線を吐いていたと伝えられている。

 ドラゴンの足元からは小さい人型兵器の残骸が多数埋まっていた。

 それは、生体兵器ドラゴンと戦い、一緒に埋まってしまった人間の兵器だ。小さいと言ってもドラゴンと比べてのことで、身長に例えれば5メートルから10メートルくらいはある。纏っていたはずの外装や武器はほとんど残っておらず、当時のテクノロジーが結晶したやたら硬いフレーム(骨格)や関節がごろごろ積み重なったあり様は、まるで巨人の集団墓地だ。

「骸機も全身骨格に近いものが何体かありそうだな」

 父さんの見立てに、発掘隊みんなが色めき立った。

 僕らは地面から出てくる人型兵器を「骸機」と呼んでいる。復元師たちは化石よりこっちのほうを探している。市場からも機械人からも一番求められている資源だ。

 化石を削りだすときに使うドリルも運び出しに使う重機にも、どこかの戦場跡から出た骸機の欠片が使われている。過去のハイテクは便利極まりない。少し電気を通してやれば、ちょっとしたフレームの歪みは成形し直せる。動力源としても、少量の熱をフレームの切れ端に当てれば、フレーム内の僕らが見ることの出来ないくらいの小さいレベルの機関がその熱を元に連鎖的に反応を起こしてエネルギーを生成し続けるんだ。

 もちろん、ドラゴンなどの生体兵器の化石も生きているドラゴンも貴重な素材ではある。爪や皮骨などの堅い部分は、それこそ骸機の装甲にうってつけなのだ。



 父さんたちは発掘の中心を岩山に移した。

 一万年前の地表に骨格埋没地点を示す小さな旗が増えれば増えるほど、ドラゴンと骸機の群が相打ちになったすさまじい戦いが露わになっていった。化石の出現とともに地層にしみ込んでいたドラゴンの咆哮や疾走する骸機の地響きも解き放たれていく。

 足元でちょっと先をのぞかせている骸機のフレームにも彼の身に起きたドラマの痕跡が残っているだろう。ドラゴンの歯形が付いているかもしれない。戦いに巻き込まれた生き物も化石になっていたりする。幸い人の手でも掘れる堅さだから、道具置き場から持ってきたシャベルが使える。夜に見た波動を出すやつも近くに埋まっているかもしれない。

「おいおい。そこだけ大穴をあけるな。池作ってんのか」

 気がつけばフレームよりうんと下、膝上まで埋まるぐらい掘っていた。地表と平行に掘って同じ機体のフレームでまとめないと、組み立てるときに苦労するとのこと。

「まずは周りを見て、手順を覚えてくれ」と父さんに言われ、運搬係へ回された。

 ドラゴンの化石も骸機のフレームも掘り出す前に出土状況を記録してから、傷つけないように丁寧に取り出す。状態によっては薬剤を吹き付けて保護してから梱包材で包み、ベースキャンプへ運ぶ。

 こびりついた岩や汚れを落とすクリーニングをするのは、町に持ち帰ってから。それから、復元師がモノの状態を見極め、使い道を決めるというのが基本工程らしい。


 僕には運搬係が合っているかもしれない。化石を運ぶのに使うトラックは、運転席と荷台に歩脚だけ出てきた骸機のそれをつけたもので、街中でもよく見かける。これも一応骸機の仲間だ。運転はさっき資材を運ぶときに覚えた。本当は16歳で免許を取らないといけないんだけど、二年も待てないね。それに、雑用係はこのくらい使えないと役に立たないから、特別待遇で仮免身分。堂々と乗っていられる。ついてきた甲斐があるってもんだ。



 発掘している岩山からキャンプ地までは十数㎞。その間を作業員や資材を運ぶトラックの便が繋ぐ。その間のサバンナや林には昼間でも危険な動物がうろうろしている。例えば、バジリスクは小型のドラゴンの総称で、子犬くらいの大きさから体高3mくらいになるものまでいる。夜行性のものもいるが昼行性のものもいて、集団で狩りをする肉食性。アーロンさん率いる護衛隊が警護に付き、現場周辺を哨戒してこうした生き物を追い払っているはず、なんだけど──

 バシュッ

 青空に赤い発煙弾が上がった。

 煙ののびる方角、はるか上空を五匹の翼竜(ワイバーン)が飛んでいた。

「上空注意―」

 後方のトラックから声がかかって、みんな不安げに空を見上げた。

 護衛隊の骸機が一機、大口径のランチャーを空に向けながら、僕たちの方へ寄ってきた。

 アーロン隊の骸機は体長6メートルくらいで、大きさとしては中型。装甲には翡翠竜の鱗や骨板が使われている。

 護衛用に使われる骸機は、全身骨格が出てきた貴重なフレームに、復元師の作ったコクピットボックスと関節を引っ張るコードや装甲をつけて生まれ変わらせたものだ。すべての骨格がそろったフレームでないと、ドラゴンに対峙できるくらいのパワーやスピードが出ない。

『あー、運転手以外は荷台から降りてくれー』

 骸機のスピーカーから声がした。カートというまだ若い護衛隊員だ。

「えー、歩くのかよ」

『そうだー。上からみたらお昼のランチボックスの行進だぞー』

「そんなに大きなドラゴンじゃないけど……」

 一部のトラックが止まって、みんながブツブツ言いながら降り始めた。不満たらたら。でもトラックの影に身を隠すように寄り添って歩く。

 僕は梱包材を巻いた出土物を運んでいたが、なんとなく歩いている人に寄り添うように進んだ。骸機もランチャーを構え、上を警戒しながら一緒に歩いている。

 このまま山の向こうに消えてくれないかな……と、みんなが思っていた。

 ザザッと横の枯草が動いて、バジリスクが現れた。しかも二匹。トラックの列めがけて走ってくる。少し離れたブッシュに潜んでいたのだ。

 荷台に乗り込む時間はない。

『待避!』

 歩行者はワッと叫んで走り出した。それをトラックがかばいながら動く。

 骸機がバジリスクの前に立ちふさがり、ランチャーを連射。バジリスクは横ステップでかわす。一匹はカートの方へ方向を変えた。

『これだから小さいやつは嫌なんだ!』

 カート機がランチャーを持っていない手の三本爪をバジリスクに振るう。竜は倒れそうになりながら頑丈な足でキック。今度は骸機がかわす。

 もう一匹が列に迫る。

 前方から別の骸機がジャンプしてきた。肩に白い花のマーク。ルカだ。アーロンさんの娘。

『あっちの林へ隠れて!』

 ルカの武器は大きな剣だ。両手持ちで薙ぎ払う。相手は切られた、というより吹っ飛んだ。しかし、横腹に切り傷を作りながらも起き上がる。

 僕らトラック組は作業員を囲みながら走り続けていた。こういう場合、トラックなどは作業員をかばいながら走りましょう──と、研修で習っている。

 しかし、反対側からもう二体のバジリスクが走ってきた。ガチャガチャ走る骸機より断然あっちが早い。ええと……今、トラック運転手は研修の文言が頭をよぎっているはずだ。追いつかれそうなときは乗り捨ててかまいません。竜の牙が届かない所へ逃げましょう。散り散りになって目標を分散させ相手を混乱させるのも有効です──ほかに何て習ったっけ。とにかく、トラックも散り散りに逃げはじめた。パニックになった運転手がアクセルを踏みこむ。「おいこらー!」って怒鳴られながらもスピードはゆるめない。

 自分の命が一番大切です──そいうえばこうも習った。

 僕は後から現れたバジリスクと林の間に走りこんだ。実は少し前に気づいていた。こういう時によく見える右目は有効だ。スピードは劣るけど、早くライン取りをすれば割り込める。

 僕のトラックをかわそうとしたバジリスクに、機体を横滑りさせて体当たり。二匹とも巻き込んで下敷きにした。荷物がある分重量はこっちが上だ。「命が一番」を思い出す前に走り出した作戦、大成功。

 僕にはものすごい衝撃がきた。ヘルメットを被っていても頭がくらくらする。それが当たり前。予想していたから意識は飛ばさないで済んだ。シートベルトを外して運転席の隅にうずくまる。

 一匹は動かない。もう一匹がゆっくり体を起こした。でも、無傷ではないはずだ。ここまでやったら普通は退散するだろう。普通ならば……

 よっぽどお腹が空いていたのか、やつは鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。そして、トラックの前のほうへまわり、縦長の冷たい瞳孔にしかめっ面の僕が映った。満足に動かせた骸機がトラックじゃ、心残りだからな。

『なにしてくれてんのー!』

 空が暗くなって、白い花の骸機が飛んできた。着地で地面を震わせると同時に大剣をふるう。

 ホームラン級に飛ばされたバジリスクは、地面に叩きつけられてグッタリ。

 骸機の胸のキャノピーが開いて、ルカの真っ赤な怒り顔が現れた。

「中途半端な骸機がドラゴンに敵うと思ってんの? それ以上食べられたら死んじゃうよ!」

「ははは。俺、やっぱり美味しいのかな」

「おばかー!」

 過去の戦争は終わっている。でも、今の時代も武器としての「骸機」は必要とされている。

 過去の遺物が今も動いているように、骸機と対峙したドラゴンも生き残り、強い血を伝えながら世代を重ね、大空を飛び、大地を駆け抜けているからだ。

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