疾風の竜狩人は……まだタマゴ!

汎田有冴

 僕が呼び声を見たのは、発掘現場に来てもう二週間ほど経った日の真夜中だ。

 右目の機械眼がうずいて目が覚めた。微弱な波動に引かれて、父さんと寝泊まりしているテントを出た。

 満天の星空を覆う枝葉の影から岩山の白い肌が飛び込んでくる。それは両目で見える。

 そこから放たれる小さな波は右目にのみ映り、右の視覚を揺らす。左目には映らないし動かない。そういう右目のみの世界は大抵無視している。誰とも共有できない世界など意味はない。だが、幸い夜は一人。目を背けなくてもいい。

 ベースキャンプを張った林の暗闇を、波を頼りに歩いた。ついに林の外れまで来た時、追いかけてきた見張り役に眩しいライトを浴びせられ、波動は強い光に上書きされて感知できなくなった。

「監督の息子か。そこから出るな。バジリスクに食われるぞ」

 言われなくても分かっている。ここから先は身を隠すところのないサバンナだ。

 見張りにひっぱられながらテントに帰ると、父さんが起きていた。

「どうしたリオン。眠れないのか」

「目が痛くなって起きた。ここ……ここに何かありそう」

 僕は壁にかかっている地図でさっき見た岩山を指さした。父さんは目の世界を分かってくれる数少ない人だ。父さんは僕が示した箇所に赤ペンでバツ印を付け、あごを手でこすりながらしばらく凝視していた。

「そこも古い地層が露出している。今やっているところが済んだら行ってみよう」

 父さんは復元師だ。昔の地層から発掘したものを、今でも使えるように組み直すのが仕事だ。

 昔の文明は今よりうんと進んでいた。進んでいたというか、僕らが退化したといったほうがいいのか。人間が操っていた科学技術、それを基にした生活様式は、一万年前を境に激変したのだと学校では習っている。

「あなたの機械眼は現代に残った数少ない技術ですよ」と、先生は優しく僕に語った。どうも昔の人間は体のほとんどが機械でできている機械人マキナびとだったらしい。

 その進んでいた文明の面影は、領主様の城に色濃く残っている。

 僕らの家は木やレンガでできているけれど、町の中央にそびえる城は、そんなものとは全く異質のピカピカの金属製で、継ぎ目も見当たらない円錐形の集合体だ。内装も、よく分からないひねくれかたをした巨大なオブジェが迎える入り口から進むにつれ、どんどん簡略化されていく。

 城の主、スゴン地方を300年治めているウォンバル公は滅多に民衆の前にでなかった。僕も〈領主様は機械人マキナびとだ〉という噂と教科書に載るエラの張った初老の男の顔しか知らなかった。領主様と一般人との接点は少ない。

 それなのに、どうしてこんなに城の内部に詳しいのかというと、父さんがこのサバンナの発掘調査をウォンバル公から命じられた時に謁見の間まで通してもらったからだ。

 謁見の間のドアは、壁よりマットな鉄板だった。右目でもよりマット感が濃くなるくらい。その黒いドアが二つに割れて謁見の間に入ると、壁は空と同化していて、つるつるの床が空に浮いているように演出されていた。僕が演出だと分かったのは、右目では天井高いだだっ広い部屋だったからだ。でも人によっては驚き、威圧されるかもしれない。父さんとアーロンさんが落ち着いた表情を変えなかったのはちょっと誇らしい。

 部屋の奥には、黄金色で背もたれに放射状の装飾の付いた玉座。そこに鎮座したベルベットで飾られたチューブと銀の塊。右目では塊の隙間からチカチカと瞬く光線が出て、僕らの首に下げている認識票に当たってはじけている。その両隣に僕より機械構成率の高いハーフ機械人の近衛兵。これは時々城の塀を行き来しているから誰もが知っている。

 父さんが一礼すると、銀の塊が頭をもたげ、初老の男の顔が出た。椅子につながれた不自由な何かかと思ったが、領主ウォンバル公で合っているようだ。

 発声は口でしているようだけど、低い肉声にキシャキシャと金属がこすれるような高音が混ざってちょっと耳障りだった。

「マシュー・レイン……復元師としてよい腕を持っていると聞いた。息子のそれは、お前が施術したのか」

「いいえ。サマの当時の領主様です」父さんが直立姿勢で答えた。「赤ん坊の頃、住んでいた村がドラゴンに襲われ大怪我をいたしまして。その時、温情を賜りました」

「そのようだな」

 認識票を読めるなら、父さんに聞かなくても事情が分かるはずなんだけど。

「そして、アーロン・ダイス。最新の記録は……北の翡翠竜を討伐している。自分の部隊のみで。それはたいしたものだ」

 褒められてもアーロンさんは広い胸の前で腕を組んだまま。ずっと領主様を睨みつけているようだ。

 僕達と玉座の間の床に、スゴン地方の地図が投影された。

「説明しよう。近くに寄りなさい」

 床は僕たちの姿が鏡のように映りこむほどつるつるしている。それなのにグリップがきいていてすべったりはしない。試しに走り回ってみたかったんだけど大事な場面でそんなことをするほど馬鹿じゃない。それに……

「走ってみてもいいんだよ。リオン・レン・レイン」

 突然ウォンバル公から名前を呼ばれて飛び上がりそうになったのだ。

「い、いえ。結構です」

 顔がほてって体がこわばった。公は薄ら笑いを浮かべて、地図にまたレーザーを飛ばした。

「お前たちが行くのは南方のこの辺りだな。記録によると、ここは一万年前の激戦地で、今もその名残が息づいている。これまで避けていたところなのだが、移民が多いせいで昨今資源不足なのだ。そして、そなたの出した企画書の通り、今は好機らしい。我々の調査でも二か月ほどのようだが……アーロン。やはり、この忌々しい獣を倒すのは難しいかね」

 アーロンさんの眉がピクリと動いた。

「それなら、まったく別の準備がいるでしょうな。もっと大規模な船団を組む、城の武装を使う……もっとも、私は臆病なので、人の町を襲わない限りこんな大きな相手に挑んだことはないんですがね」

 ふうぅ。ウォンバル公は人間らしいため息をついた。

「人員、備品の選択はマシューに任せる。予算内であればどうしてもかまわんよ。契約書をよく読んでくれたまえ」

 ずっと地図に目を落としていた父さんが頭をあげた。

「私を選んでくださったことに感謝します。主がいない二か月で、城の蔵を満たしてみせましょう」

「期待、しているぞ」

 近衛兵に見送られて城の門を出ると、アーロンさんがうーんと伸びをした。

「この仕事を取れてよかったな。あのあたりはお前が前から目を付けていたところじゃないか」

「ああ。あちこちに金を払った甲斐があったよ」

「お前らしくないことをしたな。その、何か……リオンを連れていくことと関係しているのか」

「そうだな。関係がない、わけでもない」

 その時、僕は父さんたちとのやり取りが気にならないくらい胸が躍っていた。辺境が危険なのは分かっているけれど、せせこましい町や学校から離れられる口実ができたのだ。勉強は現場でもするという約束だけど、雑用係に机に向かっている暇なんて、学校の何分の一しかないはずだ。

 ぐにゅ。父さんが人差し指を僕の頬につきさした。

「こいつ最近俺の留守中に組み立て中のやつを勝手に触って動かそうとするんだ! それで一機おしゃかにしやがった! もう目が離せんのだ!」

「いでててて!」



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