第5話 6月17日-新しい出発

門司港の夜は、関門海峡に映る灯りが星空のようにきらめき、静かな時間が流れていた。夜の23時、FM門司港の小さなスタジオに、佐藤美咲の優しい声が響く時がやってくる。「ハートステーション」の放送が始まると、街の片隅でラジオを聴く人々の心が美咲の声に包まれる。


その夜、美咲は机の上に並べられたリスナーからの手紙を一つ一つ確認していた。ショートカットの自然なウェーブがかかった髪、茶色の大きな瞳がリスナーの言葉に優しく光っている。美咲は深呼吸をして、マイクの前に座り直した。


「皆さん、こんばんは。こちらはFM門司港の『ハートステーション』、パーソナリティの佐藤美咲です。週のはじめ、月曜日の1日はどうでしたか。」美咲の声は穏やかで、心地よくスタジオに響いた。「今日は、新しい出発を迎えるリスナーからのメッセージを紹介したいと思います。」


美咲は、一通の手紙を手に取った。その手紙は、大学を卒業し、社会人として新しい生活を始める若い女性、片桐美鈴からのものだった。彼女は、自分の未来への期待と不安を率直に綴っていた。


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「美咲さん、


はじめまして。私は門司港出身で、大学を卒業したばかりの片桐美鈴と申します。今月から東京で新しい仕事を始めることになりました。長い間、門司港を離れて暮らしていましたが、この街の風景や思い出は私の心の中にずっとあります。


社会人としての新しい生活が始まることに、期待と同時に不安もあります。新しい環境での生活に馴染めるのか、仕事をうまくこなせるのか、心配なことがたくさんあります。でも、自分の成長のためにこの一歩を踏み出す決意をしました。


私がリクエストする『YELL』は、大学時代に何度も聴いて勇気をもらった曲です。試験勉強に疲れたときや、将来のことで悩んだとき、この曲を聴いて元気を取り戻していました。新しい生活が始まる今、この曲が再び私に勇気を与えてくれると信じています。


美咲さんのラジオを聴いていると、心が落ち着き、勇気が湧いてきます。私の新しい出発を応援していただけたら嬉しいです。


片桐美鈴」


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美咲は、美鈴さんの手紙を読みながら、彼女の新たな出発に対する決意と希望を感じた。その一方で、彼女の不安や心配にも心を寄せた。新しい環境での生活は誰にとっても挑戦であり、勇気を必要とするものだ。


「皆さん、今日は片桐美鈴さんのリクエストをお届けします。美鈴さんは大学を卒業し、今月から東京で新しい仕事を始めることになりました。彼女の新たな出発を応援するために、いきものがかりの『YELL』をお送りします。」


美咲は再生ボタンを押し、スタジオ内に「YELL」のメロディが流れ始めた。その曲が流れる中、美咲は美鈴さんの手紙をじっくりと読み返していた。彼女の言葉一つ一つに、未来への期待と不安、そして決意が込められていた。


曲が終わり、美咲はリスナーからのメッセージを紹介した。「今、たくさんのリスナーから美鈴さんへの応援メッセージが届いています。皆さん、本当にありがとうございます。」リスナーの温かい言葉が次々と紹介され、美鈴さんに届く。


美鈴さんはラジオを聴きながら、自分の未来に向けた新たな一歩を踏み出す勇気を感じていた。リスナーたちの応援メッセージは、彼女にとって大きな励みとなり、不安を乗り越える力となった。


その日、美鈴は東京の新しい職場に向かうために出発した。早朝の門司港駅で、見送りに来た両親とハグを交わし、涙をこらえながら列車に乗り込んだ。車窓から見える風景が次第に変わり、馴染みのある街並みが遠ざかっていくのを見つめながら、美鈴は心の中で「YELL」を口ずさんだ。


東京に到着し、新しい職場に向かう道中、美鈴は不安と期待が入り混じる中で、リスナーたちからの応援メッセージを思い出し、心を落ち着けた。新しい職場では、初日から多くのことを学び、新しい同僚たちとの出会いに胸を膨らませた。


数日後、美鈴さんから美咲に感謝の手紙が届いた。「美咲さんのおかげで、新しい環境に少しずつ馴染んできました。皆さんの応援メッセージにも本当に感謝しています。」美咲はその手紙を読んで微笑み、ラジオパーソナリティとしての仕事の意義を改めて感じた。


夜の放送で、美咲はリスナーに向けて語りかけた。「皆さん、いつも番組を聴いてくださってありがとうございます。私たちの声が、誰かの心に届き、少しでも元気を与えられることを願っています。」


そして美咲は、もう一つの特別なリクエストを紹介した。「さて、今日はもう一つ、特別なリクエストをお届けします。こちらは、門司港に住むリスナーの御手洗さんからのリクエストです。御手洗さんは、毎晩この番組を聴きながら眠りにつくそうです。彼がリクエストしてくれた曲を、皆さんと一緒に聴いて、今日の放送を締めくくりたいと思います。」


美咲は曲を紹介し、御手洗さんがリクエストした「秦基博」の「ひまわりの約束」が流れた。曲が流れる中、美咲はスタジオの灯りを少し落とし、静かにリスナーに語りかけた。「それでは皆さん、今日も素敵な夜をお過ごしください。また明日、お会いしましょう。おやすみなさい。」


その夜も、門司港の街には美咲の優しい声が響き渡り、人々の心を温かく包み込んでいった。


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その後も美咲の放送は続き、多くのリスナーが彼女の声に癒され、元気をもらっていた。美咲にとって、リスナーの声に耳を傾け、その思いに寄り添うことが何よりも大切な仕事だった。彼女の声は、まるで優しい灯火のように、リスナーたちの心を照らし続けた。


毎晩23時、門司港の静かな夜に、美咲の声が響く。その声は、関門海峡の灯りとともに、リスナーたちの心に温かく届いていった。美咲の放送は、ただのラジオ番組ではなかった。それは、人々の心に寄り添い、希望と癒しを届ける小さな灯火のような存在だった。


美鈴さんもまた、美咲の放送を聴き続け、新しい生活に少しずつ馴染みながら、自分の未来に向けて歩んでいた。彼女の心には、美咲の優しい声とリスナーたちの温かい言葉が、いつまでも残り続けていた。

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