第4話 6月16日-思い出のメロディ

門司港の夜はいつも静かで、関門海峡に映る灯りがまるで星空のようにきらめいていた。夜の23時、FM門司港の小さなスタジオに、佐藤美咲の優しい声が響く時間がやってきた。「ハートステーション」の放送が始まると、街の片隅でラジオを聴く人々の心が美咲の声に包まれる。


その夜、美咲は机の上に並べられたリスナーからの手紙を一つ一つ確認していた。ショートカットの自然なウェーブがかかった髪、茶色の大きな瞳がリスナーの言葉に優しく光っている。美咲は深呼吸をして、マイクの前に座り直した。


「皆さん、こんばんは。こちらはFM門司港の『ハートステーション』、パーソナリティの佐藤美咲です。」美咲の声は穏やかで、心地よくスタジオに響いた。「今日は、特別な思い出の曲を紹介したいと思います。」


美咲は、一通の手紙を手に取った。その手紙は、高齢のリスナーである山本絹代さんからのものだった。絹代さんは、亡き夫との大切な思い出について書いていた。二人が若い頃、毎晩ラジオを聴きながら一緒に過ごしたこと、その中でも特に思い出深い曲があるという。その曲は「荒井由実」の「やさしさに包まれたなら」だった。


美咲は手紙を読みながら、絹代さんの言葉に心が打たれた。彼女の目に浮かんだ涙は、絹代さんの深い愛情と切ない思い出を感じ取ってのことだった。美咲は、その手紙をそっと置き、リクエスト曲の紹介を始めた。


「皆さん、今日は特別なリクエストをお届けします。この手紙は、門司港に住む山本絹代さんからいただきました。絹代さんは、亡くなられたご主人との思い出の曲をリクエストされています。荒井由実の『やさしさに包まれたなら』です。」


美咲は再生ボタンを押し、スタジオ内に「やさしさに包まれたなら」が流れ始めた。その曲が流れる中、美咲は絹代さんの手紙をじっくりと読み返していた。彼女の言葉一つ一つに、絹代さんの心の温もりと切なさが溢れていた。


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絹代さんの手紙には、彼女と夫の幸せな日々が綴られていた。


「美咲さん、


初めてお便りを差し上げます。私は門司港に住む山本絹代と申します。今日はどうしてもお願いしたいことがあり、筆を取りました。


私と夫は若い頃、毎晩ラジオを聴きながら一緒に過ごしました。その中でも特に思い出深い曲が、『やさしさに包まれたなら』です。この曲が流れると、いつも二人で小さなリビングで踊ったものです。夫は音楽が大好きで、この曲を聴くと必ず微笑みました。


私たちは結婚してから40年、一緒に過ごしてきました。夫は数年前に亡くなりましたが、彼との思い出は今も私の心の中で生き続けています。特に『やさしさに包まれたなら』を聴くと、彼がすぐそばにいるような気持ちになります。


この曲を聴くことで、私は夫との幸せな日々を思い出し、温かい気持ちになります。どうか、このリクエストを受け入れていただけないでしょうか。よろしくお願いいたします。


山本絹代」


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美咲は、絹代さんの手紙を読み終えると、その深い愛情に心を打たれた。彼女は、絹代さんとその夫がリビングで踊る姿を思い浮かべ、その情景を心に刻んだ。


曲が終わり、美咲はリスナーからのメッセージを紹介した。「今、たくさんのリスナーから絹代さんへの温かいメッセージが届いています。皆さん、本当にありがとうございます。」リスナーの優しい言葉が次々と紹介され、絹代さんに届く。


絹代さんはラジオを聴きながら涙を流していた。その涙は、悲しみと同時に、温かい思い出とリスナーたちの優しさに包まれた感謝の涙でもあった。絹代さんは、亡き夫との思い出を胸に抱きながら、リスナーたちの温かい言葉に励まされていた。


数日後、絹代さんから美咲に感謝の手紙が届いた。「美咲さんのおかげで、私はもう一度夫との思い出に浸りながら、優しい気持ちになれました。皆さんの温かいメッセージにも本当に感謝しています。」美咲はその手紙を読んで微笑み、ラジオパーソナリティとしての仕事の意義を改めて感じた。


夜の放送で、美咲はリスナーに向けて語りかけた。「皆さん、いつも番組を聴いてくださってありがとうございます。私たちの声が、誰かの心に届き、少しでも元気を与えられることを願っています。」


そして美咲は、もう一つの特別なリクエストを紹介した。「さて、今日はもう一つ、特別なリクエストをお届けします。こちらは、門司港に住むリスナーの氷室さんからのリクエストです。氷室さんは、毎晩この番組を聴きながら眠りにつくそうです。彼がリクエストしてくれた曲を、皆さんと一緒に聴いて、今日の放送を締めくくりたいと思います。」


美咲は曲を紹介し、氷室さんがリクエストした「井上陽水」の「少年時代」が流れた。曲が流れる中、美咲はスタジオの灯りを少し落とし、静かにリスナーに語りかけた。「それでは皆さん、今日も素敵な夜をお過ごしください。また明日、お会いしましょう。おやすみなさい。」


その夜も、門司港の街には美咲の優しい声が響き渡り、人々の心を温かく包み込んでいった。


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その後も美咲の放送は続き、多くのリスナーが彼女の声に癒され、元気をもらっていた。美咲にとって、リスナーの声に耳を傾け、その思いに寄り添うことが何よりも大切な仕事だった。彼女の声は、まるで優しい灯火のように、リスナーたちの心を照らし続けた。


毎晩23時、門司港の静かな夜に、美咲の声が響く。その声は、関門海峡の灯りとともに、リスナーたちの心に温かく届いていった。美咲の放送は、ただのラジオ番組ではなかった。それは、人々の心に寄り添い、希望と癒しを届ける小さな灯火のような存在だった。


絹代さんもまた、美咲の放送を聴き続け、亡き夫との思い出を大切にしながら、日々を過ごしていた。彼女の心には、美咲の優しい声とリスナーたちの温かい言葉が、いつまでも残り続けていた。

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