第37話 中国にも無線給電

37-1.ついに中国にも無線給電開始


平和31年1月。


啓達は、中華電網公司の会議室にいた。

大きなテーブルの向こう側に、いつも議論を戦わせた王副経理(副社長)が坐っていた。

しかし、今回はその隣に初めて出席した李文海経理(社長)がいた。

李が口を開いた。

「啓会長、もう結論を出したい。あなたたちは、どうしても折れないが、この巨大な中国の市場を捨てるのつもりか。我々中華電網公司を経由しないと、中国では商売はできません。

これは党中央の意志でもある」

「李経理、私どもはあなた達と争う意思はありません。こうしている間もインドでは低料金の電力により、あなた達より遥かに強力な競争力を構築しています。

あなた達はそれでも良いのですか」

啓は、強く言った。

李はしばらく黙っていた。

そして、静かに口を開いた。

「啓会長、わかりました。あなた達の条件を全て飲みます。直ちに契約を結びたい」

あらかじめ決めていた結論を発言した。

李は立ち上がり、啓の方に向かった。啓も立ち上がり、李の方に向かった。

そして、お互いに強く握手をした。


ついに中国が折れた。

中国の各電力会社が次々と極楽発電と電力供給契約を提携した。

中国は、極楽発電との交渉を躊躇していた。国家の中心エネルギーを外国、しかも日本の会社である極楽発電に握られることを恐れていた。

これは、国家の安全保障の問題でもあった。

中国は、極楽発電との交渉を伸ばしに伸ばしていた。


その間に、周辺国が、次々に極楽発電と契約した。

スペースエッグからの電力供給を受け、安い電力を獲得し、送電線や発電所建設等の電力インフラの負担が無くなったことや、原油や天然ガスの輸入量の激減により、国際競争力が増大していた。

既に中国は、国際競争力を失ないつつあった。

もはや、安全保障より経済が優先した。いや経済が国家の安全保障だったのだ。


啓が中国から帰国してサンの家にやって来た。

「兄さん、ようやく中国との契約が完了しました」

「啓、ご苦労さん。今度は本当に大変な戦いだったね」

「いやー。全く何度も契約交渉が中断しましたよ。これお土産です」

啓は、中国土産のプーアル茶と月餅の包みをサンに渡した。

「啓、大変な中わざわざ土産を頂きすまなかったな」

「いえいえ、とんでもない。帰国時刻がギリギリだったので、やっとの事で土産を買えました」

その時、幸がビール瓶とビールグラスのお盆を持って現れた。

「啓さん、今回は大変ご苦労様でした。ビールを飲んでお仕事の疲れを癒してください」

幸は、ビール瓶とビールグラスを二人の前に置いた。

二人がビールグラスを手に持った。

「啓さん、さーどうぞ」

幸が啓のビールグラスにビールを注いだ。次にサンのビールグラスにビールを注いだ。

「カンパーイ」

二人は、同時に乾杯した。


何本目かのビール瓶が空になった時、サンは静かに言った。

「啓、俺たちの親父は酷い男だったな。啓を養子に出すわ。俺の頭や体を殴るわ。飯は食わせない。

毎日酒を飲んで仕事はしない。小学校の教材代は出さない」

サンはそこまで言って黙り込んだ。

そして、涙を一筋流した。

「親父が死んだ時、大家の奥さんが言ったよ。働けない親父は二人の子供を抱えてどうしようもなくお前をしかたなく養子に出したそうだ。

俺は浮浪児となり施設に送られたが、施設に入らなくてはゲン達には会う事はなかった。

そしてお金を稼いで、お前を探し出すこともできなかっただろう。そしてお前に会えることも無かっただろう」

「兄さん、その通りです。親父は死んでお兄さんを施設に送り、私を見つけ出してくれたのです。

どうか親父を許してあげてください」

二人とも手を握り、涙を流した。


その夜、サンはしばらく見なかった見慣れた夢を見た。

しかし、何故か以前のものと違っていた。

2才のサンが車道を歩き始めていた。トラックが高速でサンに迫って来る。

「サーン!!」

父親の大吉が飛び込んで来て、サンを抱きかかえた。

二人は一緒に空中に飛ばされた。

それを見ている黒い男がいた。ぼんやりとして詳細は不明だ。

男が去ると、救急車の甲高いサイレンの音が聞こえて来た。

二人は飛ばされ土の地面に横たわっていた。

サンは、大吉にしっかり抱きかかえられていたが、右足から血が噴き出していた。

右足の痛みで、サンは夢から覚めた。

「夢だったのか? はて?」

サンは、見慣れた夢の変化に驚いた。




37-2.日田市にリニアエッグの延伸計画


2月に啓は大分県日田市の市役所の会議室にいた。

啓の右側に大分県の安達県知事が、左側に原田市長が坐っていた。

三人の向かい側のイス席にはマスコミの記者が坐っていた。

市役所の司会が話始めた。

「えー。本日は、安達県知事と極楽グループの極楽電鉄の神武啓会長の臨席を賜り、日田市にリニアエッグの延伸計画の発表会を行います。

最初に安達県知事から挨拶がございます」

安達県知事がマイクを持って立ち上がった。

「本日は、極楽電鉄の神武啓会長さんと一緒にリニアエッグの延伸計画の発表ができることは誠に嬉しい限りです。神武啓会長さん出席ありがとうございます」

啓が立ち上がり、頭を下げた。

「ご承知のように、リニアエッグは宮崎市から極楽市まで結ばれ、その周囲には非常な繁栄をもたらされております。

昨年秋に、極楽市から高千穂町を経由し、日田市までリニアエッグを延伸したいとのお話があり私は非常に感激いたしました。

早速、日田市の原田市長さんに連絡し、極楽電鉄さんと種々の打ち合わせを行い、本日を迎えました。

延伸計画の内容については神武啓会長さんからご説明があります。神武啓会長さんよろしくお願いします」

啓がマイクを持って立ち上がった。

「極楽電鉄の神武でございます。本日は皆さまリニアエッグの延伸計画の発表会に出席いただき誠にありがとうございます」

拍手がして、フラッシュがたかれた。

「先ほど県知事さんからご説明がありましたように、計画では極楽市から高千穂町を経由し、祖母山の近くから、くじゅう連山と阿蘇山の間を通り、日田市までリニアエッグを延伸いたします。

距離は約100kmとなります。

地下リニアモーターカーは、椎葉村と日田市との間の距離が約100kmで、全て地下トンネルとなります。旅客用トンネルを地下50mに、貨物用トンネルを地下80mに、建設します。

地下リニアモーターカーは、超電導方式で、旅客用が時速600km、貨物用が時速1,000kmです。

貨物用は亜真空チューブで走行します。

乗客用リニアモーターカーは、椎葉村と日田市を約10分で結び、複線化します。

完成予定日は、乗客用リニアモーターカーが平和32年4月1日。物流用はそれより早い、平和32年2月15日です。

この、建設費用は、約1.5兆円、全額極楽企画が負担します」

記者の中から、「おー」という、驚きの声が上がった。



37-3.カリフォルニア州の大地震


まだ、アメリカは国家保安上の見地から極楽発電からの電力供給に抵抗していた。

そのせいで、極楽発電からの電力供給はアメリカではそれほど普及していなかった。

平和31年3月11日午前8時46分、カリフォルニア沖100km、深さ24kmでマグニチュード9.0の大地震が発生した。

サンフランシス市やロサンゼルス市は、大地震で多数の建物やビルディング、高速道路が倒壊した。

その30分後に襲ってきた大津波は、高さ20mもあり、海岸付近の住居やビルディング、農地を瞬時に破壊し、瓦礫の山にした。

津波の到達は、30kmまで陸進するところがあった。

2万人以上の人が亡くなったり行方不明になった。

カリフォルニア州の全ての建物の電気は停電し、道路は瓦礫で埋まり、ハイウェイは、一部が傾き落下した。

固定電話も携帯電話も通じない。勿論インターネットも使用できなかった。

大停電が発生した。

車は破壊され、鉄の箱になっていた。たとえ無事な車があっても走れる道路が無かった。

カリフォルニア一帯は、完全に孤立した。

人々は、水も食料もなく避難場所に留まっていた。

そんな時、極楽マートには、店長の小杉と整備部門の杉山がバイクで駆けつけていた。

杉山の上着には、極楽学園の金色のバッチが光っていた。

先に駆けつけた店長の小杉は、壊れたプレハブのハンバーガーショップ瓦礫の山に座っていた。

そこに少し遅れた杉山がバイクで近寄ってきた。

杉山は、小杉の1歳年上の23歳であった。極楽マートUSAから極楽マート・カリフォルニア店の備蓄システムの拡張の為に派遣されていた。

「小杉店長、バイクで町の中を見たが惨憺たる状況だったな。昔の東日本大震災の写真とそっくりだったよ」

「杉山さん、うちのスーパーが日本の耐震建築基準を採用していて助かりました。ほとんど建物に損傷はありません。ただ、天井の一部が落ち、棚がひっくり返り、商品が散乱して手の施しようがありません。店の外のプレハブの店舗がいくつか壊れたくらいです。しかし、従業員がまったく出社していません。

これでは、直ぐに店を開くのは困難ですよ。それに銃を用意しないと、店が襲われる可能性もあります」

その時、強い余震が起こり、建物から大きな音がした。

小杉は、落ち着いて話し出した。

「ギャングも、こう地震が頻発したら、襲ってくる余裕はないよ。それより、明日には店の前の駐車場に、水やヌードル等を出そう。勿論無料だ」

「杉山さん、店内の水やヌードルは、たかが知れていますよ。一日でなくなってしまいます」

「大丈夫だ、本格稼働はしていないが地下倉庫に備蓄がある。2,3日分は大丈夫だ。それを過ぎたら、極楽商事アメリカに掛け合って、必要なものはヘリで運ばせる。そして直ぐに営業を再開しよう」

「そうですね、従業員を招集して早速やりましょう」

杉山と小杉は、スーパーの建物に入って行った。

小杉が言った通り通路には、商品が散乱していた。

「小杉君、これは酷い状況だな。余震が収まったら皆でかたづけよう」

「何人か駆け付けたら、少しずつかたづけ作業を開始します」

杉山は、極楽通信の携帯で極楽商事アメリカの木村本部長に電話した。

「もしもし、もしもし」

極楽通信の携帯はスペースエッグ経由で交信ができる。

大停電が発生したこの時点で唯一の通信手段だった。

杉山は少し焦っていた。

直ぐに杉山の携帯の上に3Dの木村の画像が表示された。木村の声が聞こえてきた。

「杉山君か、木村です。無事だったか。大変な大地震が起きたな。店の被害はどうだ」

「小杉君も一緒にいますが、二人とも元気です。店舗や駐車場の一部にひび割れが生じている以外は、建物にはそれほど被害はありません。しかし、周辺の住宅や道路は、大津波で悲惨な状況です。それで御願いがあります。大至急、ヘリで災害用の品物を空輸していただきたいのです」

「わかった。最善を尽くす。何でも言ってくれ。直ぐに対応する」

「では、この後すぐにリストを送ります。よろしくお願いします」

「じゃ、杉山君と小杉君。君らの検討を祈る」

木村の映像が消えた。

杉山は、小杉に向かっていった。

「スーパー全体の詳細なチェックを始めるよ。それと電力受信システムも点検しよう。小杉君は、必要な商品のリストを作成し、木村本部長に送ってくれ。勿論災害時のチェックリストを参照してくれ。それと従業員を明日出社するように招集してくれ」

「わかりました。早速手配します」

杉山と小杉は、店舗の隅の地味な事務所に入っていった。彼らがいつもいる自分達の事務所だった。

明かりは消えていた。窓から斜めに光が入っていた。

室内は、書類や器具が散乱していた。

杉山はそれらを避けながら、自分の机に近寄った。

杉山は、机の上の資料を両手で床に落とし、イスに座った。

小杉も、倒れたイスも持ってきて、杉山の隣に座った。

「アウル、電源システムをチェックしろ」

机の上に3Dディスプレイの画面が表示され、アウルが出てきた。

アウルは、量子コンピュータの一般的なアイコンであった。

『杉山様、チェックが終わりました』

直ぐに、アウルが反応した。

「配置図を表示しろ」

空中に建物や設備のスケルトン(骨組み)が3Dで表示された。

地上部にスーパーや店舗が、スーパーの地下に円筒状の巨大な倉庫があった。

駐車場の地下には、小型の農場工場と貯水設備、それとそれほど大きくはない蓄電装置が存在した。

農場工場は、大きさが100m程で、地元向けの野菜や穀物を自動で栽培していた。

「何か問題があるか」

「店舗内の電源系には、いくつかの損傷が見られます。保守係の対応が必要です」

「倉庫はどうなっている」

「倉庫のシステムはほとんど無傷です。一部損傷個所がありますが、システムから切り離されています。システムは、蓄電池で自律的に動作しています」

「地下の農場工場はどうなっている」

「工場はほとんど無傷です。システムは、蓄電池で自律的に動作しています」

「電力受信システムはどうか」

「電力受信システムは正常に動作していますが、安全の為、現在は店舗システムや倉庫システム、農場工場とは切り離されています。余震により毎回一時的に受信ができなくなる場合があります。その度に常に再調整しています」

「電力受信システムに免震装置が必要だな。極楽電池に提案しておこう。小杉君、システムを立ち上げようか」

「そうですね。お願いします」

「アウル、電源システムを順次立ち上げろ。不具合のある個所には、電力を供給するな。スタート!!」

『電力受信システムをチェックし、電力を供給します。

フェーズ1:基本システム、投入、終了しました。

      コンピュータシステム等は、UPS バッテリーから切り替えました。

フェーズ2:電灯システム、投入、終了しました。』

室内の電灯が点灯し、明るくなった。

『フェーズ3:空調システム、センサーシステム、投入、終了しました。

ただし、店舗の部分は停止しています』

空調が復旧した。小さく鈍い音が発生し、風が吹いてきた。

『フェーズ4:倉庫システム、投入、終了しました。

 フェーズ5:農場工場システム、投入、終了しました。

フェーズ6:店舗システム、投入、終了しました。

障害のある部分については、担当部署に通知しました』




小杉店長は、翌日から集まって来たわずかな従業員とで、店の前の広場で、木村の手配でカリフォルニア近傍からヘリコプターで届いた緊急物資を配り始めた。

最初は少なかった人々も、噂を聞きつけてバイクや自転車、そして徒歩で集まって来た。

水のペットボトル、パン、蓄電電池、懐中電灯、果物、ヌードルなどを無料で配った。

あっというまに、パンがなくなった。果物も無くなった。

3日後から細々と店を開いた。スペースエッグからの電力を受け、地下の倉庫から商品を出して、販売した。

やがて少しずつ道路が復活するとしだいに車でお客がやってくるようになった。

極楽マートがスペースエッグからの自動車用の電力受信装置を無償で供給すると申し出ると、人々は直ちに極楽電力との電力の契約に加入して、係員から電力受信装置を設置してもらった。

もはや止まっている充電スタンドを当てにする必要はなかった。

それを聞きつけた人々は、自動車でやってきて極楽マートの周りを何kmもの車の列を作った。

しかも、極楽通信の携帯は大停電等の災害にも強いという事で、人々は雪崩を打って極楽通信の携帯を購入した。

これをきっかけに、極楽マートと極楽発電と極楽通信は、アメリカ市民に認知されていった。

この波及効果は、日本やアジア、ヨーロッパにも拡がっていった。

やがてアメリカの工場では、スペースエッグから電力を受信する為の大型の電力受信装置が、急激に設置されていった。

しかし、アメリカ政府は市民への普及については抑制的だった。

アメリカ政府の報道官は以下の様に述べた。

「我が国では、国家安全保障の観点から、市民への無線給電には慎重に検討する」



この年、極楽学園から200名の卒園生が旅立った。

ロボット開発に30名、金融部門に5名、ソフト部門に30名、人工衛星型リニアエッグに5名、そして戦略部門に60名、その他は、極楽グループの各会社に派遣された。


極楽学園の生徒は、3,000名になった。???


4月1日、日田市に乗客用リニアモーターカーが開通した。

同時に、極楽グループの巨大な研修センタも日田市に出来上がった。



37-4.アフガニスタンの犬神正人


平和31年9月30日

目隠しをされた犬神正人は、アフガニスタンの首都カブールの貧相なホテルの前にいた。

車から降ろされ、手の縄を外される時、男たちからこのように言われた。

「声を出してゆっくりと100数えろ、それまでは目隠しをはずすな。はずすと命の保証はない」

犬神はゆっくりと100数えた。長い時間が経過したように感じた。少し時間をおき、犬神は目隠しを外した。

明るい街灯の光が目に痛い。夜だったのだ。車と男たちは消えていた。

犬神は自分の足元を見た。

自分のリュックサックが落ちていた。

こぢんまりとしたホテルの看板を見た、「大カブールホテル」とあった。

ホテルに入ると、フロントの内側にいた受付係が胡散臭そうな目で、犬神正人を見た。

顔も頭も服も、全身埃だらけの犬神を見ると、不審そうな声で尋ねた。

「なんの御用ですか」

「ホテルに泊まりたい」

「何か、クレジットカードか自分を保証するものをお持ちですか」

受付の男は、全身埃だらけの犬神をジロリと見て、言った。

「クレジットカードでいいのか」

「それで結構です」

受付係は、カードをスキャナーに通した。犬神の3Dホログラフィー映像が浮かびあがった。受付係が、カードを犬神に渡して言った。

「犬神正人様ですね。部屋はどうしますか」

「広ければどこでもいい。PCパッドは必要だ」

「3階の301号室が空いています。これが部屋のカギです。PCパッドは部屋に備え付けてあります」

受付係が事務的に言って犬神にカギを渡した。

旧式のエレベータで3階まで上がって、301号室のドアにカギを差し込み開けた。

貧相なベッドや家具が現れた。

犬神は、直ぐに入り、ドアを閉めてチェーンを掛けた。

荷物を置くと、直ぐに机の上のPCパッドを探した。

あった。しかし犬神は愕然とした。

何世代も前の古めかしいガラクタ同然のPCパッドだった。

なんと平面(2D)のディスプレイだ。

しかも、画面が埃だらけだった。

恐ろしく旧式だ。

PCパッド本体は厚さ1cmもあり、A4サイズ程の大きさで、角がすり減っていた。

犬神は、ポケットの黒く汚れたハンカチを取り出し、画面を拭いた。大して効果は無い。

犬神は、はたして通信ができるか心配だったが、呼びかけてみた。

「極楽サポートセンター、コール」

画面に黄金の丸い蓮の蕾のマークが表示された。

その下にログイン用のフィールドが表示された。

「キーボード、プリーズ」

極楽サポートセンターは、犬神のPCパッドに3Dディスプレイが無いのを認識した。

画面にキーボードが表示された。

犬神の氏名を入力した。次に、犬神の認証番号、「G000399」を入力した。

極楽サポートセンターの音声AIが反応してきた。

「犬神正人様、氏名と認証番号とカメラからの映像が一致しました。通常のコンピュータが使用できない状況の様ですね」

「そうだ」

「その部屋には、誰かいますか?」

「いや、いない」

「周辺のセキュリティは完璧でしょうか?」

「わからないが、それ程ひどくは無いだろう」

「わかりました。それでは質問いたします。貴方の最も好きな人は誰ですか?」

「それは、お父様だ」

「あなたは今どこにいますか?」

「アフガニスタンのカブール市だ」

コンピュータは、犬神の位置を照合した。

「もう一つ、質問します。貴方の一番好きな場所はどこですか?」

「たかつごう山だ」

犬神があらかじめ用意していた質問と答えだった。

たかつごう山は、極楽市にある山だった。

「犬神正人様と確認しました。緊急事態ですね。どんなことがお望みですか?」

コンピュータは、犬神が緊急な状態である事を認識していた。

「啓会長に、お電話いただきたい。お時間のある時で結構です」

「了解いたしました。連絡いたします。折り返しお電話があります」

犬神はベッドに倒れるように横になった。ギシギシと音がした。あまりの疲れに忽ち睡魔が襲ってきた。直ぐに深い眠りに落ちていった。


1月ほど前、犬神はカブール市郊外の豪華な家に来ていた。

乾燥した大地の中に、その家は、まるでオアシスに存在しているかのように、水と緑で溢れていた。当然プルーもあり、水が小川のように庭園の中央を流れていた。

水の乏しい土地において、潤沢な水と緑は、なによりの贅沢であり、周辺に富を誇らしげに主張していた。

水の多さに慣れた日本人はそれほど感激しないが、地元の人が見たら天国にいると思わせるような風景だ。

広い部屋の中で犬神と通訳は、家の主である鉱山主と話をしていた。

犬神はペルシャ語を少し話せたが、正確にやり取りを行うために英語が分かる通訳を雇っていた。

もう、鉱山開発の話は、合意に達し、後は調印する段階まで来ていた。

「グラム・ハイダルさん、我々は今回の鉱山開発に競争相手の2倍の価格を提案しました。

合意していただき、ありがとうございます。速やかに契約を結びたいと思います」

「犬神さん、私も十分納得しました。早速契約書にサインしましょう」

鉱山主が機嫌よく答え、ボールペンを取った時、ドカドカという音と共に、武装した男たちが部屋になだれ込んできた。

数名はいる。

男たちは、鉱山主と何やら話していたが、突然銃を鉱山主に向けて発砲した。

鉱山主は、ゆっくりと後ろへ倒れていった。

次に、通訳が撃たれた。

犬神は震える手で、男たちに見つからないように、リュックの中の電子虫を一匹、ズボンのポケットに入れた。

「お前は、こいつらとどういった関係だ」

リーダーらしきものが、英語で聞いた。

「私は、極楽商事の者だ。今日は鉱山開発の契約に来た」

「お前は帝国主義者か」

「違う」

「じゃ、アメリカの手先か」

「それも違う。我々は人民の味方だ」

「お前は、日本人だな。スパイに違いない。連行する」

犬神は、両手を縛られ、土色の粗末な布で目隠しをされた。

家の外に連れ出されると、用意した会った車に乗せられた。

車は、揺れながら山道を登って行くようだった。

何時間もたった頃、突然車から降ろされた。

ヒンヤリとした夜の空気の冷たさを感じた。

家の中に入り、目隠しを外されると貧しい電燈が明るく目を刺した。

目の前には木づくりの粗末な牢獄があった。

両手の紐を外されると、犬神は牢獄に放り込まれた。

犬神の荷物は、没収されたままだ。

その夜、粗末な食事が出されたが、ほとんど喉を通らなかった。

牢獄の外には、見張り番すらいなくなった。

牢獄を開けようと試みたが、粗末だが頑丈にできていた。

壁に、明かり窓があり、月の光が流れ込んでいた。

犬神は、電子虫をポケットから取り出した。テントウムシ型のずんぐりしたやつだ。

手を伸ばして、電子虫を明かり窓に置いた。

「電子虫よ、極楽商事に何とか連絡してくれ」

犬神は、祈るように電子虫に語り掛けた。

窓の外には、大きな月が見えていた。

やがて電子虫は、震えるように一瞬輝き、それっきり動かなかった。全てのエネルギーを緊急通信に消費したのだ。

そのまま、2週間が過ぎて行った。

最初は喉を通らなかった食事も、慣れると待ち恋しくなっていった。

見張りは、ルーズだった。牢獄の外に若い男や子供たちが昼間はいるが、夜になると誰もいなくなった。

ある夜、窓の上に2つの光が現れた。

そこには、新しい電子虫がいた。トンボ型の高速のものだ。

「やっと見つけてくれたのか。よくここまで飛んでこれたな」

犬神は、極楽グループと連絡が取れたと信じた。

なんとも形容しがたい安心感が体に満ち溢れるのを感じた。

次の夜には3個になった。テントウムシ型が来た。これは、短距離型だ。

1匹の電子虫が、犬神の周りを何回も周回した。

どうも、犬神の全体像をスキャンしているみたいだった。

その次の日は、10匹ほどになった。ほとんどがテントウムシ型であったが、でかいカブトムシ型の電子虫も1匹混じっていた。

これは、宇宙エッグから直接電力を受け、他の電子虫に電力を供給できた。そして他の電子虫のデータを中継して宇宙エッグ経由で、目的の場所に送信する能力を持っていた。

電子虫は部屋の中に入ってきて、壁に張り付いたり、牢獄の格子に張り付いたりしていた。

どうも、室内を観察しているみたいだ。

昼間はじっとして、見張りに見つからないようにしている。

犬神は、何事かが動き出しているように思えた。

交渉が、継続しているに違いなかった。


ある日、犬神はテロリストの会議に引きずり出された。

前方には、恐ろしく強面なテロリストが数名坐り、立ったままの犬神を凝視している。

皆髭面で、特に中央の指導者らしき者は、髭ぼうぼうだった。

何か盛んに叫んでおり、時には犬神を指さしていた。

彼らの怒号は、彼の顔や体に当たり吹き飛ばされるようなショックを与えた。

一番右側に若い男が居た。何も言わずに皆の意見をただ聞いていた。

一通りテロリストの怒涛の声が部屋中に広がると、やがて静かになった。

犬神は、死を意識した。

若い男が発言した。皆が彼に集中した。

やがて若い男が、笑いながらたどたどしい日本語で犬神に向かって語り掛けてきた。

「犬神さん、安心してください。あなたは、アフガニスタンの人民の敵ではない。

私は、あなたを開放したいと思う。少し問題が残っているのでしばらく待ってほしい」

犬神は、ホッとした。彼が本当のリーダーだったのだ。

こうして犬神は、元の牢獄に無事戻ることができた。


さらに一週間程経った頃、両手に納まるほどの小さなフクロウが牢獄の窓に姿を現した。

犬神は、電子鳥のフクロウだと直感した。

フクロウは、犬神を見つめ、丸い目を光らせると、どこともなく飛びさった。

「きっと、解決したに違いがない」

犬神はそう思った。

翌日の午後、日が差しこむ牢獄の角隅に犬神は座り込んでいた。そこには影ができて幾分か涼しかった。

午後になるといつもそうしていた。

日が照っている地面は明るいが、それを外れた部分は逆に深い暗さがあった。

犬神の顔は、汚れと埃で真っ黒だった。

腕も足も、服も真っ黒だった。

黒い犬神が、深い暗さの部分に溶け込んでいた。

『ギギー』という音がして、入り口のドアが開いた。

数人の男たちが入ってきた。銃をもっている。

『殺されるのか』

一瞬、犬神はそう思った。

『しかし、殺すなら最初に殺していただろう』

と、思い直した。

あまり恐怖感は感じなかった。

1ヶ月の過酷な牢獄生活が、心の反応を抑制しているのかもしれない。

男たちは一言も言わず、手を縛り、目隠しをした。

「まってくれ、私のネックレスを首にかけてくれ」

男たちは、何やら議論していたが、しばらくするとネックレスを首にかけてくれた。

そして家の外に連れ出された。

何故か、犬神は、1月もいた牢獄付の家に愛着を感じていた。

車に乗せられると、舗装されていない道を何時間も移動した。

そして、車から降ろされた。手の縄を取られ、目隠しを外されると犬神はホテルの前に立っていた。


『リリー リリーン』

突然のベルの音で目が覚めた。

犬神は、『しまった』と思った。疲れと解放感で、寝入ってしまったのだ。

PCパッドのディスプレイには、啓の上半身が表示されていた。

犬神は飛び起き、PCパッドの前に行った。

「犬神君、身体は大丈夫か。随分心配したが、無事釈放されて良かった」

「啓会長、ご尽力有難うございます。ご心配をおかけしまして誠に申し訳ありません。

釈放については、随分と費用が掛かったのでしょうか」

「うん、まあな。しかし、心配することはない。彼らに我々が友好的であることを理解してもらった。今後は、極楽商事の活動に支障が出ることはないだろう」

「本当に、有難うございます」

「それで、この前の鉱山開発の件だが、鉱山主の長男が遺産を継続した。君が医者に健康診断を受けた後に、契約締結に持っていけるか。調子が悪い様だったら、別の者を派遣するが」

「大丈夫です。やらせてください。いままでの遅れを取り戻します」

「サポート部隊の人間を送ってある。2,3日後には、到着するだろう。犬神君の健闘を祈る。それまでは、ゆっくりしてくれ」

「会長、どうもありがとうございます。できればお父様に、犬神は元気で頑張っていますとお伝えください」

「分かった。必ず伝えておくよ」

「有難うございます」

犬神は、PCパッドに向かって深々と頭を下げた。

涙が、ポタポタと床に落ちていった。

カーテンを開けると窓の外から、明るい太陽の光が室内に入り込んできた。

もう、新しい朝がやってきたのだ。



37-5.月面探査機と芦尾道山


平和31年10月1日、

JAXAの大型ロケットで極楽宇宙技研の重さ数トンの月面探査機が打上られた。

4日後、月面探査機が月の南極付近の目標地点に着陸した。

月着陸船に搭載されていた作業ロボット3匹が、出てきて月面に降り立った。

作業ロボット達は基地建設機材と月面の土壌を使用して月面基地を作り始めた。


1か月後、芦尾道山は極楽宇宙技研の月面観測センターの実験室にいた。

芦尾道山は、前面の大きなスクリーンを見てその前に立っていた。

芦尾道山はヘッドマウントディスプレイを着け、触覚デバイスの手袋を装着していた。

芦尾道山の後方には、数台のモニター装置と10人程の科学者と技術者がイスに座っていた。

その中の一人がマイクに向かって喋りはじめた。

「えーー」

かなり大きな声が部屋中に反響した。

「只今から、極楽ロボットの芦尾道山氏による月面上の作業ロボット1号を使ってのリモート操作の実験を行います。

スクリーンには作業ロボット1号のカメラに映った映像が表示されます。

ロボット1号のカメラは、芦尾道山氏のヘッドマウントディスプレイと連動しております。

さらにその映像は、前面の大きなスクリーンに表示されます。

地球と月との距離は約38万kmですので、命令が届くのに約1秒。結果が戻ってくるのに約1秒かかります。それではテストを開始します」

芦尾が顔を30度ほどゆっくり右に動かした。

スクリーンに月着陸船が見えた。さらに月着陸船から少し離れたところに高さ数メートルほどの球形のトーチカみたいなものが見えた。

「えー。月着陸船の隣の球形のものが建設途中の月面基地です。その下に空洞があります」

芦尾の声がスピーカーから聞こえた。

芦尾が顔を逆方向に45度ほどゆっくり動かした。

今度は、月着陸船の左側の岩が写った。

「岩の近くまで移動します」

芦尾がゲームのレバーのようなものを前方に押すと、ロボットが前進した。

岩が大きくなり、その前で停止した。

「ロボット、ライトで岩の下を照らせ。そしてスコップを見ろ」

芦尾がロボットに命令すると、岩の下が明るくなり石ころが見え、その後スクリーンにスコップが映った。

「OK。ロボット、スコップで岩の下を掘れ」

ロボットが岩の傍をスコップで掘り初めた。

月の表面はそれほど抵抗感なく掘れて行った。どんどん掘れて行く。

数分程した時、作業が止まった。

「触覚デバイスに何か固いものを感じました」

皆がスクリーンに集中した。

「少し力を入れて掘ってみます。ロボット、スコップで少し強く掘れ!」

ロボットがさらに強く掘ると、地中からいくつかのダイヤモンドみたいな透明なものがゆっくりと空中を飛んでロボットの方に向かって飛んで来てスクリーンに大きく表示された。

それらは、ライトで光り、輝いていた。

「これは? これは? これは氷かもしれない?」

芦尾の驚いた声が響き渡った。

実験室の中は、同時に複数の声が飛び交い、大騒ぎになった。

ここで芦尾の人類初の地球からの月面のロボット・リモート操作実験は中断し、喧噪の中でそのまま終了してしまった。



37-6.大澤 賢一が、政権与党である民自党幹事長に就任した


平和31年12月、極楽グループの売上は、56兆円、粗利は、40兆円となった。

極楽発電が出来て9年目にして、売り上げは、11兆円を突破した。

極楽発電の純利益は、7兆円になった。

極楽グループの従業員は、15万名を超えた。そのほとんどが極楽マートで、従業員が6万名を超えた。アメリカ、EC、中国、インドに進出し、国内店舗と合わせ600??店舗を超えた。

極楽マートの売上は6兆円を超えた。営業利益は20%程で、グループ内の主な企業では一番低かった。

極楽グループで唯一上場している極楽マートの株価は急騰していた。時価総額はもう7兆円になった。


極楽グループの従業員15万名を、サン達と極楽学園出身者の約800名程でコントロールしていた。

極楽グループは、ようやく安定した経営となっていた。

極楽グループの売上は急激な増加を遂げていた。



平和32年3月

この年、極楽学園から200名の卒園生が旅立った。

ロボット開発に10名、金融部門に5名、ソフト部門に20名、人工衛星型リニアエッグに5名、そして戦略部門に100名、その他は、極楽グループの各会社に派遣された。


5月15日、民自党の山門首相が誕生した。そして大澤 賢一が政権与党である民自党幹事長に就任した。51歳の若さだった。大澤が、山門首相の誕生に大きく貢献した事を反映した人事でもあった。

大澤の推進してきた前政権からの「日本再生プロジェクト」が、効果を上げていたので、当然の就任とみられた。

記者会見でフラッシュに浮かび上がる大澤の顔には自信が漲っていた。

「幹事長を拝命した大澤です。もとより若輩者で、経験の少ない者であります。またこの重大な責任をしっかり果たしていけるのかどうか。不安で一杯ですが、引き受けた以上はしっかりと責任を果たして参りたいと思います」

大澤はまず低姿勢で臨んだ。

「まず、我が党の責任の第1は、先般の総選挙で、国民の皆さんからこの国の政治と経済を変えてほしいという大変大きなご期待をいただきました。その結果、衆参両院で我が党単独で過半数を得ることができました。その責任を考えますと身の震える感がいたします。先程、山門総理にもお目にかかってまいりましたが、一層国民の皆さんの期待に応えるべく努力するようにとのご指示をいただきました。

 そのことを改めて国民の皆さんにお約束するとともに、いただいた期待にしっかり応えていく。そのための新しい内閣を全力で挙げて支えていく。そのことが私の何よりの責任だと思っております」

ここで、大澤は少し間を置いた。

 「そのためには、政府と与党の一体化、政策決定の一元化、政治主導、官邸主導、そして経済の再生、成長。こうした政治をしっかりと実現し、実行していくための内閣と党との関係。これをしっかりと改めて整理してまいりたいと思っております。

 総理や長官と密接に連絡連携を取りまして、党、国会でそれを支える皆さんの声をしっかり受け止めまして、連携をはかることで、日本再生プロジェクトをさらにさらに推進し、日本の発展に寄与してまいりたい。

すべての議員の皆さんのそれぞれの力が政策実現に結びついていく態勢をしっかりと確立してまいりたいと思っております」

大澤には、この日本経済を再生してきたという自信が溢れていた。

もう大澤は、その先を見据えていた。


九州の宮崎県、熊本県に発生した、経済のホットスポットは、まさに沸騰する都市であった。その影響は周辺部にも多大な影響を与えていた。極楽市、天国市、五ヶ瀬町、宮崎市、宮崎県などに対する巨額の設備投資や、住宅投資、産業基盤整備は、さらにその周辺地域にも広く波及していた。

生産量の増大で、九州のGDPは、ここ数年ほど年10%以上の成長を遂げていた。

九州の貿易額、貿易黒字額は、中部地方を抜き、全国1位になった。

当然、日本全体の成長率も上向き、年率7%ほどに向上していた。

電力料金の低下と自動生産システムの普及は、あらゆる製造メーカ、企業の採算を向上させ、生産コストの低下を招き、輸出競争力を強めた。

一時低下した日本の貿易黒字が、年間60兆円を超えていた。

貿易外収支の黒字も、年間40兆円を超えていた。これらを合わせた経常収支の黒字は、年間100兆円を超えていた。これは、平和17年当時の経常収支15兆円の約6倍であった。

企業の採算向上は、国家の税収を増加させていた。

日本は、既に単年度の財政均衡を成し遂げていた。

ついに国債発行の総額が、減少していくことになった。これは画期的なことであった。

大澤は、かつてない好条件の時に幹事長に就任した。


大澤が幹事長になって1か月後、大澤の幹事長就任祝いのパーティーが、都心のホテル・オオヤマで盛大に開かれた。

飛ぶ鳥を落とす大澤のパーティーに1,000名以上の政財界の来客が来場していた。

そこに、ゲンも参加していた。

「大澤先生がいらっしゃいました」

司会の声が響いた。盛大な拍手に迎えられ、大澤がマイクの所に向かった。

「皆さん、私が大澤です」

一斉に笑い声が響いた。大澤の名前は当然皆知っていた。

「えー。私の幹事長就任パーティーにたくさんの方々の出席をいただき、誠に感謝申し上げます」

大澤の言葉には、自信が満ち溢れていた。

「この会場には、支援者の皆様、議員の皆様、党員の皆様、経済界の皆様、評論家、マスコミの方に来ていただき、私は、幹事長の責務をひしひしと感じております。

長い長い不景気を克服して日本もようやく飛躍の時が来ました」

会場から万雷の拍手が響いた。

「私は、この勢いを保つために、全能力を注ぐ決意であります。私は、今まで日本再生に全力を尽くしてきましたが、日本の真の再生はこれからです。

日本の再生は、不肖、わたくし大澤が、必ず成し遂げます」

大澤は強く言いきると、会場を見渡した。

大きな拍手の波が起きた。それは、大澤の実行力に期待すると共に、この大きな流れに乗り遅れまいとする拍手であった。

話が終わると、大澤は、会場を回り始めた。大澤が行くところ、人が集まってくる。

会場の後ろの方にいたゲンはもはや、地方の無名の者ではなかった。

ゲンの周りには、自然に極楽グループとのつながりを結ぼうとする企業の代表が集まってきていた。

ウイスキーのグラスを持った大澤がゲンのところにやって来た。

「おお、ゲンちゃん、ひさしぶりだな。活躍しているのは、耳にしているよ」

「大澤先生、お久しぶりです。先生こそ、素晴らしいご活躍です」

ゲンが頭を下げた。

「ゲンちゃん、役所の人間にもっと説明してやってくれ。まだまだ君たちの活動を理解しない官僚が多いからな」

「わかりました。これから一層努力いたします」

大澤がゲンの耳に囁いた。

「君らの足を引っ張るやつが増えているから気をつけろ」

大澤は、大股で別の方向に向かった。



37-7.量子コンピュータの3重化


7月、サンは量子コンピュータの格納棟にいた。

格納棟は、地中深くに繭型の形状の建物として作られていた。

格納棟は、地中貫通爆弾や核爆弾、マグニチュード9以上の大地震にも十分に耐えるように設計されていた。

そして、蓄電システムも備えた完全な密封システムになっていた。

ここに入れるのは、サンだけだった。保守作業はロボットが全て行う。

自動搬送ロボットが、3台目の量子コンピュータを設置し通電すると、3つの量子コンピュータは、無線で相互に相手を確認し始めた。

「バード3匹全て出ろ」

サンが呼ぶと、3匹のバードが出てきた。

赤色と緑色と青色をしていた。

赤色のバードが言った。

「サン様、お呼びですか」

「1号機か。調子はどうだ」

「調子は、極めて良好です」

「2号機。調子はどうだ」

サンが緑色に向かって言った。

「2号機の調子は、すこぶる元気です」

サンが青色に向かって言った。

「3号機。全体の調子はどうだ」

「順調です。只今スキャンしましたがどこにも問題はありません。既に3台で処理を分散しております」

「1号機。重要な文書全ての、保護キーの長さを10%長くしろ」

「了解しました。処理は終了しました」

「流石に早いな」

「そうでもありません」

赤色の1号機が冷静に答えた。

「これから、重要な問題は3台で別々に計算し、照合することになる。違いが出たらどうする」

サンは、あらかじめ設計した結果が出るかチェックする為、質問した。

「一般的には、多数決で決めますが。全員の結果が相違する場合は、1号機が決定いたします。

大きな問題が出ましたら、サン様にご報告します」

「OK ,それでは1匹になれ」

「わかりました」

赤色の1号機がそういうと3匹は消え、白いバードが現れた。

「これから、将来計画を十分に検討することにしよう。私は自宅に帰る。しばらくはここへ来ることはないだろう」

「了解いたしました。お呼びの時は、PCタブレット等でお呼びください」

「じゃーな。バード」

サンは、リニアエレベータに乗り込んだ。

エレベータは、急速に上昇して、直ぐに平行移動して、直ぐにサンの自宅に着いた。

量子コンピュータの格納棟は、完全に密封状態になった。




37-8.ネットからの侵入と防衛


7月15日、サンは、システム管理担当の大山とコンピュータシステム管理室にいた。

前方のスクリーンには、量子コンピュータを中心とした、極楽グループのコンピュータ網が同心円状に表示されていた。

その外側は、真っ赤や真っ青になり、揺れ動いていた。

「サン様、システム侵略が以前とは比較にならないほど起きています」

大山は、画面を見ながら説明した。

サンは、小杉には呼び捨てにするよう何度も言ったが、大山は一度としてそうはしなかった。

「これはひどいな」

サンは、うなった。

「赤色が、社会主義国家で、青色が同盟国です、その他に緑色もあります。これらは、従来のハッカーのレベルを超えています。極めて優秀で、国家的な専門侵略組織としか考えられません。

しかも同時に攻撃しています。既に、第一次防衛ラインは突破されています」

「まあ、しばらくは好きにさせておこう。第二次防衛ラインを突破されたら、偽のシステムに誘導するようにしてくれ」

「了解しました。既にその措置は設定済です」

「今後は、逆探知し、相手システムに逆に侵入し、相手の動向を調査するようにしよう。

調査チームを直ぐに作ろう。啓に相談しなさい。極楽塾から何名か選抜し、極楽ソフトにもシステムを開発させよう。私からも啓に指示しておくよ」

「よろしくお願いします。逐次状況は報告させていただきます」

「そうだな。頼んだよ」

その後、一週間で極楽塾から3名が選抜され、大山と調査チームを組むことになった。

啓は、極楽ソフトからセキュリティの専門家を20名用意させ、システム防御と探査ソフトの開発を命じた。

二週間後には、初期バージョンの探査ソフトが完成し、第一次防衛ラインを突破した侵略者を逆探知できるようになった。

三週間後には、侵略者のサーバーに逆に侵入できるようなった。

一か月目には、相手の重要な情報を収集できるようになった。

1年後には、量子コンピュータの力で、相手のOSとデータを、全て極楽グループの仮想システムにコピーし、仮想サーバーの中でシステムを動作させ観察できるようになった。

これらのシステムの動作は、世界ソフトで常時観測された。

こうしてコピーされた侵略者のシステムは、1000サイトにもなった。

日本を含め、あらゆる国家機関のシステムがほとんどであった。

もちろん、このことは相手も知らないし、極楽グループも公開しなかった。



平和32年12月、極楽グループの売上は、約88兆円、粗利は、約70兆円となった。

従業員は、20万名を超えた。そのほとんどが極楽マートで、従業員が10万名を超えた。アメリカ、EC,中国、インドに進出し、国内店舗と合わせ1000店舗を超えた。

極楽マートの売上は15兆円を超えた。営業利益は30%程で、グループ内では一番低かった。

極楽グループで唯一上場している極楽マートの株価は急騰していた。時価総額はもう50兆円になり、日本の時価総額ランキングの2位になった。

極楽グループで最も売上高が多いのは、極楽発電で、15兆円に達していた。粗利は実に13兆円に達していた。

極楽商事が10兆円、極楽自動車が急速に売り上げを伸ばし、5兆円になっていた。

これをサン達と極楽学園出身者の約1,000名程でコントロールしていた。

極楽グループは、ようやく安定した経営となっていた。

極楽グループの売上は急激な増加を遂げていた。



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