第26話 自動連結器とシールドマシンと西国原知事

26-1.極楽造船



6月、瀬戸内海の中堅造船会社を買収した。その会社は赤字が続き、経営に行き詰っていた。

社名を「極楽造船」に変えた。造船には何の知識もないハジメが代表権のある副会長になった。ゲンが会長に就任したが、忙しくてあまり面倒は見てくれない。社長には、生え抜きの技術者を抜擢した。

ハジメのアウルは、馬のコウタロウだった。

ハジメは、コウタロウのサポートを受けて造船関係の猛勉強をおこなった。

「極楽造船」は、従来の仕事のみでは、当面赤字は改善できない状況だった。それで、「極楽海運」からある船舶の開発を受注した。

それは、電池式船舶の開発であった。

この船は中型の蓄電池(eegg)を搭載し、スペースエッグから電力を受信し、蓄電し、その電気でスクリューを廻し、燃料供給無しに世界中を運行することができた。

また高温超電導を利用した電磁推進船で海水を噴射するウォータージェット推進方式も受注し開発を始めた。これによりスクリューや内燃機などが不要になりほぼ無音航行が可能であり、時速100kmのスピードを出すことも可能だった。

そして、どちらの船にも自動操縦で無人で航行できるソフトも搭載することにした。

これら船が、いずれ世界の海に溢れるとは、ハジメは想像もしていなかった。

これを確信していたのは、サンとゲンと、啓だけだった。


同じ月、啓がこれまた赤字の中堅鉄鋼会社「白畑鉄鋼株式会社」を買収してきた。

社名を「極楽製鉄」に変えた。

この会社は、高品質の鉄製品を生産・販売していたが、販売力が弱く業績は低迷していた。

またもやハジメに任された。またもやハジメが代表権のある副会長になり、ゲンが会長に就任した。社長には、生え抜きの技術者を抜擢した。

一年後、最新の電気炉を大幅に増設し、電池式船舶で運ばれてきた大型eeggを設置し、極楽発電の安い電力で、たちまちに黒字に転換した。

大型のeeggは、1基で火力発電所の1年分の電力を蓄電できた。

しかもリースなので安価に導入できた。保守や管理、改造は極楽サポートが請け負った。

生産した製鉄は、「極楽造船」や「極楽建設」に供給され、やがて市場に浸透していった。




26-2.自動連結器とシールドマシン


7月、ゲンとシュンは、極楽ロボットの粗末な実験室にいた。

中央のテーブルの上には、何かに布が掛けられていた。

極楽建設の社長のシュンは元気がなかった。

ハジメが得意そうな顔で立っていた。

「シュン、ハジメが今日は面白いものを見せてくれるそうじゃが」

ゲンが、これから起きることを知っていそうな口ぶりでいった。

「シュン、シールドマシンで、いろいろビルやトンネルを掘ってるそうだけど、何か困ってることあるちゃねーと」

ハジメがえらく得意そうな顔で言った。

シュンは、ギクッとした。毎日、頭を悩ましてることがあったのだ。身が細り、命を削るような日々が続いていた。

「困ってることは...」

シュンは、ハジメに心の中を見透かされているようで、言葉がうまく出てこなかった。

「困ってることは、ある」

「そうだろう、そうだろう、何に困ってるんじゃ」

どうもハジメは、シュンの困ってることを知っているみたいだった。しゃくだが仕方がない。

「ビル用の垂直式レーザーシールドマシンで、縦に日進50mで掘れるようになり、無茶苦茶速くなった。が、しかし。ビルの配線工事がうまく行かない。配線間違いや、配線してないところが、多発している。間違い無いようにやるとえらく時間がかかる。ビルの建設と配線工事を同時作業しているから、配線が遅れると全体が遅くなる。それで予定の2割位しか性能が作業が進んどらんとじゃが」

シュンは下を向いた。

「俺が解決しちゃるが! これを見ろ!!」

ハジメは、テーブルの上の布を勢い良く剥ぎ取った。

そこには、ケーブルが2本向かい合い、少し3cm程空けて置いてあった。

ケーブルの反対側は、小さな四角い装置に繋がっていた。

「なんね、これは」

シュンは目を丸くしてそれを見つめた。

「まー、待ってろ。これから面白くなるとじゃが」

ハジメが電源のスイッチを入れた。

ケーブルの先端部が点滅し始めた。先端部には薄い円盤状の物がついており、そこにLEDみたいなものが光り、半導体らしきものもついている。

先端部の後ろには、明らかに通常のケーブルとは異なるものが続いている。

やがて両方の先端部が蛇のように動き出した。

両端は次第に接近していき、接触した。

光の点滅が、漏れ出ている。盛んにデータのやり取りを行っているようだ。

そして、『バン』という小さな音がした。結線を熱で完全に連結した音だった。

ハジメがケーブルを持ち上げた。見事にケーブルは接続されていた。

「はい、この通り」

ハジメは得意そうに言った。

「す、素晴らしい」

シュンは、言葉が続かなかった。連日苦しんだ問題の解決策がそこに存在した。

「ハジメ、有難う。喜んで使わせてもらうよ」

「シュン。この装置は高いぞ。ハジメの極楽ロボットから売ってもらうんだからな」

ゲンが、言った。

「ゲンさん。いくら高くてもかまいませんよ。俺の命には代えられんですから」

3人は、腹を抱えて笑った。

落ち着いた頃に、ハジメが言った。

「ちょっと話をまとめる。かなり前に、サンとゲンさんから、自動連結器の開発要請が来た。

この製品の開発には極楽ロボットの技術者が色々試行錯誤していました。この4月に極楽学園の1期生の太田俊一君が入社し、開発グループに参加した。

ちょうど電子虫の開発チームで人工筋肉の開発に進んでいたので、それを使いケーブルに着け、先端部があらゆる方向に自由に動けるようにした。そして極楽半導体に頼んで制御装置を製作してもらった。

光で相手の制御装置を認識し、相手が正しい相手か認識し、接続状態をチェックし、世界ソフトに通知し、OKなら、瞬間的な高熱で固定する装置だ。接続状態は、常に世界ソフトに報告する」

「これで十分じゃが」

シュンは直ぐにでも使いたがった。

「まだまだ試作品じゃ。機能はほとんど付いていない。もう少しテストと改善が必要じゃが。今は間に障害物があると、相手をよう見つけん。それに人工筋肉の力が弱い。まだ他にも一杯問題が残っちょる」

ここで、ゲンが発言した。

「ちょっとこれを見てくれ。タマ、あれを出せ」

空中に、立体のコンクリートでできたようなものが現れた。

「これは、なんじゃ。コンクリートのパーツのように見えるが」

シュンは、不思議そうに見た。

やがて、それに対応するように、別のコンクリートのパーツが向か追い合わせに現れ、接合した。

2つのパーツは透明になり、内部の配線がよりはっきり表示された。

離れあった配線が自動的に接続された。

別のコンクリートのパーツが向か追い合わせに現れ、接合した。

2つのパーツは透明になり、内部の配線がよりはっきり表示された。

「次にこの画面を見ろ」

ゲンが空中のボタンをタッチした。

画面が変わった。これも3Dの動画だった。

垂直型のシールドマシンが、地面を高速でくりぬいていた。

深さ1,000mの巨大な穴が掘りぬかれた。

次に上部から、クレーンで外壁のパーツが下ろされ、壺のような形が出来上がった。

そしてそこに、コンクリートのパーツが下ろされ他のパーツと次々に連結され、各階が構築されていく。

「まるでスズメバチの巣だ」

シュンがうなった。

次々と外壁と各階が地上に向かって伸びていった。

「どうじゃ」

ゲンが得意そうに言った。

「なんということじゃ。パーツと自動連結器で建物を作ると、今まで考えられなかったスピードで完成するが。ゲンさん、これは、やっぱりサンのアイデアか」

「そうじゃ、サンのアイデアじゃ。あいつは化け物じゃ。シュンの問題が出る前に、その答えのヒントを出し、ハジメの極楽ロボットに研究させていたよ。

しかしまだまだ両方とも未完成じゃ。特にパーツは、極楽建設でも総力を挙げて開発しろ」

「ゲンさん、やりますよ。全力を挙げて開発します。ハジメ、協力をお願いします」

シュンは、ハジメに深く頭を下げた。プライドの高いシュンにしてはまったく考えられないことだった。

「シュン、いっちゃが、困ったときに助けるのが友達じゃろ。いくらでも協力するが」

ハジメは、シュンの肩を軽く叩いた。

ゲンが二人の肩に手をかけていった。

「今見たように、この自動連結器は、非常に優れている。コンクリートや鉄資材と一緒に組込み、パーツにして、それを組み合わせるだけで物が作れるようにする。

電力ケーブル、水道、空調、ガス、通信ケーブル全てに使える。

ビル建設だけではなくリニアエッグのトンネル工事や農業工場、自動工場の製作にも使うつもりだ。なんでもプロモデルみたいに簡単に組み立てられる。効率は格段に速くなる。

これを使えば、100万回に1個のエラーも無くなる」

「すごい。いくらでもビルや工場ができる。ゲンさん、極楽建設も頑張って開発します」

シュンが目を輝かせて言った。

「これは画期的な装置だ。パーツでの建設方式も画期的だ。サンも非常に高く評価していて、大量の特許の申請をマコトに指示している。今一番忙しいやつは、マコトだよ」

3人は、腹を抱えて笑った。シュンは笑いながら目に涙が浮かんでいた。

シュンは、さらに変わりつつある自分を噛みしめていた。

「さて、『天国と極楽』に行って、乾杯しようぜ」

ゲンが明るく言った。



26-4.太田原


8月、ゲンは、宮崎市にいた。極楽ソフトの汎用型ソフトウェア基盤「世界ソフト」の開発状況の確認の為だった。

夕刻に打ち合わせが終わると、ゲンは宮崎市の中央通りの行きつけのスナックに出かけた。

2時間ほど飲んだ後、店から出てきた。

「源さま、今日も有難うございました。またのご来店をお待ちしています」

着物を着た上品なホステスがゲンを見送った。

ゲンはほろ酔い機嫌だった。少し、足元が乱れた。

店の外に立っていた男が、ゲンの後ろを追いかけてきた。

ゲンが振り返った。見覚えのあるような男だった。

「よう源(みなもと)、久しぶりだな」

男が話しかけてきた。

ゲンはビックリした。ゲンの名前を知っているこの男は誰だ?

「よう源、随分と景気が良さそうじゃないか。俺だよ、俺。太田原だ。覚えているだろう」

男は、頭はバサバサで、白のYシャツは、薄汚れておりよれよれだった。ネクタイはしていなかった。ズボンも折り目は無くなっており、長期間穿き古しているように見えた。

黒い靴も、白く汚れ崩れている。

まだ暑い夏の夜に、男の汗だくの日焼けした顔は、ほこりでさらに黒くなっていた。

ゲンは、遠い昔を思い出した。

いつも町で争っていた太田原だった。

「太田原か。なんの用だ」

ゲンの声に少し緊張した響きがあった。

「俺は今、フリータだ。景気が悪いし、金に困っている。この写真で、少し金を都合してくれないか」

太田原は、ゲンに立体写真を見せた。

小菊学園の時のサンやシュンもマコトもハジメもいる。皆で一緒に写った写真だった。

「どうやって入手した」

「お前たちとの因縁だ。こんな写真を入手するのは屁でもねえ。今は紳士ぶってるお前たちが、どんだけ悪ガキだったかを証明する写真だ。これが出回ると困ることになるだろう。どうだ、少し金を貸してくれ」

ゲンは、金を払えば味をしめて、何度もたかってくることなど、知り抜いていた。

「太田原、その辺にしておくことだ。俺はそんな写真が出ても何の問題はない。お前にやる金はない。しかし仕事だったらいくらでも世話しちゃる」

「源、そんなこと言っていていいのか、サンも困るんじゃないか」

「サンも、俺と同じ意見だと思う。もうこれっきりにしてくれ」

「源、これで終わると思うな。後悔することになるど。どこまでも追いつめてやるからな」

ゲンは、後も見ずその場を去って行った。太田原は、狼のような燃える眼で、いつまでもゲンの後ろ姿を見ていた。



26-5.電子虫


8月、電子虫開発チームが、研究室に集まっていた。

テーブルの上には、30cm程の芋虫のような細長い形の物が置いてあった。

芋虫の脇腹からケーブルが出て、その先端で1cm位の黒い円形の蓄電池とつながっていた。

芋虫の上にトンボの背中の筋肉のような形状のものがあつた。それが人工筋肉だった。

そこから、20cm位の4個の透明の羽根が出ていた。

人工筋肉の下の方からケーブルが延び、堺の手に持っている電源スイッチにつながっている。

「とにかく、作ってみたのがこいつだ」

生物学者の堺が、言った。

「これが電子虫か。どう見たって、試作機というか、模型というか。ごついものだな」

システム工学博士の鳥山が、批判ぽく言った。

「これでも、飯島ちゃんがいなかったら完成しなかった。彼のおかげだよ」

堺は、極楽学園出身の飯島が気に入っているようだった。

「とにかく、人工筋肉が難問だった。これに「極楽電池」からきた新型蓄電池を付けてある。スイッチを入れるよ」

堺がスイッチを入れた。

羽根が「ブーン」という音を立てはじめた。その音がしだいに高くなっていった。力強い。

「おー」

誰ともなく声が出た。

今にも電子虫の模型は飛び立ちそうだった。

しかし、飛び立たなかった。

「これは、飛ばない。人工筋肉が重すぎる。それに身体が重くてでかい。もっと極限まで小さくしないと、ダメだ」

堺は、下を向いた。

「まあ、ここまで来たんだ。必ずできるよ。脳みそも今、西さんや飯島君と一緒に開発しているから、早く全体を接続しようや」

鳥山が慰めた。

「まってくれ、俺の方も、小さくて軽くて強固なボティと足を作ってるから、忘れんでくれ」

精密製造担当の柴田が焦って言った。

皆で爆笑した。


26-6.求人募集


8月に入ると、極楽商事が、エレクトロニクス専門の商社の帝国エレクトロニクスを買収し合併した。当然、啓が社長になった。

帝国エレクトロニクスの売上高は、極楽商事の約2倍の1,000億円だった。

これで、一応、海外の営業網がとにかく揃った。


この頃、最も忙しかったとしたら、マコトだっただろう。

不動産収得と、特許申請、人材募集、どれ一つだけでも、一人分の業務を超えていた。

シュンから3D電話がかかってきた。

「シュンか、今日は何の用ね。自動農業工場の土地は間に合ったじゃろが」

目の下に隈のできたマコトは不機嫌そうにいった。

「おお、こわ。土地の件はOKじゃが。極楽建設の技術者が足りんとじゃが。何とかしてくれ」

「またそれね。もう聞き飽きた。この前50名入社させたじゃろ、今でも一生懸命やっちょるとじゃが。これ以上、何やっとね」

「わかっちょるが、じゃけんど、まだ人が足りんとじゃが、シールドマシンも開発せんといかんし、パーツもトンネルもビルも作らんといかん。マコト、頼むわ。お前しか頼る者がおらんとじゃが」

「じゃ、求人の技術者の年俸を上げるが、いいか。数字は俺に任せろ」

「もう、何でもいいが、マコトにまかせる」

「わかった。直ぐに手を打つ。じゃな」

マコトは電話を切ると、机の上に前回の広告の原稿を広げた。

赤のマジックペンで、大きく修正を入れた。

高級技術者の年俸を、2,500万円から、3,500万円に。

通常の技術者の年俸を、1,500万円から、2,000万円にした。

事務のオバサンを呼んだ。

「玉枝さん、この広告原稿を、ひむか広告に送って」

原稿を渡すと、パートのオバサンが目を丸くした。

「いったい何回目の変更ですか。こんなに払って大丈夫ですか」

「もう、俺も何やらわからん時がある」

マコトは、苦笑いをした。

その時、3D電話がかかってきた。

年配の男が表示された。

極楽グループが買収した『ひむか特許事務所』の副社長の大友だった。

買収前の社長をやっていた男だった。

『ひむか特許事務所』の名称はそのままにしてあった。

社長にマコトが就任し、啓が会長に就任していた。

「社長、大日本国際特許とのやり取りで問題があります」

「大友さん、どんな問題ですか」

「なにしろ、膨大な数の特許申請ですので、手が足りません。お願いしていた、特許関係の専門家は大丈夫でしょうか」

「最優先でやっています。来週から6名、来月から10名の入社が決まっています」

「それは、素晴らしいですな。それとこのままでは事務所の方が手狭になりますので、何とかしていただきたいのですが」

「わかりました。既に事務所の案は2,3あたりをつけています。高千穂通りのビルですが、大友さんの方でどれがいいか決めてください。」

「わかりました。ビルのデータが届きましたら、さっそく調べてまいります」


パーツと自動連結器の開発は、予想以上のスピードで完成した。優秀な技術者達の努力と量子コンピュータの超絶な設計とシミュレーション能力が貢献した。

技術者達が設計を変更すると、量子コンピュータは直ぐにシミュレーションを行い、結果を出し、問題点を指摘し、時には解決案まで提示した。

量子コンピュータはどんなに複雑なシミュレーションでも、1秒以内に結果を出した。

技術者達は絶え間なく、画期的なアイデアを出し、組込、テストを繰り返した。

こうして実物を作る段階では、ほとんど問題が出なかった。



9月に総選挙があり、大澤賢一が、神奈川地方区の民自党から出馬し、衆議院議員に初当選した。

大泉総理との強い関係が物をいった。



平和24年10月、極楽建設は、完成間際の月進3,000mの水平式レーザシールドマシンを使い、地下数十mに、真空方式の物流用リニアエッグの直径2kmの円形実験線と、長さ10kmの直線の旅客用のリニアエッグの通常気圧の実験線を建設した。旅客用の実験線はそのまま商用として使用されることになっていた、

どちらも、組立パーツと自動連結器によりスムーズに建設が進んだ。

円形実験線は、真空状態であり、正確な円曲線を実現する必要があったので、極楽建設や極楽ロボットの技術者が総力を挙げて調整に取り組んだ。

リニアエッグとは、リニアモーターカーのことである。滑らかな先頭曲面を持つことから、極楽グループではそう呼んでいた。


実験線が完成すると、リニアエッグの実機による実験が開始された。

佐藤 洋介、佐竹 夏美、宮北 大輝の3名は、極楽技研の技術者20名とリニアエッグの実物大実験機でテストを行っていた。

長さ10kmの直線のリニアーモーターの超電導路線であった。

この路線が、リニアモーターカーの営業路線の完成時には、そのままその一部になるのだ。

椎葉村長の富一郎が試験線の許可を出していた。

既に、真空方式の物流用リニアエッグの実験は完了していた。

直径2kmの円形の真空のリニア路線で、時速1,000kmを達成していた。

今は、その路線で世界ソフトが、24時間連続運転の試験走行を自動で繰り返していた。

各種の試験をあらかじめ定義された試験項目に従い全自動で検査を行った。

結果は、世界ソフトが分析し、技術者が量子コンピュータの支援を受けてそれを確認した。

物流用リニアエッグは、形が薬のカプセルのような円筒形をして前後に丸みがあった。全幅、全高ともに、6mであった。長さは、車両全長20mや10mのものでいくつかの種類があった。

旅客用のリニアエッグは、全幅、全高ともに、4.5mであった。

車両全長は18mである。本番では4両編成。座席定員192人で運用される。

先端が、少し伸びていた。



25-7.売上



平和24年12月、極楽発電は、ついに西部日本電力への売電が年間1000億円。中日本電力にも年間1000億円。近畿電力に年間1000億円、東日本電力に年間1000億円となった。

その他の取引で500億円。売上合計が5,000億円、純利益が4,000億円となった。この時点で営業利益が80%という驚異的な数字となった。

買収した関連の企業の売上は、3,000億円となった。

極楽グループ全体の年間売上は、8,500億円に達した。

前年の売上の約10倍になっていた。極楽グループは、遥か先に目標を定めていた。

電気で利益を上げたのは、極楽発電だけではなかった。

電気を購入した電力会社にも膨大な利益をもたらせていた。

西部日本電力も中日本電力、近畿電力、東日本電力の各電力会社もおのおの100億円以上の利益の押し上げ効果となった。

極楽発電からの随時の電力供給体制が整ったので、昼夜の電力供給の負担が軽減され、また発電所の設備投資も軽減できた。さらに電力料金の買い入れ価格も他の買電会社よりはるかに安かった。

味をしめた各電力会社は、この後、極楽発電からの買電を大幅に増加させていくことになる。

各電力会社の株価は急騰し、電力料金の値下げ要求の声が溢れた。

やがて電力会社は、何度も料金の値下げを実行した。

こうして、電力料金の低下は企業や家庭に恩恵を及ぼし、企業収益を改善させた、そして税収の増加により国の収支も僅かながら改善していった。




26-8.西国原知事


12月初め、ゲンと啓は、宮崎県庁の応接室にいた。

西国原(にしこくばる)知事との面会が実現したのだ。

古い県庁の応接室はあまり豪華ではなかった。

ギーという音がすると、勢いよくドアを開けて、西国原知事がお伴を連れて入ってきた。

額が後退し、毛は少し薄くなっていたが、走るのが趣味の知事は、精悍な顔をしていた。

タレント出身の知事は、ソファーに座ると、にこやかに喋り出した。

「いや、今日はわざわざきてもらって、有難うございます。私が、西国原です。

今日は、ほんとにさみーやろ。はよ、お茶出してやらんか」

西国原知事が、付きのものに指示した。

「いやー。今日はですね。県でトップクラスの納税者である極楽グループの方に、ご挨拶したいと思いまして、誠に申し訳ないが、県庁に来ていただいた訳ですわ。

こちらが、源 大(みなもと だい)さんで、こちらが神武 啓(じんむ 啓)さんですか。

どうぞよろしく」

知事は、二人と両手でしっかりと握手した。

「いや、西国原知事。会えて感激です」

ゲンが、本当にうれしそうに話しかけた。

「元経済産業省の大澤衆議院議員から、何度も電話があり、極楽グループの人と会うように言われてましてね。会ってビックリ。本当にお若い。皆さん何歳ですか」

「私、源 大が26歳です。代表の神武 燦(じんむ あきら)は、23歳、神武 啓は、21歳です」

「なんとまあ、皆さん若いもんですな。それでバリバリ事業を拡張されて、まるで長州藩の松下村塾の塾生みたいですな」

「とんでもないです。私たちは、まだまだ青二才です」

ゲンが謙遜した。

「ところで、神武 燦(じんむ あきら)さんは、今日はいらっしゃらない?」

「サン、いや神武 燦は、研究者で、今ではほとんど椎葉村から外にでません。われわれが、事業全般を任されています」

「そうですか、それは残念。ぜひ会いたかったもんですから」

知事は残念そうだった。

啓が、真剣な顔で話しだした。

「知事、申し訳ないですが、県知事さんだけにお話したいことがございます」

西国原は、啓の要望を理解した。

「わかりました。皆、しばらく部屋を出て行ってくれ。終わったら連絡します」

お付きの役人たちは全て部屋を出て行った。

「これで、じっくり話せるでしょう」

啓が、テーブルに手をついて乗り出して言った。

「知事、今年の電力会社への売電額は、総額で4,000億円になります。来年にはこの倍の売電の見込みです。当然、県への納税も2倍以上になると予想します。

本年の極楽グループ全体の売上は8500億円程です」

「ほーお」

知事の目が一瞬輝き、口元がゆるんだ。苦しい県の財政が改善できるのだ。

「御承知のように、椎葉村は陸の孤島です。今後の発展には、極めて厳しい制約があります」

「そうですな。わかります」

「そこで、椎葉村から宮崎市まで、高速道路と鉄道を敷設する計画を持っています。

ぜひ、ご協力をお願いしたいのですが」

「ですが、今の県の財政は非常に厳しいものがあります。投資する余裕は無いですよ」

知事は、警戒した。

「高速道路に対し、形の上だけ、県と市町村の出資をお願いしたい。ほとんどの費用は我々が準備します」

「うん、なかなか厳しい問題ですな」

「知事、高速道路と鉄道が完成すれば、今の何倍もの税金が宮崎県と関係市町村に納められることになります。さらに雇用の拡大にもつながります。

知事、今、椎葉村で何が行われているかお見せいたしたいと思います。ぜひ、椎葉村に来ていただけないでしょうか。その時は私の兄がご説明いたします」

「なるほど、わかりました。スケジュールを調整し、速やかに行きましょう」

西国原知事は、税収の大幅な増加や雇用の拡大の話に、心が大きく動かされた。

それにしても、やはり大澤衆議院議員が西国原知事に賞賛していたような若者たちであった。

西国原知事は、彼らがいったい何をしているのか大いに興味を持った。


次の週末、本当に西国原知事が、椎葉村にやってきた。

一通り、名目上の視察を行うと、役人を椎葉村役場に置いて、ゲンと啓に連れられて極楽技研の研究棟のリニアエッグの部屋に来た。

サンが、待っていた。

「西国原知事、神武 燦(じんむ あきら)と申します。お待ちしておりました」

「私も、貴方に会いたいと思っておりました」

二人は、握手した。

「こちらの、客用のリニアモータカーの実験機をご覧ください。私たちは、リニアエッグと呼んでいます。」

「なるほど。卵みたいだ」

「リニアエッグの実験設備は、長さ10kmの直線になっており、客用の実験機は本番と同じ25m程の長さだった。線路は、超電導の磁石が敷き詰められ、線路全体には透明のカバーが円柱状にかけられ、トンネルのように見えた。

「知事、このスタートボタンを押してください」

知事がスタートボタンを押すと、リニアエッグの実験機は、ほとんど音を立てずにスピードを上げていった。

スピードメータの数字が上がっていった。

50km→100km→200km→300km→400km

400kmになった。

「おー。すばらしいスピードだ」

知事が感嘆の声を上げた。

実験機は1km先で停止し、逆走して戻って来た。

「実用機では、時速700kmで運転します。宮崎と椎葉を10分で結びます。すべて地下を走行します」

「それは素晴らしい。だが本番では乗客はいるのかな」

「それは、大丈夫です。後でご説明いたします。

荷物用のリニアエッグは、真空状態で走らせ、時速1,000kmで走行させます。

 将来は時速2,000kmまで上げる予定です。それでは客用のリニアモータカーにお乗りください」

戻って来た客用の実験機に皆で乗り込み、知事をイス席に座らせた。

「それではスタートします」

サンの話が終わると、実験機が動き出した。

実験機は滑らかに加速し時速400kmになって1キロ先で停止した。30秒も掛からなかった。

次に逆方向に走り元の場所に戻って行った。

「すごいスピードだったな」

西国原知事は唖然とした顔で言った。


サン達と西国原知事はブラックホールの部屋に移動した。

半円球状の装置の前に来た。」

「それでは、正面の3D映像をご覧ください」

前方の空中に3D映像でブラックホールが表示された。

ブラックホールは、小さく赤く輝いていた。

「これは、当社で発見したブラックホールです。対外的には、超高温量子物質と呼んでいます。ある種の不安感をなくすためです。知事、ブラックホールにつきましては決して他言なさらないようお願いいたします」

「了解しました。しかしこれは、本当のブラックホールじゃろか。ブラックホールは、真っ黒のはずじゃが」

知事は、不思議そうにブラックホールを見た。

「知事、これは1mm以下の大きさのブラックホールです。小さいと高温になります。

ほぼ太陽の表面温度と同じ温度です」

サンが答えた。

「こんなに小さいと、エネルギーが足りないのではないのか」

知事は、不審そうに言った。

「知事、このブラックホールは自分の質量を全てエネルギーに変えていきます。わずか1gで原爆数個分のエネルギーがでます。重さは月の数分の1ありますので、全世界の必要なエネルギーを、人類の歴史が終わるまで供給することが可能です。今は、ほとんど全てのエネルギーを空間に捨てています。100万分の1も、発電に使われていません」

「このブラックホールで全世界のエネルギーがまかなえる? そんな事が可能なのか」

知事の目が光った。

「それがもし可能なら、世界の大変革が起きるぞ」

「宮崎県と椎葉村が、世界の中心になります。あらゆる改革が必要です。このことは必ず起きます。

世界から人が集まり、投資も行われます。

高速道路も高速交通網も、住宅地も、国際空港も必要です。エネルギーも大幅に安くなります」

知事の目が丸くなった。息を止めた為、顔が真っ赤になった。

しばらくして、一気に息を吹きだした。

「神武さん、やりましょう。宮崎県を変えるチャンスだ。私は命をかけて全力でサポートします」

「有難うございます。知事、よろしくお願いします」

「ただ、慎重にやらんとまずいな。必ず反対するやつが出る。やり方はよく相談しましょう」

サンとゲン、啓は、今後の計画についてさらに詳細に説明した。

西国原知事は、詳細な計画に驚いたが、満足そうに言った。

「本当に、夢のような話だ。普通だったら、詐欺のような話だ。ただ、君らが資金の大部分を出すという事だから、私は安心して、計画をサポートしましょう」

西国原知事は、三人の手を次々に握りしめた。

「知事、せっかくですから、食事はいかがですか。椎葉でも食事のおいしいところがあります」

ゲンが言った。

「おう、もうそんな時間か。よろしい行きましょう」

四人は、車に乗り、椎葉村の中心街に出かけた。

車が止まり、四人が外へでた。

目の前に、真新しいネオンが輝いていた。『天国と極楽』!!

『天国と極楽』は、新しく建て替えられていた。

建物が、前より2回りも大きくなっている。椎葉村の活況が『天国と極楽』まで押し寄せていた。

以前よりは洗練されていたが、まだまだ田舎のキャバレー風だ。

「天国と極楽か」

サンは、そのネオンを見ると懐かしさと、古い強烈な痛みを感じた。

ゲンから、『天国と極楽』を貸し切り、知事の接待に使うと言われた時、あの場所かと思ったが、あえて反対はしなかった。もう一度あそこを訪ねてみたいという気持ちが、苦い経験を上回った。

サン達が、入り口に向うと、ドアが開いて、真っ赤な口紅の女性が現れた。

サンには、見覚えがあった。

「いらっしゃいませ。西国原知事様、本日は有難うございます。どうぞお待ちしておりました」

やたらと標準語風だった。練習していたらしい。

中に入ると、かなり広くなっていた。壁の方にカウンタもあった。

照明が明るく輝いていた。室内は、赤紫色で統一されていた。

昔の安いスナックの雰囲気は、完全に無くなっていた。

黒い背広をモダンに着た男の従業員や、派手さを抑えた清楚な着物を装った美女達が、一列に並び、西国原知事達を歓迎した。

「どうぞ、西国原知事様、こちらへお座りください」

「どうも、すいませんな。私が先に座りましょう」

知事は、ドスンとソファーに座りこんだ。

低いテーブルのまわりに、数名以上が十分に座れるように円形にソファーが配置されていた。

知事の左に、あの女性が座わり、サンがその隣に座った。知事の右側にゲンと啓が座った。

「西国原知事様、あたしは、ここのママの桜でーす」

「桜さんか、ママにしては、いやに若いな。いくつになる」

「23になったばかりです」

「おう、神武 燦(じんむ あきら)さんと同じ歳ではないか」

「まあ、この方が、神武 燦(じんむ あきら)さんですか。どうお呼びすれば良いでしょうか」

「皆は、サンと呼んでいます」

桜は、じっとサンの横顔を見ていた。その目が光った。

そしてにこやかな顔で、サンの耳元でささやいた。

「世界一の金持ちに成れました?」

桜は、サンの顔を覚えていたのだ。

「まだだよ。もう少しでそうなる」

サンは、小さく答えた。

「おう、サン、お前は、桜さんを知っちょるのか」

ゲンが、笑いながら聞いた。

「ええ、前の店の時に来店されて、お酒を飲まれて、たいそう暴れられたことがあるんですよ」

「神武 燦(じんむ あきら)さん。立派な研究者かと思ったら隅におけませんな」

知事がそう言って大笑いした。皆もつられて笑った。

「そういえば、前のママはご健在ですか」

サンが桜に尋ねた。

「私の母ですか。今でもお店を手伝っています」

桜が、奥の方の黒い和服を着た中年女性を指差した。深々と会釈した。

「何もありませんが、地元の料理を楽しんでください。じゃ、食事とお酒を準備します」

ゲンがパンパンと手を叩き従業員に指示した。今日は特別に料理人を呼び、豪華な料理を作らせた。

料理が運ばれ、全員にビールが注がれた。

「乾杯!!」

知事が、乾杯の音頭を取った。




翌日、ゲンは、マコトに3D電話をかけていた。

「マコト、第410号作戦のとおり、高速道路とリニアエッグの路線の必要な土地の購入を検討しておいてくれ。特に宮崎の終点部分の土地は、もれが無いようにな」

「大丈夫です。終点部分は、もともと極楽運輸と極楽海運の土地ですから。

その周辺は、他の不動産会社を動員して手配しています。計画が発表されたら、馬力をかけます」

「おう、マコトたのんだぞ」





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る