第25話 富一郎が村長に、大川内死去

25-1.村長の失踪と富一郎の立候補


平和24年4月、極楽グループの月商は、600億円になった。80%以上が営業利益で、それはそのまま再投資と研究に振り向けられた。

極楽半導体は、次々に関連技術の会社やベンチャーに投資や買収を繰り返していた。

そんな中、椎葉村の黒木一郎村長が突然失踪した。なにもかもおっぽり出して行方不明になった。

最初は、誘拐説や殺人事件説が、新聞やTV、WEBで報道された。

しだいに報道は過熱し、村長がギャンブルにのめり込んでいたり、大きな借金を抱えていたり、村有地売買の疑惑があったり、愛人までいることが暴露された。

2週間後、黒木一郎村長から村議会の議長に辞任届が郵送され辞任してしまった。

その後、逃亡中の村長は村有地売買の贈収賄の容疑で逮捕された。

椎葉村は大騒ぎになった。

村長は後継者を決めずして逮捕されてしまった。

村長選挙の告示日が決まったが、議会の保守派は分裂して、なかなか候補者が決まらなかった。

そんな時、役場の係長代理の那須 富一郎が、突然村長選挙に立候補した。

周りは、まったく知名度のない役場の係長代理の立候補に、関心がないというか、泡沫候補あつかいだった。

あわてて、複数の保守系の立候補者が出たが、元村長に比べると、小粒なのは否めなかった。

那須 富一郎は、『緑と発展』をスローガンに、緑を守りながら、椎葉村民の所得を4年間で2倍以上にし、村を急激に発展させると訴えた。


那須 富一郎は、ビール箱に乗り、集まった10人ほどの有権者の前で演説した。

「不土野地区の村民の皆さん、御承知のように椎葉村は、陸の孤島です。椎葉村の人口は、50年前には、7,616人もいました。それが25年前には、3,000人台に減り、一時は2,000人ほどまで減少しました。

ここまで人口の減った椎葉村は、宮崎県で最も貧乏な村になってしまいました。

教育や村民へのサポートも不十分です。

私、那須 富一郎は、故郷の椎葉村を何とか発展させたいと思い、若輩ながら村長選挙に立候補しました。

幸いにも、極楽グループさんがこの村に進出し、徐々に発展の可能性が出てきました。

優秀な技術者や教育者とそのご家族も増えました。

私、那須 富一郎は、この方々と古くからの村の住民が共に力を合わせていただき、椎葉村を興隆させてまいります。

私、那須 富一郎は、『緑と発展』、つまり緑溢れ、発展した椎葉村を作り上げてまいります。

皆さんの所得を4年で倍増いたします」

有権者たちの中から、パラパラと拍手が聞こえた。



選挙活動をする素朴な語り口の富一郎は、しだいに人気が出てきた。町役場に勤めていた富一郎は、村の問題を熟知し、地域についても精通していた。

勿論、極楽グループの全面的なバックアップがあった。

ゲンが選挙責任者になった。ゲンは、こうしたことが好きでもあり、選挙の才能もあった。

彼は、富一郎をビール箱に乗せて、切々と村民に政策を訴えさせた。

極楽グループ会社の社員や、極楽学園の教師や家族、スタッフたちが支持した。

選挙の結果は、大方の予想を裏切り、若干27歳の富一郎が大差で当選した。

椎葉村は、既に年間数十億円の潤沢な極楽グループからの税収が入って来ていた。

富一郎は、村長になると次々に新しい方針を打ち出していった。

高校生までの教育費や給食費の無料化、大学生への返済不要の奨学金、村民全員の医療費の無料化、そして村の整備計画。

村の整備計画は、既存の住宅地への道路整備と、新しい開発地区そして歴史・自然保存地区の明確化があった。


これより、1年ほど前、那須 富一郎は、呼ばれてサンの家に来ていた。

「富一郎兄さん、少しご相談があります」

「どんな、相談ですか」

その時、幸がお茶とお菓子を持ってきた。

「兄さん、いらっしゃい。仕事の方はいかがですか」

「地域振興の仕事で忙しいよ。ここへ来るのも久しぶりだね」

「幸、義兄さんと大切な話があるので、席をはずしてくれないか」

「わかりました。話が終わりましたら、声をかけてください。食事の準備をしておきます」

幸は、部屋のドアを閉めて出て行った。

「サン君、大切な相談とは、どういうことですかね」

「私は、義兄さんの人柄や、まじめな仕事ぶりを、ここ2年程見てきました。椎葉村の将来を築き、極楽グループを守っていただくのは、富一郎兄さんしかいないと思います」

「ちょっと待ってください。僕は、椎葉村役場の一介の公務員ですよ。サン君の言うようなことができる能力も知識もありません」

「知識でしたら、学習すれば大丈夫です。バード出ろ」

机の上のタブレットが起動し、3Dのバードが出てきた。

「サン様、こんにちわ。おや? こちらは、富一郎お兄様ですね。富一郎お兄様、初めまして、私はバードです」

「こ、こんにちわ」

富一郎は、以前に幸からアウルのことを少し聞いていたが、こんなにリアルな映像で賢いものだとは思っていなかった。

「私が、富一郎お兄様にお会いしたということは、話が進んでいるということですね」

「そうだ、必要になったら、また呼ぶよ」

「了解しました」

バードが消えた。

「これが、幸から聞いていたアウルですか。すごく賢そうですね」

「自分たちの学習を助けてくれます。資料を調べたり、報告書などの文書の作成もやってくれます。必要な助言もしてくれます。極楽学園の生徒もこれの助けで勉強していますので、小学の最上級生は、ほぼ高校の課程を終了しています。」

「すごいものですね。私もこれを使って勉強したいですね」

「義兄さんには、タブレットを後でお送りします。呼び出せば、義兄さん専用のアウルがでてきます」

「それは助かります」

「ところで、村長には大きな疑惑があります。我々の調査では、必ず大きな問題になると思います。

1年程の内に、必ず村長選挙があると思います。

その時は、椎葉村の村長選に立候補し、村長になって立派な椎葉村を築き上げていただきたい。

極楽グループは、これから、爆発的に発展します。その時、義兄さんに椎葉村と我々を守っていただきたいのです」

「村長に問題があるとは本当ですか。それはいかんがね。ちゃんと対策を考えないといかん」

「ぜひ、村長選に立候補してください」

「私じゃないといけないのですか、私にできるんですか」

「富一郎さんじゃないとだめなんです。富一郎さんなら立派にできます」

「もう少し、考えさせてください」

「少し説明しましたので、結論はそれからで結構です。極楽グループの成長予想と、椎葉村の未来予測を立てています。バードお見せしろ」

バードが再び現れて、資料を開いた。

「なんだ、これは!?」

富一郎にとって、驚くべき内容だった。

幸の旦那でなかったら、とても信用できない内容だった。信じられないほど膨大な金額が椎葉村に流れ込むことになっていた。次第に富一郎は、その内容に魅かれていった。そして、自分も勉強し、椎葉村やサンや幸たちの役に立ちたいと思った。

富一郎は、その日から研鑽を重ねていった。

そして、やがて富一郎は本当に椎葉村を守り、極楽グループを守り、日本を守り、世界を守ることになる。



25-2.大川内の死去


平和24年6月に極楽発電が北日本電力と売電契約締結した。啓が契約書にサインしたとき、国内全ての電力会社との契約が完了した。

それから1ヶ月後、大川内が死去した。枕元には曜変天目茶碗の箱が置いてあった。大川内は、亡くなる寸前まで曜変天目茶碗を愛でていた。

ゲンと啓は、全てに優先して大川内の自宅の通夜に駆けつけた。

「奥様、どうぞお気を落とさないでください。私たちは大川内さんには、本当にお世話になりました。サンは、どうしても出席できません、お許しください」

ゲンは、涙をこぼし頭を畳につけて未亡人に挨拶した。

「存じております。神武燦(じんむ あきら)さんは、本当に大切な方だそうで、椎葉村から出ていらしゃらないと大川内から伺っておりました。ここにゲンさん達への大川内からの遺言がございます。どうぞ、お納めください」

ゲンは、受け取った遺言を見た。彼の目から涙が川のように流れた。涙で遺言が読めない。

「啓、読んでくれ」

ゲンは、遺言状を啓に渡した。啓が遺言状を読みだした。

「神武燦君、源大君、神武啓君。

君らがこの遺言状を見る時、私はこの世にいない。

私の晩年は、君らに会えて本当に楽しかった。

神武燦、源大、神武啓。諸君の未来を私は見たかった。

極楽グループや、日本、世界がどう変わっていくのか、私は見たかった。

私の所有する曜変天目茶碗は、私一人のものではない。私が一時的に所有した曜変天目茶碗を極楽発電に寄贈します。

極楽発電は、将来世界最大の会社になるであろう。

将来、売り上げの一部で、美術館を創設し、そこに私が一時所有したこの曜変天目茶碗を展示し、広く世界の人に見せていただきたい。

これが私の希望である。」

啓の目からも大粒の涙が落ちてきた。

ゲンと啓は、曜変天目茶碗を受け取り、椎葉村に持ち帰った。

このことがきっかけで、将来、極楽美術館が創設されることになった。

サンも渡された遺言書を読んだ。病身の大川内が自分たちを気に掛ける心情に涙がこぼれた。

極楽発電の社長には、啓が就任した。極楽発電は、急激な電力の売上を続けて、毎月の売上が300億円に迫っていた。 

送電装置や超伝導ケーブルの敷設、蓄電装置等、設備の建設も急ピッチで行われた。

啓は、この事業を速やかに着実に進める責務を負っていた。


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