第16話 啓の参加
16-1.啓の参加
平和23年4月下旬、極楽発電に西部日本電力から毎月20億以上の売上が入ってくるようになった。
ゲンは、シュンに言って、極楽建設と極楽ロボットに水平式と垂直式のシールドマシンの開発速度アップと実機での検証を開始させた。
ある日、シュンは、ゲンに泣き言を言った。
「水平式シールドマシンは、順調で、いままでにない性能を示しちょります。だけんど、垂直式はいかんです。泥水と泥とで、レーザが全然通らんで岩石が削れんです。
なんとか、サンに対策を頼んでください。」
「ピジョンには相談したのか」
「勿論、相談した。その結果がこれですが」
「わかった。サンに対策を相談するよ」
ピジョンは、シュンのアウル(AI)だった。
ピジョンのおかげで、シュンは、自分の経験したこともないようなこともこなし、知らない知識も得ることができた。ヒントもくれた。それで人の何倍もの効率で仕事を片づけていけた。
シュンは、自分が成長していくのを、驚きの目で見ていた。さらに、以前には持ったことのない知的探究心の芽生えと充足を感じていた。
今では、シュンは、ピジョンと一緒に仕事をし、気軽に質問をした。
質問は、ほとんど瞬時に回答された。
統計的な処理や、観測は、時間がかかったが、頼んだことは指定した日時までに、ピジョンは仕事をしてくれた。
今回、ピジョンは、垂直式シールドマシンに多くの技術的な問題を指摘した。
しかし、ピジョンでも解決できない問題が多発していた。
4月末日に、啓が餅月証券を退社した。
啓は、今まで取れなかったM&Aの案件を何度も成立させ、業界内で広く名前が浸透した。退社の日、社長室に挨拶に言った。
社長の餅月 肇が啓の右手を両手で握った。
「神武君、君は、当社始まって以来の逸材です。将来の社長候補と思っていたのに、非常に残念だ」
餅月社長は、涙を流しそうな表情で語った。
「社長、短い期間でしたが、本当にお世話になりました。この会社での経験を今後は生かしてまいりたいと思います。」
「君は、確か御兄さんの仕事を手伝うということだったね。」
「はい、兄は研究者です。宮崎県の椎葉の山の中で研究生活を送っております」
社長は、すこし安堵した。この優秀な営業マンが他社に引き抜かれてはたまらない。
「それは、大変な所に住まわれておりますな。君もそこに行かれるのか」
「はい、そこに住みますが、私は、営業をやりますので、日本中、世界中を回ることになると思います」
「それは、いいことだ。君の才能であれば、世界を股にかけて活躍できるだろうな。
非常に残念だが君の活躍を祈ります。成功したらこの会社を買ってくれよ」
餅月社長は最後の言葉はお世辞で言ったが、将来きっとどこかで、この男と会えるだろうと思った。
翌日、啓は椎葉村に到着した。直ぐにサンの家に向った。
自分のPCパッドのバードから教えてもらっていたが、極楽学園の周りは、激変していた。
学園の敷地は、都会の中学校程の広さしかなかった。
2階建ての「鐘の鳴る丘」のような形の事務施設があり、その後ろに、地上5階建て、地下10階建ての建物鉄筋の施設があった。
極楽学園の周りには、教師用アパートやスタッフ用アパートが並び立ち、その横には、研究施設のプレハブがあり、さらに離れたところには、シールドマシンの実験棟があった。
狭い山間に建物がひしめき合っていた。
啓は、そこに若干の混乱を感じた。
啓がサンの家に着くと、幸が赤ん坊を抱いて出迎えた。
「まあ、啓さん、お疲れでした。早く上がって。応接間で休んでください。サンとゲンさんが待ってますよ」
「美智ちゃんか、だいぶ大きくなりましたね」
啓は、姪の頭をやさしく撫ぜた。
「生まれて8ヶ月になりましたよ。もう離乳食を食べてます」
応接室に行くと、サンとゲンが待っていた。
「おう、啓ちゃん。御帰り」
ゲンが、啓をちゃん呼ばわりした。
「啓、御苦労さん」
「兄きも、ゲンさんもお変わりなく元気そうですね」
「ゲンが、啓の帰りを、首を長くして待っちょっいたぞ。」
「そうじゃが、やることが山のように溜まっちょる。M&Aもあるが、いよいよ大川内の旦那に、ブラックホールを見せることが決まった。あの人には、ブラックホールを見せることはまだ秘密にしている。あの人は頑固者だから、臍を曲げたら、ちっとも動いてくれん」
16-2.大川内の提案
3日後、大川内は、極楽発電が用意した黒塗りのハイヤーで椎葉村の不土野のサンの家にやってきた。
車を降りると、大川内は、遠くの山々を見渡した。
「大川内先生、遠いところ、こんな山の中に来てもらって、申し訳ありません」
ゲンは、90度背中を曲げてお辞儀をした。
「これはこれは、ゲンさん。私の方ほど感謝しております。私は若い頃、日本中の山の中の発電所やダムを回りましたから、椎葉村にも来たことがある。懐かしく見ておりました」
あれ以来、大川内は、ゲンに親近感を持ったようだった。
「ところで、今日は、特別な物を見せてくれるそうですな」
「はい、その前に内の代表の神武 燦(じんむ あきら)と副代表の神武 啓(じんむ けい)が待っておりましたので、ご紹介いたします」
サン(さん)と啓(けい)が、大川内に頭を下げた。
「神武 燦です。会社の為にご尽力いただき感謝しております。
ゲンはすっかり、貴方のファンになっております」
「いや、私こそ、ゲンさんにはすっかり世話になっております」
「神武 啓です。初めてお目にかかります」
「あなたが、啓さんか。今度、極楽電力の副社長になっていただくことになっておりますな」
「電力関係は、まったくの素人ですので、いろいろとお教えください」
「そうですな、私の知っている事はなんなりと教えましょう」
「それでは、大川内先生、施設の方にご案内いたします」
ゲンが促した。
4名は、サンの家の隣の実験室のエレベータで地下に降りて行った。
円球の空間は、以前とはまるっきり変わっていた。テーブルやイス、各種の実験機材は片付けられていた。
中央に、大きな半円球状の装置があり、強大なケーブルが四方に延びていた。
サンが説明始めた。
「大川内さん。この半円球状のものが、発電機です。熱エネルギーから直接電気に変換します」
「これが、発電機? 既に100万KWの電力は供給しているはずだが、予想より小さいな」
「回転部分がありませんので、これ位のサイズです。たしかに現状は小規模です。
直ぐに、数千万KWの規模に拡張します」
「数千万KW? ここだけでそんなことが可能なのか?」
「まず、仕組みをお見せします。大川内さん、私たち3名以外でこれを見るのは、貴方が初めてです。バード、窓を開け」
発電機の一部が開いた。中から、輝く光が溢れてきた。
同時に、皆の視界がフィルターをかけたように暗くなった。
中心に輝く点が存在した。
「これが、世界で最初のブラックホールです」
「なんと、これがブラックホール? それにしても小さいな」
「1mm以下の大きさしかありません。小さなブラックホールですのでエネルギーを発散して少しずつ蒸発しています。全世界の必要なエネルギーを、地球が終わるまで供給することが可能です。今は、ほとんど全てのエネルギーを四次元空間に捨てています。100万分の1も、使用していません」
大川内は、ブラックホールを凝視していた。
「君の言うことが、全て本当だとしたら、これは大変なことになる。日本が変わる、いや世界が変わってしまう」
「私も、そう思います。ですから慎重に進めていきたいと思います」
「このエネルギー変換装置も、君の発案か。すばらしいシステムだ。人類に革命が起きそうだな」
サンもゲンも啓も、安堵の表情になった。やっとこれを理解してくれる第三者が生まれたのだ。大川内は、物理学の詳細は、理解できなかったが、全体のシステムは完全に理解した。
「ただ、膨大な電力を発生させても、新たな電力送電には、巨大な送電施設の新規工事が必要になる。数千億円はかかるな。結果としてこのコストを君たちは負担することになる」
「では、送電線を使わない送信方法を考えるしかありませんね」
サンは、答えた。
「具体的な方法はありますか」
「いくつか考えております。無線送電や大規模蓄電池等です。資料を作成しゲンに御相談に伺わせます」
「わかった。楽しみに待ってますよ」
大川内は、直ぐに答えを出すサンを楽しそうに眺めた。
そして、三人を諭すように言った。
「君らは優秀だ。このシステムも素晴らしい。必ずや成功するだろう。だが、君らは若い、若すぎる。いくら優秀な君たちでも、この世の中には、どす黒い悪意と悪知恵の働く連中がごまんといる。
食い物にされる可能性が大いにある。
私の後輩に、経済産業省の大澤課長というのがいる。彼にここを見せるといい。
彼は、エネルギー戦略にも長けており、政界にも太いパイプがある。政界進出の準備もしている。彼なら、よく理解し、君らの力になってくれるはずだ。私が連絡しておく」
大川内は、嬉々として、帰りの車に乗り込んだ。
彼は、車の窓を開けた。
「燦(あきら)さん、ゲンさん。啓さん。今日はどうも有難う。いいものを見せてもらいました。冥途の土産にします」
「大川内さん、そんな縁起でもないことを言わないでください」
ゲンが驚いて言った。
「そうだな、中日本電力もあるし、東日本電力もあるから、もうひと頑張りしなくてはならんな。それまでは死ねん」
「そうです。そうです。大川内さん、元気でもうひと踏ん張りお願いします」
ゲンの目には、涙が浮かんでいた。
「わかった。本当に皆さんに会えてよかった。今日は有難う」
ハイヤーは、緑溢れる道を走り抜けていった。
3人は、いつまでも見送っていた。
16-3.大澤課長
2週間後、経済産業省の大澤 賢一課長がやって来た。
車から降り立った大澤課長は、日本の経済を動かしているという自信と決意に満ちていた。
彼は、3人の顔を見ると、あまりに若いので、吃驚した顔をした。
「経済産業省の大澤です」
「極楽企画の神武 燦です。こちらにいるのが、源 大と神武啓です」
サンが挨拶し、二人を紹介した。
しかし、発電装置の前に連れて行き、ブラックホールを見せると、大澤は直ぐにその重要さを理解した。
「これが、ブラックホールか。なぜ、これがここに存在するのかを問いたいが、私には時間がないし、君らも忙しいだろう。これは、日本の行く末を左右するだろうし、世界の歴史が変わるかもしれないな。君たちは、これをどうするつもりかね」
「まず、日本の全電力会社に電力を供給したいと思います」
今回は、啓が、主役だ。
「わかりました。その点については、大川内先輩からお話を頂いていますから、私も全力で尽力しましょう」
「いま高性能の蓄電池を開発中ですので、これを各製造会社にリースしたいと思います」
「わかりました。その方向で行ってください。その点については、問題の無いようにします。これは日本にとっても慎重に進めなくてはならない事案だ。これからは、政治家が味方にもなるし、敵にもなります。少し、政治家に近づいていた方が、将来の起きる問題をスムーズに解決できるでしょう。宮崎県の西国原知事には、もう会われましたか。」
「まだ会っていません」
「会われた方が良い。これからは問題山積だ。それと中央政界については、私が色々と紹介しよう。困ったことがあったら、いつでも相談してください」
こうして、大澤課長は、風のように帰っていった。
「西国原知事か」
サンは、独り言を言った。サン達が西国原知事に会うまでは、意外と時間が必要だった。
それから直ぐに大型蓄電池の製造ノウハウのある熊本蓄電池製造株式会社を買収し極楽電池と改称した。
eegg(イーグ)は構造がシンプルなので、小型から大型、大規模蓄電システムの製造まで、熊本蓄電池製造の製造ノウハウが生かせると判断した。
サンは、直ちに小型のeeggの製造実験を指示した。
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