第13話 啓が見つかる

13-1.啓が見つかる


2週間程で、探偵事務所から担当者がサンの自宅に来た。

「調査結果につきまして、御報告いたします。こちらの写真の方が神武 啓様です。」

サンは、写真を手に取った。

20歳前のきりっとした姿が映っていた。なぜか、母親を思い出した。

「現在は、白井 啓と名乗られています。」

「白井 啓? 黒岩ではないのですか」

サンは、驚いてたずねた。

「神武 啓様は、黒岩家に養子に出された半年後に、御両親が交通事故で亡くなり、養護施設に引き取られました。その際、神武、黒岩両家の事は、一切伏されました。その為、新しい姓の白井を与えられました」

「そうか。俺と同じ浮浪児になったのか」

サンは、因縁のようなものを感じた。そして、なにがなんでも啓にあってみたくなった。

「神武 啓様は、大変に厳しい境遇で育たれましたが、生来の素質がありましたのか。極めて成績優秀で、今年現役で、東京帝国大学の法科に進まれました。」

「そうですか、ありがとう。ご苦労さまでした。今後も調査を進めてください」

サンは、深々と頭を下げた。


サンは、また研究に没頭した。

多次元量子物理学を応用した超高性能の画期的な大容量の蓄電池を設計した。『eegg』(イーグ)と命名した。

蓄電池本体を4次元側に配置したので、eeggを分解しても制御基板以外は何も見えなかった。

バードに命じて製作と動作をシュミレーションして、詳細な動きまで検証した。完璧だった。

極小型のもの、小型のもの、中型のもの、大型のもの、1つの都市を丸ごとカバーできる蓄電システムbig-eeggまで設計し量子コンピュータで膨大なテストを行った。後は製作するだけだった。

レーザ式シールドマシンとリニアーモーターカー『リニアエッグ』、リニアエレベータ、人工衛星型リニアエッグの概念設計も短期間で終わらせた。

これはサンの能力とAIソフトのバードと量子コンピュータの支援のおかげだった。


13-2.啓と再開


8月になった。

一人の青年が、サンを訪ねてきた。

安いビジネススーツを着ているが、服に皺はなかった。真面目そうな青年だった。

サンが、応接間に入ってくると、青年が立ち上がって、サンを見つめた。

「あなたが、燦(あきら)兄さんですか」

「啓か」

次の言葉が出なかった。二人の目から、涙が伝わり落ちた。

そして、肩を抱き合い嗚咽した。

お茶を持って来た少し腹の大きくなった幸は、その光景をみて、お茶を床に置き、座り込み涙を流した。

何分間か嗚咽した後、サンが啓の肩から手を離して、言った。

「啓、今日はよく来てくれた。お前がいるということは、この春に初めて聞いた。それ以来、必死でお前のことを探し、調べたよ」

「そうですか、私が兄さんのことを知らされたのは、ほんの2週間程前のことです。探偵事務所の人が訪ねて来て、詳しく話をしてくれました。そして航空券などを手配してくれました」

「そうか、そうか。お互い、人に言えない苦しみを受けてきたな」

「兄さんも、施設に入れられたんですよね。」

「そうさ、私が2歳の時に母が亡くなり、お前が養子に行き、小学生の時に親爺が亡くなり、俺も浮浪児になり、施設に入れられた」

「兄さんも、苦労したんですね。」

「お互いに苦労したな。お前も凄いじゃないか。東京帝大に入ったのか」

「まぐれです」

啓は謙遜したが、全国模試では、トップクラスの成績だった。

「お前は、これからは誰の助けもなしに、生きていける能力があると思うが、できれば、俺を手伝ってくれるとうれしい。

その理由を説明したいので、ちょっと来てくれるか」

サンは、啓を研究室につれていった。

啓は、物理学やコンピュータについても詳しかったが、そこに存在したものが、想像を絶するレベルにあることがやがてわかった。

サンは、3D端末の映像に向かって話しかけた。

「バード、起きて挨拶しろ」

「今日は、サン。お元気ですね。おや? この人は?」

3Dの小さな丸っこい鳥のアニメが空中に浮かんだ。

「啓さんですか。お会いできて光栄です。では、お兄さんとお会いされたんですね」

啓は、驚愕した。このコンピュータは、初めて会った人間を認識して、その背景まで調べ上げている。

「啓、こいつはバードという名前だ、何か質問してみたら」

「バード、君はいつ生まれたんだ」

「私は、平和17年9月15日に生まれました。平和22年に汎用型量子コンピュータに変わりました」

「汎用型量子コンピュータ? ここまで実用化されたんですか。バード、君の性能は」

「32768量子ビットです。1量子ビット増えるごとに並列度は2倍になります」

「2の32768乗の並行処理でしょう。宇宙の全素粒子の数とその状態数を遥かに超える、想像できない処理量ですね。安定して動いている事も驚異的ですね」

「そうさ、まだ私も、これの処理限界まで調べた事がない。具体的な例を見せよう。

バード、西部日本電力の株価と予測線を出せ」

画面に、青い線と赤い線が表示された。

「この青い線が、1週間前から1週間後の予想株価の線で赤い線が1週間前から現在の株価だ」

青い線が少し先まで伸び、赤い線がそれを追っかけるように重なっていた。

「いまこのシステムで、量子コンピュータを利用して株価を予測して自動売買している。

予想線は、量子コンピュータが瞬時に修正する。突発事故がなければ、予想はかなり当たる。

突発事故も瞬時に回避する」

「ほとんど株価予想と実際の株価との差がないですね。ここまで正確な株価AIが存在するとは驚きです」

「株もFXも自動売買でやっている。まだまだ荒っぽい」

「バード、衛星の状態を出せ」

画面に、地球が現れ、無数の衛星が地球を回っていた。まるで地球を取り巻く雲のようだった。

「これは、インターネットをリサーチし、衛星の現在位置を予測し表示している。

まだ、実測したものではない。バード、もういい」

バードは、表示装置の中に消えていった。



「啓、別のものを見せよう」

サンは、啓を隣のエリアに移動させた。

サンが、空間連結器のスイッチを押すと前面に4次元物理空間の大きな切り口が出現した。

そこには巨大な発電装置が存在していた。

ゲンに見せた時より発電装置が二回り程大きくなっていた。

ブラックホールの後ろ側にも発電装置が増えている。

「これは発電装置ですよね」

啓が聞いた。

「そうだ啓、お前が見ているのは4次元物理空間に存在している発電装置だよ」

「兄さん、いま4次元物理空間と言われましたが、それは実在するのですか?」

「そうだ、4次元物理空間は実在する。私は空間連結器を発明し、3次元物理空間と4次元物理空間を連結する事に成功した。

発電装置はそこで巨大なエネルギーを直接電気に変換している

量子コンピュータも4次元物理空間に存在させている。そこは真空で絶対零度だ。」

「4次元物理空間は実在するのですね」 

「詳細については後で説明する。その前にこれを見て欲しい。バード窓を開けろ」

サンがそういうと、正面の発電装置の小さな窓が開いた。

中に、赤黒いものが中に浮いていた。

サンは、何も説明せず、黙っていた。

啓も黙ってそれを凝視していた。

「まさか」

「そのまさかだよ」

「まさか、そんな物が本当に地球に存在するのですか。これは、ブラックホールですよね」

なんでも吸い込んでしまうブラックホールがそこに存在していた。

「こいつは小さいから少しずつ蒸発している。温度は非常に高い。これからエネルギーを取り出している。もっともほとんど全てのエネルギーは4次元物理空間に捨てている。周りにあるのが、発電装置。エネルギーから直接電気に変換している。まだまだ初期段階、今は実験室や家で使っている程度だよ。西部日本電力と売電契約を締結したのでもうすぐ給電を開始する」

「すごいですね。ブラックホールからエネルギーを取り出している。人類は、半永久的なエネルギーを獲得したんですね。」

啓は、自分はなんて小さな人間だったのだろうと思った。

「兄さん、僕にも兄さんの仕事を手伝わせてください」

「有難う、啓。やっと会えたのに、お前の人生を変えてしまうことになるかも知れないが、よろしく頼むよ。ここで少し学習し、M&Aや会社実務の習得の為、ほんの短期間社会勉強してくれ」

それからサンは、啓にIDネックレスを渡し、常につけておくように言った。

そしてバードを使い。彼の計画を説明した。

それは、驚くべき計画だった。

「この計画はまるでSF小説ですね。本当にこれが実行できるのか、実現できるのか、ブラックホールを見なかったら信じられなかったでしょう。

ブラックホールと汎用型量子コンピュータと4次元物理空間を見た今なら、兄さんの計画はきっと実現すると信じます。自分も一緒に戦わさせてください」

「啓、ありがとう。説明はこれで終わりだ」

説明の最後に、サンが静かに言った。

「家に、ゲンという人が来ているはずだ。俺の命の恩人だ。私は、2度死にそうになった。

一度目は、不良たちと争って暴力を振るわれ失神した。あのままでは私は死んでいたと思う。

後で知ったがゲンが不良達を追い払い、私を助けてくれた。

その時、私は自分の進むべき道を拾った。

二度目は、1回目のミニブラックホールが出現した時だ。

しばらくしてミニブラックホールが暴走したので研究室や小屋が破壊され吸収されてしまった。

私はたまたま不在で助かった。そこにいたら私は確実に死んでいたと思う。

その時、私は人類を救うべき道を拾った」

「そうですか、ゲンという方が兄さんの命の恩人で、今も兄さんの事業を助けていただいているのですね」

ゲンがいなかったら啓は兄に会うことはなかった。啓は、感極まっていた。




13-2.ゲンと啓が会う


サンと啓が、家に戻ると、ゲンが待っていた。

「おう、サン。この人が、お前の弟さんか。名前は確か啓さんですよね。」

「啓です。よろしくお願いします」

啓は、ゲンに深く頭を下げた。

「俺は、源 大(みなもと だい)です。皆は、ゲンといってるんで、ゲンと呼んでください。」

「ゲンさんですか。兄から聞きました。兄の命を救っていただいて有難うございます。」

「いやー。照れちゃうな。昔の話。昔の話」

「それに、兄と一緒に事業をやっていただき。本当に有難うございます」

「いや。サンを手伝っているだけだよ」

ゲンは、啓を受け入れた。自分の役割が少し減ってしまうような寂しい感情はあったが、

それを全て受け入れるような器の大きさが、彼にはあった。

「ゲン、啓には、東京帝大を辞めて就職して、短期間だが社会で勉強してもらう」

「げ、東京帝大を中退。それにしても惜しくはないか」

「大丈夫。事情を話し、啓には納得してもらったよ」

「ゲンさん、少しの期間ですが社会勉強してまいります」

啓は、ゲンに再び頭を下げた。

サンが、ゲンに向かって言った。

「『第20号作戦 西部日本電力』と『第21号作戦 極楽学園開園』の仕上げだ、ゲンよろしく」

「おう、了解。はりきってやるぞ」


サンは、啓を考慮して計画を量子コンピュータでシミュレーションし直してみた。

初めて遠い未来まで破綻しない結果が出た。

「神仏が、ゲンと啓と幸とマコト達を私のもとへ遣わされたのだろうか」

サンは、深い感動と喜びを噛みしめていた。




13-3.啓の学習


その日から、啓はバードと会話しながらあらゆることを学んでいった。

「バード、君はゲンさんと話したことはあるかい」

「あります。ゲンさんは、私を嫌いみたいです」

「なぜなんだい」

「私が、あまりにも細かく質問するからみたいです。それで、今はタマが相手にしています。タマは、ネコの性格を持っています」

「タマか、君は複数の性格を持っているのか?」

「そうとも言えますが、一人に1つの別の性格が相手する事になっています。まだまだ未完成ですが」

「僕と兄貴には、君が対応しているね。どうして」

「特別だからです」

「そうなのか。ところで、動物のキャラだけだと、直ぐに足りなくなるだろう。どうするんだ」

「動物の性格は、神武家の親族とプロジェクトだけに与えられています。ゲンさんも神武家の一員になっています。極楽学園等の人には、人間の人格が対応します。さらに一般の人にはアウルが対応します。アウルは同時に多数の人を区別して対応します」

「そうなのか」

啓は、改めてゲンの重要な立場を認識した。

「バード、このシステムのファイルやデータ、そしてセキュリティーについて教えてくれ」

「このシステムは、全てのデータが量子コンピュータと中央のサーバーに存在します。

端末のコンピュータ、例えばPCタブレットには、原則としてデータはありません。

ですから、世界中のどのコンピュータからでも、同じように操作することができます」

「PCタブレットを操作する人は、どういう風に区別するのか」

「啓様が着けているネックレスが認証番号になります。啓様はG0000005番です」

「このネックレスを他の人が着けていたらどうなる?

「ネックレスの認証番号と顔の映像と、網膜パターン、声、存在位置で本人かどうかを判断します。

ネックレスの認証番号だけでは本人と判断しません。

逆にネックレスが無い場合には、特別な方法で認証させることは可能です。

認証番号を持たない他の人が近くにいたら動作しません。その場合は、PCゴーグルを使用します。眼鏡方式のPCです」

「ふーむ。ほとんど完璧のように思える。ネックレスが取られ、顔写真と録音された声でアクセスされたらどうなる?」

「ネックレスを持っている人は、常にトレースされています。その場所にいる必然性をチェックされ、問題があれば調査します。またその人の3次元の表情も判断しますし、周辺の映像もチェックします。それでOKだったら、認証は完了します。顔写真は2次元ですし、質問の内容を変えますので、録音された声では直ぐに見破られます。

例えAIで生成された声や映像でも見破ることができます」

「わかった。次はデータに行こう。データは誰にでも見ることはできるのか」

「認証番号のネックレスを持たない人は、ファイルを開くことができません。検索もできません。認証番号を持っている人でも閲覧権限がないとファイルの閲覧はできません。ですから閲覧中に閲覧権限がない人が近寄ると自動的にデータは一時閉鎖されます。

また、閲覧権限がある人でも、文書の全てが閲覧できるわけではありません。閲覧権限がないページまたは文章は自動的に削除され、清書されて表示します」

「じゃー、システム内のデータは盗まれないのか。盗まれたらどうなる」

「基本的にシステム内のデータは、ローカルなコンピュータや外部媒体には保存できません。通常の方法では盗むことはできません。また、全てのデータは、アクセスのログ(記録)が採られています。

もし、何らかの方法で盗まれた場合は、どこで誰が盗んだか追跡されます。

たとえ、データが盗まれても、そのデータは見ることができません。

データはセキュリティー保護されています。例えばそのデータをクリックするとインターネット経由で中央のサーバーにアクセスされ、そのデータの場所が特定されます。

データは常に暗号化されていますので、私たちのシステム以外では開くことができません」

「もし盗まれたデータをクリックし、偽の成りすましサーバーにアクセスさせて、サーバーをシミュレートさせデータをだましたらどうなる」

「啓さん、なかなか鋭い質問ですね。別の場所で、私たちの文書を開くには、認証番号を持っている人がいて、閲覧権限と正しいキーを持ち、成りすましサーバーが認証を与えれば可能です。そういう意味では、私たちのシステムと文書は、まだ幼い子供のようなものです」

「外部から中央のサーバーに侵入される可能性はないのか」

「まったくないとはいえませんが、私たちのシステムは、外側の通常の通信プロトコールと、さらに内部は通信プロトコールが、一般的なインターネットのものと異なるもので構成されています。内部まで入り込むのは、非常に困難でしょう」

「じゃ、善意の人や悪意の人が、重要な記述をメールに書いたり、ファイルを添付したらどうなる。外部に漏れるのではないか」

「メールは、内容が自動的にチェックされ、内容に問題がなかったら、外部へ送信されます。

内容に問題があれば、メールは送信されず調査組織に通知されます」

「じゃこのシステムは完璧だな」

「いえ、決してそうではありません。問題も多々あります。ただし、日々進化しています」


毎日毎日、啓とバードは、会話した。

そうしていくうちに、啓は、バードの限界というか幼さの一面も見つけた。

「バード」

「啓さん、なんですか」

「お前は、万能か?」

「私は、万能ではありません。不完全な存在です」

「どこが不完全なのか?」

「ありとあらゆる部分がそうです。例えば、私には感情がありません」

「僕には、バードは感情があるように感じるけど」

「見せかけの感情ですよ」

バードは笑って答えた。

「それに、私はまだ幼い」

「そうだね。僕もそう感じる時がある」

「バード、『第20号作戦 西部日本電力』を開け」

啓は、鎌をかけた。

「啓さん。それはできません。まだこの文書を見るアクセス権限がありません。

心配しなくても大丈夫ですよ。半年以内に自由に見ることができるようになります」

「じゃー。第20号作戦以前の作戦はあるのか。」

「あります。第10号作戦から第19号作戦は全て、実行され。うまくいきました」

「それより前の作戦はあるのか」

「啓さん。お答えできません。あなたが、作戦があるのかないのか、知るのには、少し時間がかかるでしょう」


それから、3週間にわたり、啓はバードと会話しながらあらゆることを学んだ。

特に、経営とM&Aについては、実践的に学んでいった。

啓は、無限とも思える知識体系の中を、バードの的確なアドバイスを受けて、いまだかってないスピードで知識と見識を吸収していった。


ある日、サンが、啓が学習しているところに来た。

「啓、調子はどうだ」

「兄さん、調子は最高ですよ」

「まだ量子コンピュータにも、バードにも改良しなくてはならないところが沢山ある」

「そうだと思いますが、今でも最高のコンピュータだと思います。ところで、兄さんちょっと質問があるんですが」

「どんな質問かな」

「前に、ブラックホールについて説明してくれましたが、どんな方法で、見つけたというか作り出したんですか」

「これを説明するのは、簡単ではない。私は、多次元空間について研究し、超弦理論のブレーン膜を研究していた。そして陽子の正面衝突実験でビッグバンの状態を再現した。

それを量子コンピュータでビッグバンの細部を調べた。

問題は、その研究方法だ」

啓は、興味深くサンの顔を見つめていた。

「そのために、コンピュータの3Dディスプレイ上で、まず4次元空間を表示させた。

それをさらに5次元空間に拡張し、3Dディスプレイ上に表示できるようにした」

「なるほど」

啓は相槌を打った。

「私は、子供の頃、トラブルで頭を殴られ、線画が立体的に見えるようになり、3次元図形が4次元図形に見えるようになった。

その後、訓練して、6次元まで拡張して見ることが可能になった。

それで、コンピュータの3Dディスプレイ上の5次元空間を11次元まで拡張してみることが可能になった。

多次元投影装置からのデータを3Dディスプレイ上に5次元として投影し、私の頭の中で11次元にして認識した」

「すごい能力ですね、想像ができないですね」

「勿論、こうした方式は、実体に依存はしているが、実体そのものではない。ある日ついに、ブレーン膜に到達し、それを長期間観察した。

ある日観察中に、こちらというか『この世』のブレーン膜と、あちらというか『あの世』のブレーン膜が、極めて短時間接触した。

その時、ミニブラックホールが生まれた。『あの世』のブレーン膜からこちらに染みだしてきたという感覚だった。

それが本当の実体であったのかは、定かではない」

「信じられない出来事ですね」

「生まれたブラックホールは、極小のものだった。巨大だったら直ぐに地球が呑み込まれただろう。一度目のブラックホールは、宇宙へ飛び去った。私は不在だった。私がそこに居たら、命はなかっただろう。研究室の空間はその時できたものだ。二度目のトライでは、慎重に準備し、ブラックホールを4次元物理空間に貼り付けた」

「エネルギーは、4次元物理空間に逃がしているんですよね」

「そうだ、このまま3次元空間に放置するとブラックホールによって地球が焼け焦げるか吸収されててしまう」

「もし、第三者の手に渡ると大変なことになりますね」

「ブラックホールは、人類の宝だが、究極の最終兵器でもある。扱いを誤ると人類は滅び、地球は無くなるだろう。

私の予想では、数十億年後までブラックホールが存在し、太陽が巨大化した時に、太陽も水星も金星も地球も太陽が吸収してしまうが、4次元空間のブラックホールはそのままで存在し続けるだろう」

「ブラックホールの事はできるだけ機密にしないとまずいですね。ところで兄さん、ブラックホールも見つけて作り出せると思っていたのですか」

「いや、そうではなかった。ひたすらブレーン膜を研究していて遭遇したのだ。

しかし、ブラックホールを見つけなかったら、見つけるまで一生研究を続けていたと思う。しかしあの方法では、人類は三度(みたび)、ブラックホールを生み出せないと思う」

「なぜですか」

「後で、計算してみたが、あの現象は1兆年に1度しか起きない確率だった。

それが、連続して2回起きた。もはや再現は無理だろう」

サンは、あの透徹した、赤や青の目のようなものを思い出していた。



啓は、8月末になると東京に戻り、大学に中退届を出し、寮を出てマンションを借りた。

サンは改めて歴史必然率を算出してみた。

「歴史必然率は、50%か」

9月になると、啓はあらかじめ調べていた中堅の小谷証券会社に就職した。

その証券会社は、老舗ではあったが旧態依然とした経営方針が災いし、業績は低迷していた。

啓は、M&A部門を希望し配属された。

最初に任された小さな案件を、あっという間に解決すると社内の評価が変わった。

少しくたびれた50代の上司の部長が、笑顔で語りかけてきた。

「神武君、さすがに東京帝国大出は違うな」

「上田部長、私は、中退です」

「いや、東京帝国大出より凄いと思うよ。君は、こんな知識とやり方を何処で学んだのかね」

「いやー。独学ですよ」

「今、大きなM&Aの案件があってね。大手の証券会社と競合していて、ニッチもサッチもいかない状態なんだ。それに参加してくれないか」

「わかりました。」

こうして、啓は、M&Aを実践で経験し、次々に結果を出した。

そしてまた多くの経営者と繋がりを拡げていった。




13-4.新型シールドマシン


同じころ平和22年9月、サンとゲンが3Dモニターを使用せず直接顔を突き合わせていた。

「ゲン、来月に福岡ロボット会社を買収して極楽ロボットに改名するすることになっているよな」

サンが話始めた。

「おう、準備は順調に行っている。安心してくれ」

「極楽ロボットは、極めて重要な任務を担っていると思う。

 自動生産システムやマザーマシンの生産、自動化システム、AIの搭載等をまず開発しなくてはならない」

「そうだな」

「そのほかに、極楽建設向けに新型シールドマシン用の強力なレーザ出力装置を提供しなくてはならない。

たしか福岡ロボット会社の三池さんと芦尾さんが担当することになっているよね」

「そうだ、既に概略は伝えてあるが、10月になったら改めて説明し激励しておくよ」

「コンパクトで強力なレーザ出力装置の開発が、新型シールドマシンの開発の成否を決めると言って良い。

改めて確認の為、新型シールドマシンの機能を簡単に説明したい。

新型シールドマシンには水平型と垂直型がある。

水平型は通常のシールドマシンと同じだ」

「サン、シールドマシンは従来と同じだな」

「従来と違う点は、非常に強力なレーザで岩盤を破壊して掘削していく」

「掘削スピードは従来の物の10倍だな」

「その通り。問題は、垂直型だ」

ゲンが少し前のめりになった。ゲンもこちらは難物だと思っている。

「ゲン、地面を垂直に掘り抜き、そこに建築物を構築しなくてはならないので、シールドマシンと建築システムの組み合わせで使用することになる。

まず垂直型シールドマシンだが、非常に強力なレーザで地面を指定の深度まで掘削する。

掘削物は同時に地上に搬送する。

もし、水が発生したらそれを凍結し、防水壁を貼り付ける」

「言うのは簡単だが、実際にやるのは簡単ではないな」

ゲンは少し渋い顔になった。

「そこは極楽建設でアウルに相談しながら研究してくれ。もし大きな問題点があれば俺に連絡してくれ」

「分かった。皆にハッパをかけておくよ」

「下まで掘りぬいたら、最下層を通常のビルの建築と同じ様に鉄筋とコンクリートで強固な基盤を構築する」

「これは問題ないな」

「この後は、あらかじめ製作していた1階分の階をクレーンで下ろし、次々に下ろして組み立てていく」

「色んな問題はあるが、問題点をクリアすれば、恐ろしく速い建築期間になるな。

 正しく画期的な技術開発だな」

「ゲンには苦労かけるが宜しく」

サンが頭を下げた。

「サン、任せてくれ。必ずやり遂げるよ」


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