第12話 ゲンの奮闘

12-1.小菊学園


平和22年

ゲンの動きは、素早かった。

シュンもマコトもハジメも使い、地元の建築会社の大椎葉建設と不動産屋の椎葉イクラ不動産に当たりをつけ、買収交渉に入った。

どちらも、相場以上の金額を示し、今後のオーナーの雇用を保障すると言うと、直ぐに合意に達した。

両社とも極楽企画が買収した。

ゲンは、宮崎の自分の建築会社をこの小さな建築会社に買収させ吸収した。

ゲンの手元に、数千万円の現金が残った。

『第12号作戦』にあった通り、この建築会社を『極楽建設』に名称変更し、100%極楽企画の資本にした。

不動産屋も同様に極楽企画が買収し、そこの社長の椎葉一郎も継続して雇い、社名を『極楽不動産』とした。

ゲンは、この二つの会社の社長に就任した。

ゲンはシュンとマコトとハジメに言った。

「おい皆、いいか、土地は、買えるだけ買え。マコト、極楽建設と極楽不動産の求人を大々的にやれ。

幸さんからやり方を引き継げ。

ハジメ、土地の取引も少し勉強しておけ。これも幸さんから引き継げ。

シュン、俺は、2,3日宮崎にいってくるから、後は、よろしく」

そういうと、現金の入ったアタッシュケースを抱えて、車で宮崎に出かけた。


ゲンは、小菊学園の応接室にいた。園長の黒木初枝が応接室に入ってきた。

「まあ、源君。立派になったわね。見違えるようだわ」

ゲンは、背広を新着していた。

黒木園長は、前より小さく見えた。

「先生、お元気そうでなによりです」

「源君、今日はどういったことで、来られたの」

「先生、まずこれを受けとってください。」

ゲンは、アタッシュケースをテーブルの上に置き、開いた。

中には、1万円札の束がぎっしりと詰まっていた。

「まあ、こんなに大金をどうしたの」

「これは、私の会社を売った金の一部です。これを小菊学園に寄付したいと思います」

「まあ、こんな大金、とても受け取れないわ」

「先生、このお金は、私とサン、シュン、マコト、ハジメがお世話になったお礼です。学園の為に使ってください。」

「本当に、いただいてもいいのですか?」

「いいんです。先生。受け取ってください」

「源君、本当に有難う。実は、学園の経営が非常に大変になっていたの。その事を考えると毎日眠れなかったの。ぜひ学園の為に使わせていただくわ」

「先生、実は相談があるのですが」

「どういったことなの。私にできるでしょうか」

園長は、自信なさそうに答えた。

「先生がご協力いただければ、大丈夫です。サンと相談したのですが、この学園の分校を椎葉に作っていただきたいのです。勿論、費用や手続きは全て私の方でやります。将来、独立した学園にして先生に園長もお願いしたいと思っております。小菊学園の面倒も全面的にバックアップいたします」

「まあ、それは結構なお話です。ぜひ引き受けさせていただきます。ここの所、小菊学園が大変で、お金の算段で心身とも疲れてしまっていたの。源君たちの援助を頂けると、本当に助かります。本当に有難う」

園長は、ゲンの手を取り、感謝した。

「先生、感謝するのは、こちらの方です」

園長は、強力な支援者の登場に喜びを感じ、門の前まで来て、ゲンの乗った車が見えなくなるまで、いつまでも手を振っていた。


サンからの将来計画の中に浮浪児を集めた学園を作る計画があった。

それをゲンは短期間で始動させた。

サンに報告するとサンも喜んで賛同した。

ゲンは、椎葉ダムの人工の湖、日向椎葉湖の上流に新しく作る学園、「極楽学園」用の土地を購入した。平地はそれほど広くはなかったが、山を含めると広大な土地だった。

ここは、ゲンの家からそれ程は離れていなかった。

そして、極楽建設の最初の仕事として、山と土地の整備を始めた。

「シュン、ここに極楽学園が出来るんや、浮浪児ばっかりの学園じゃが」

ゲンが、整備が始まった草ぼうぼうの土地を指差していった。

「ゲンさん、俺心配じゃが。こんなに金をつぎ込んで本当に大丈夫やろか」

「心配するな。サンが、今一生懸命、金を作っとる。今俺らがやることは、金を使い、人を集め、土地を買いまくり、学園を作ることじゃが」

ゲンは、高笑いした。

「それより、シュン、技術者は、集まっちょるか」

「いや、それが、あんまり集まらんとです。」

「3月までに、10名集めろ。土木や設計、ソフトの技術者なら誰でもいい。頭より、まじめで元気な奴がいい」

「ゲンさん。わかった。きばって集めます」

「じゃ。がんばって行って来い」

ゲンは、シュンの背中を軽く叩いて送りだした。



12-2 大川内 直


ゲンが事務所に戻ると、ハジメがイスにぼんやり座っていた。

ハジメに声をかけた。

「ハジメ、極楽発電の申請と電力の売電契約交渉の方は、どうなった。」

極楽発電の設立は2月中旬に完了していたが、問題が山積していた。

「西部日本電力との売電契約交渉は、うちらみたいな新参者にはやたらとチェックが厳しく難航しています。

西部日本電力の売電契約の事前交渉は、マコトが現地で頑張っていますが、まったく相手にしてくれません」

マコトは、福岡に行ったきりだった。

「ちまちま、家庭や企業にちまちま電力を売り込んでるだけでは売上は伸びん。外部の業者に頼んで超伝導ケーブルは、研究室から西部日本電力の送電設備の傍まで伸ばしてある。

何としても電力会社に売電せんといかん」

ゲンは、サンと何度も確認した話をした。

ハジメが続けた。

「極楽発電の宮崎の事務所開設は完了しました。ただ、」

ハジメは、ここで一瞬話を止め、そして一気に言った。

「大川内さんの方ですが、まったく相手にもしてもらえません。俺ではとても無理です」

大川内 直は、経済産業省の元高級官僚で電力業界に強い影響力を持っていた。

天下りで、電力関係の研究所や財団を渡り歩いた後、今は少しずつ役職を減らしていた。

サンとゲンは、電力業界との交渉がスムーズにいくには、彼のような業界に影響力のある人間が必要になると判断し、極楽発電の会長に就けようと画策していた。

その大川内が、まったくの門前払いであった。

「確かに、俺も前にあったが、難物というか堅物というか、頑固なじじいだな。爺さんについてはいろいろ調べた。俺とサンとで、相談したうまい方法があるので、俺が出向いていくよ。もう材料はそろっちょる」

1週間後、ゲンは東京にいた。ゲンが大川内と粘り強く交渉し、とにかく会ってくれることになった。

ゲンは、イタリアの背広を新調し、高級な黒塗りのハイヤーで大川内の邸宅に乗りつけた。

大川内の邸宅は、高級住宅地のなかにあった。

ハイヤーから降りたゲンは、風呂敷包みを大切そうに抱えていた。

「これが、元高級官僚の家か、こじんまりしているが、立派な家だな」

派手さと広さからいえば、ゲンの家の方が数段上だった。

門柱の横に枝ぶりの良い梅があった。もう花もかなり散って少なくなっていた。

玄関のベルを押すと、お手伝いさんが出てきた。

それほど、広くない応接室に通された。持ってきた風呂敷包みをソファーの横に置くと、お手伝いさんが入ってきてお茶が出された。しばらくすると和服姿の大川内が入ってきた。

ゲンは立ち上がり、挨拶した。

「極楽発電の源です。ごぶさたしております。」

「源君でしたか。私も忙しい身ですし、九州あたりの会社に参加するのも気が進まんのですわ。それは、松浦さんにも言ってあります」

松浦とは、ハジメの姓だった。

「お忙しいとは思います、会社に来ていただくのは、御都合の良い時だけで結構です。待遇の方も以前にお示ししたような条件でやらさせていただきます。」

「条件の方は、破格の待遇だね。たしかにこちらには不満はない。ただ遠方というのがね...」

ゲンは、あとひと押しだと思った。

「ちょっと、お見せしたいものがあるのですが」

そういって、風呂敷をテーブルの上に置き、風呂敷を広げた。中から、古臭い木箱が出てきた。

大川内は、その箱を見、凝視した。

箱は古い。表に「信長公」と書いてあった。

『レプリカか?』

大川内は、不審に思った。

「中を見てもいいかな」

「どうぞ」

大川内は、箱の蓋の内側の箱書きを見た。

顔色が変わった。

中から黄袋(きぶくろ)を取り出し、その中から小ぶりの茶碗を慎重に取り出した。

黄袋(きぶくろ)とは、額縁や骨董品などを包むための袋だ。

茶碗を持つ手が心なしか震えていた。

茶碗は黒色の宇宙を背景に、水色に近い青色の衣を纏った黒色の星々や星雲が満天に広がっているように見えた。

大川内は、茶碗の中から光が飛び出してくるように感じた。

そして吸い込まれるような感動が襲ってきた。

「なんとしたことか。本物か? このようなものが存在していたのか。未発見の曜変天目か?

 この宇宙を見るような感覚。曜変天目の最高傑作ではないか」

サンとゲンは、大川内の趣味を調査し、骨董や茶道に非常に精通しているのを知り、この茶碗を入手していた。

「さすがに、大川内先生は、お目が高いですな。これは、信長が持っていたと言われるものです」

価値の分からないゲンは、さらりと言ってのけた。

「信長...」

大川内は、目を見開き、茶碗を凝視していた。

「こ、これは織田信長の曜変天目? 有り得ない....」

ゲンは、曜変天目茶碗については調べてはいたが、とにかく貴重な茶碗くらいにしか思っていなかった。

「源さん。これは、いまだ存在が確認されていないものですぞ。どこで入手されたのですか」

「これは、大川内先生が、骨董や茶道にお詳しいということで、しかるべき所から入手し、お持ちしました。御入りようでしたら、ご進呈いたします」

ゲンは、あらかじめ量子コンピュータのタマと何度も練習した通りに喋った。

「これを、頂ける。これを頂ける。なんということだ」

大川内は、涙を流しそうな顔で言った。

「これは、私の力では買えない。どうしたものか」

「いえ、進呈いたします」

「それは、いかん。それは、いかん。」

しかし大川内の心は、どうしてもこの曜変天目茶碗を手元に置いておきたかった。

大川内は、しばし目をつむっていた。そして静かに話し出した。

「わかりました。源さん。あなたの条件を全て飲みましょう。あんたらの会社に参加させてもらいます。私の残りの命を懸けてあなた達をサポートします。この茶碗は私が一時預からさせていただきます」

「いえ、大川内先生にご進呈いたします。大川内先生、お受け頂き有難うございます。それでは、よろしくお願いいたします。事務的な問題は、うちの松浦がちゃんとやらさせていただきます」

「源さん。ところで、この茶碗の価値は分かりますかな」

「いやー。実はまるっきり分かりません」

ゲンは頭を掻いた。

「じゃ、この茶碗をワシの所に持ってくれば必ず、気が変わると読んでいたのかな」

「俺、いや私ではなく、うちのサンが言っておりました」

「源さん。あんたらは、若いのに凄いことをやるものだな」

大川内は、豪快に笑った。

そして、今は亡き若き日の息子の顔をゲンの中に見出していた。

ゲンは、威風堂々、待たせてあったハイヤーに乗りこんだ。

ハイヤーが走り出し、大川内はいつまでも見送っていた。

「これで、西部日本電力との交渉は、終わったも同然だな」

ゲンはほっとしたように独り言を言った。


3カ月程前、倒産しそうな神戸の老舗の澤鳶(さわとび)酒造への追加融資の話があった。

ゲンは、10億の追加融資の契約締結で、老舗の酒造の店主の家にきた。

店主夫妻はかなりの高齢でソファーに座り、ゲンと対面した。

「澤鳶(さわとび)酒造の澤田 秀樹です。わざわざ椎葉村から来ていただき、ありがとうございます。

椎葉村では、神武様に本当にお世話になりました」

澤田夫妻が立ち上がりゲンに頭を下げた。

「極楽企画の源 大 と申します。よろしくお願いします」

ゲンも立ち上がり、名刺を渡した。


自分達の事業に直接関係の無い、10億の追加融資話には元々ゲンは反対だった。

開発資金に窮していた当時の10億は大きかった。

いくら酒が大好きなゲンでも、自分達の事業と関係ない博打みたいな事に金をつぎ込む事には反対だった。

サンは、大川内を説得する為の品物を欲しがっており、融資がまとまったら骨董品を1個もらってくるようゲンに頼んでいた。

「まず、当店の製品をご覧ください」

澤田の妻が、テーブルの上に置いてあった日本酒を大きめのお猪口に注いでゲンの前に差し出した。

日本酒の瓶のラベルに『信長之魂』とあった。

「これは、私どもで丹精込めて作りました日本酒です」

店主は静かに語った。

少し飲んだ瞬間、お猪口を口に着けたままゲンは固まった。

そして、一気に残りを飲んだ。

「もう一杯」

二杯目は最初から一気に飲んだ。

「うまい、うまい、いままで飲んだ酒の中で一番うまいが。澤鳶(さわとび)さん、絶対に酒造を潰したらいかんが」

ゲンは、貴重な日本酒を飲まされると、すぐに賛成派に鞍替えした。

追加融資の契約締結が終わった後、ゲンは頼んだ。

「すいませんが、うちのサンに頼まれたんですが、お宅にある骨董品を1個もらえんじゃろか」

「わかりました、倉に先代からの骨董品がありますので、どれでも持って行ってください」

店主は、快く倉に案内した。

ゲンは、店主と一緒に倉に入った。

「どれでもなんなりと持っていってください。私どもも骨董品にはとんと関心がありまへんので、埃にまみれております」

と、店主は恥ずかしそうに言った。

大きな倉の奥の隅の方に古そうな小さな箱があった。

「これで良いです。小さな方が持って帰りやすい」

「中身は見なくてもよろしいですか?」

「良いです、見てもわからんです」

ゲンは、中身も見ず、その箱をもらい、持って帰った。

サンは、箱を開けて茶碗を取り出すと唖然とした。

吸い込まれていくような宇宙がそこに存在していた。

「曜変天目茶碗? ゲン、これは返すしかないぞ」

「おいおい、10億もかけてもらったものじゃっど」

「この茶碗は、そんなものでは買えん。何百億以上じゃが」

「えーーー」

ゲンは、余りの驚きで、口を開けたまま何も言えなかった。

その後、ゲンは返却の交渉をしたが、店主は頑として返却を拒んだ。

「命の恩人に一度お渡ししたものは、私どものものではございません」

サンとゲンは、しかたがなく、今後の全面的な経営のバックアップを約束し、本当にそれを実行した。


12-3 大川内の会長就任


大川内が承諾してから1月後、平和22年3月中旬に、大川内は極楽発電の宮崎本社に来ていた。

大川内は、極楽発電の会長に就任した。

このことは、ニュースになり、世間に知られることとなった。

社長には、ゲンが就任していた。ハジメは副社長になった。

ゲンは設立されたばかりの「極楽発電株式会社」の社長として、西部日本電力と粘り強い交渉を続けていた。既に発電会社と送配電会社、電力小売会社が分離されて久しい、今では以前よりはるかに売電しやすくなっていたが、契約は難航していた。何しろ「極楽発電株式会社」には、実績と信用がなかった。しかも供給電力量が極めて大きかった。

それに極楽発電には、電力の販売網もルートもなかった。

大川内は、ゲンから西部日本電力との交渉内容を聞き、そして言った。

「ゲンさん、電力会社に直接売電する方式に、賛成です。今の極楽発電の実力ではこの方式が最善じゃ。まずは卸で売ろう。小売りでは人材と能力が足りん。今は大口に絞ろう」

大川内は、ゲンに言った。

「大川内先生、賛成していただいて有難うございます」

「ワシも西部日本電力の知り合いに話を進めておくから、安心して契約交渉に頑張ってください」

大川内が極楽発電の会長に就任する頃には、発電と小売りの免許が下りていた。

事前に大川内が根回しをしていたのだ。


西部日本電力の売電契約の交渉で福岡に行ったきりのマコトからゲンに電話が来た。

「ゲ、ゲンさん。西部日本電力の態度が無茶苦茶変わりましたが。今まで受付の横の来客用のソファーで打ち合わせして、押しても引いてもダメでした。

今日初めて、事務所内に通され立派な応接室に通されました。なんとお茶まで出ましたが」

「マコト、ほんとにご苦労さん。それでどうだった」


営業用の背広を着たマコトは応接室の皮張りのイスに畏まって座っていた。

「大杉 誠さん、部長の唐津がもうすぐご挨拶に参ります。その前に契約後の事について二、三、ご確認したいことがあります」

マコトは、担当者のいつもの乱暴な言い方とは異なる丁寧な言い方と、契約後という言葉に驚き、口あんぐりとなった。

「一つは、契約案の電力量は確実に供給可能でしょうか? そして指定された日に確実に供給できますか?」

「け、契約書に書かれた電力量は確実に供給可能です。また電力は指定された日に確実に供給できます」

「分かりました。ちょっとお待ちください」

担当者は、立ち上がり後方の机から電話をかけた。

「部長、確認しました。直ぐにおいでください」

という声がマコトの所まで聞こえて来た。

しばらくしたら、恰幅の良い部長らしき人が入って来た。

マコトは立ち上がった。

「長時間待たせまして申し訳ございません。部長の唐津です」

部長は名刺を差し出してきた。マコトも名刺を差し出した。

「極楽発電の大杉 誠です。よろしくお願いします」

「今まで、散々お待たせし申し訳ありませんでした。大川内先生が御社の会長に成られることを存じてなく、対応が遅れましたことを深くお詫び申し上げます。

 弊社代表取締役会長の古木は、以前に大川内先生の下で働いたことがあり、くれぐれも失礼の無いようとの事でありました。

手続きは速やかに進めますので、ご安心ください」

額に汗が浮かんだ部長は頭を深々と下げた。

「こちらこそよろしくお願いいたします」

マコトも頭を深々と下げた。


「...という事でした。ゲンさん、契約の締結もまじかです。うーう」

最後は嗚咽になった。

「マコト、ほんとに偉かった。大変だったな、早く帰ってこいよ」

「そうします。えらく疲れたっちゃが」


平和22年4月16日、大川内が極楽発電の会長に就任して1カ月、ついに極楽発電株式会社と西部日本電力との卸しの売電契約が福岡市の西部日本電力本社で締結された。

卸し価格は1キロワット時あたり10円に決まった。

ゲンが契約にサイン後、サンに電話をかけてきた。

「サン、やっと西部日本電力との売電契約が終わったど」

声が弾んでいた。

「ゲン、良かったな。ご苦労さんでした」

サンはホッとした表情で答えた。

「残念ながら、卸し価格は1キロワット時あたり10円で妥協するしかなかった」

「それでも、十分だよ。大幅な利益を生み出す。特別高圧の送電装置や送電ケーブルが完成したので、いつでも西部日本電力の電力網に送電できる。それらの費用も直ぐに取り戻せるよ」

「送電開始は予定通り10月1日に決定ですわ」

「良かったね。この結果もゲンとマコトとハジメが、心血を注いでこの件に当たってくれたからね」

「ところで、大川内さんには、お礼を言っておいてくれ。あの人が電力の託送料金の問題を解決してくれなかったら、こんなにはうまくはいかなかっただろう」

サンが言った。

「わかっちょるよ。大川内会長にはお伝えしておくよ」

「それと、大澤さんにもお礼が必要だな。あの人のバックアップのおかげだ。ゲンからお礼を言ってくれ。椎葉に帰ってきたら皆で祝杯を上げよう」

「今回ばかりは疲れた。戻ったら打上だ」

明るい弾ける声で、ゲンが答えた。

ゲンやマコト達の努力は報われた。


サンは、将来を見通して、発電装置を拡充し、超電導による特別高圧の送電の準備を進めていた。

発電装置から超電導によって一旦、超伝導の蓄電池に蓄電し、そこから外部の送電線に送電する仕組みだった。

買収した超電導会社を極楽超電導に改名し送電装置設備を作らせた。

同時に、極楽超電導の子会社として極楽電池を設立し、電池に詳しい技術者を移らせ『eege』の開発を急がせていた。

西部日本電力との今回の契約については、現状でも十分な送電能力があったが、その数百倍の能力に拡充する工事を進めていた。

計画上では、今住んでいるサンの家もその範囲に含まれてしまう。

サンの家は、壊され、発電装置と超電導の工事が進められた。



12-4 新型量子コンピュータの完成


平和22年5月1日 マシン室が予定通りに完成した。

防水対策と侵入対策は完璧だった。

その日以降、次々に量子コンピュータの機材が届き、マシン室に搬入される。

人手が足りない時は、大吉と幸にも手伝ってもらった。

マシン室の入口から一番遠い壁に向かって大型の空間連結器を置き、4次元物理空間とのゲートを開いた。

切り口は高さ2m横4mだった。

空間連結器の前に多肢マニュプレータを配置した。その右横に前置コンピュータが置かれていた。

多肢マニュプレータは太陽ロボット社に製造を注文していたものだった。

多肢マニュプレータは左右におのおの2本の伸縮するハンドと1本の伸縮するドライバを持っていた。合計6本の手だった。

多肢マニュプレータは前置コンピュータに接続され組立AIからの指示で動くようになっていた。

多肢マニュプレータの左側には、256枚の回路基板と256個の量子素子、電源装置、ケーブルが整然と並べられていた。

サンが前置コンピュータの電源を投入した。

ファンの音がし、3Dの画面が前置コンピュータの上に表示された。

組立AIが起動しサンに語りかけてきた。

「サン様、組立作業の準備が出来ています」

「作業内容は既に伝達済みだが、組立作業を開始せよ」

「了解いたしました。只今から256枚の回路基板と256個の量子素子等の組み立てを開始いたします」

多肢マニュプレータが組立作業を開始始めた。

画面には、組立状況を表示すると共に、サンのPCパッドにも同じ情報を通知した。

サンは、ある程度組立が自動的に進行するのを確認すると、自宅に戻って行った。


翌日の午後に作業完了の通知が来たので、サンは実験室に出かけた。

サンが空間連結器が開いた4次元物理空間を覗き込むと、ウニの棘みたいな突起が360度に広がっているのが見えた。

「おお、出来ちょる」

サンは、通信ケーブルを前置コンピュータに接続し、電源ケーブルを外部の電源に接続した。

「コンピュータ」

サンが前置コンピュータに話しかけた。

「サン様、お待ちしておりました」

前置コンピュータが答えた。

「汎用型量子コンピュータにAIなどのソフトをダウンロードし、動作を検証しろ」

「了解いたしました。只今から作業を開始いたします」

空中の3D画面に進行状況を示すメッセージが次々に表示された。

30分後、前置コンピュータが話しかけてきた。

「サン様、ダウンロードと汎用型量子コンピュータの基本機能の確認が終了致しました」

「では、バードと交代しろ。ご苦労さん」

「サン様、楽しい作業でした。それではバードと交代します」

組立AIは終了し、3D画面にアウルの画像が表示された。

アウルは以前より本物ぽくなった。

「サン様、新しいアウルです。古いアウルから全てのデータを引き継ぎました。古いバードはバックアップ任務を担当します。これから頑張ります」

「バード、よろしく」


新型量子コンピュータは、以前の量子コンピュータよりさらに多数の処理を同時に瞬時に行うことが可能になり、その後の研究開発が劇的に早まることになる。

新型量子コンピュータは、4次元物理空間中の絶対零度空間に存在し、巨大な冷却装置など不要だった。


サンは、新型量子コンピュータを使い、高度なシュミレーション&管理ソフト「世界ソフト」の概念設計を行った。

その開発用言語として、3Dオブジェクト言語G++を設計し作成した。

G++は、F++でコーディングして、作成した。

G++は、F++に比較して、遥かに言語表現が豊かで、並行処理の記述が容易で、3Dや多次元表現にすぐれていた。そして、システムの開発効率も飛躍的に向上した。

極楽ソフトも、20名の技術者が揃った。全員、教育ソフトとアウルの開発に従事した。??

その間、ゲンに頼み、大銀河コンピュータ(GCC)を買収し、極楽企画の100%子会社にした。

サンは、自前でコンピュータや制御基板を作るつもりだった。

そして、関西の超電導開発ベンチャーの超電導技研にも出資した。


6月に、シュンがかき集めたソフト技術者数名で「極楽ソフト」という、ソフトウェア開発会社を設立した。社長はソフトウェアの素人のゲンがなった。本社は椎葉村だ。技術者もこんな田舎には誰も来ないので、椎葉村のまわりから募集した。

雇ったのは、ろくにソフトウェア開発経験の無い、素人と言ってよい若者たちだった。

彼らは、G++を学習し、G++を使用して、量子コンピュータとパソコンを接続する部分の開発を細々と開始した。

それと同じく、優先されたのが、教育用AIソフトの開発だった。



12-5 啓の情報


梅雨のある日、一人の人物が、サンを訪ねてきた。

サンの家は、温室の隣に新築された。大治郎の家からは、別の道を拡張し舗装し、車で上がれるようにした。モノレールはそのまま残した。

研究室は、その道から外し、注意深く隠されている。

サンが、応接室に行くと、一人の男が座っていた。上着は着ておらず、皺くちゃなYシャツが少し汚れていた。

「燦(あきら)ちゃんか、大きくなったな、美子(ミコ)さんの葬式以来やな。わしは、美子(ミコ)さんの遠い親戚の小林、小林一郎ですわ」

「すいません。母が無くなったのは、私が2歳の時ですから、何にも覚えていません。

私には、親戚も誰もいないと思っていました」

幸が、応接間に入って来てお茶を差し出した。

「どうぞ」

「どうも、有難う。あんたが、燦(あきら)ちゃんの嫁さんですか。えらく別嬪さんやな」

「そんなこと、ありません」

幸は、顔を少し赤くして、そそくさと部屋を出て行った。

「栄吉さんの葬式には出れんで申し訳なかった。燦(あきら)ちゃんの親戚はもうおらんな。栄吉さんは、どこから来たかもわからん人物じゃったし、美子(ミコ)さんの家も、没落して誰も寄りつかんかったからね」

「ところで、今日は。どういったことでしょうか」

小林は、下を向き、ちょっと考えてから口を開いた。

「ちょっと、これ見てください」

彼は、くたびれたカバンの中から、皺くちゃの紙を取り出し、サンの前に置いて手のひらで皺を伸ばした。

そこには、『神武 啓 平和3年9月1日誕生』と書いてあった。

「じんむ けい ?」

以前、父親の栄吉の葬式の時に、大家の奥さんから聞いた名前だった。唯一の家族写真の中の赤ん坊かもしれない。サンは、じっとその字を見つめていた。父親の字に似ていた。

小林は、サンの反応を確認してから、話始めた。

「燦(あきら)ちゃん。苦労したのはあんただけじゃない。啓ちゃんも同じじゃ。そしてワシもじゃ。人に言えん苦労をしてきた。ここに来たのもやっとのことじゃ。」

小林が、何を言いたいのかわかった。

サンは、席をはずし出ていき、少し経つと、紙袋を持ってきた。

中に、300万円を入れておいた。

「少ないですが、これを生活の足しにしてください」

小林は、手で紙袋を触り、札束の厚みを確認すると、目を輝かした。

そして再び、話し始めた。

「あんたが、2歳の時に、啓ちゃんが生まれた。その後、美子(ミコ)さんは産後の肥立ちが悪く、1月ほどでとうとう亡くなってしまった。葬式の後、2歳のあんたと赤ん坊の啓ちゃんを抱えて、栄吉さんはどうしようもなかったんじゃ。

それで、啓ちゃんは、養子に出されてしまったんじゃ」

「それで、啓は、どこに貰われていったんですか。」

「昔の話で良くは覚えていないが、たしか、黒岩とかいう名前だったと思うが。

町は、たしか福岡県の大牟田市だった」

「わかりました。おじさん。良い話を有難う。何か困ったことがあったら、相談してください」

「燦(あきら)ちゃん。元気でがんばりな」

小林は、札束の入った紙袋をカバンに慎重に入れると、茶受けの菓子を全てカバンに入れ、嬉々とした顔で帰っていった。

サンは、さっそく、探偵事務所に連絡し、啓の調査を依頼した。


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