第11話 ゲンの合流

11.ゲンの合流


平和21年12月、ゲンの家が完成した。金に糸目を付けずわずかな期間で改修した。

まさに、豪華さを前面に出したような家だった。

広い日本庭園のある数寄屋橋造りの豪邸だった。

住まいの正面には10m以上の茶色い木の肌の歌舞伎門が作られ、横には、白い漆喰の壁が伸びていた。

門を開け、檜の玄関を入り、正面の障子を開けると中庭と灯篭が見えるようになっていた。

来客は、上がるとそのまま広い和室に向かうことができた。別方向の通路を行くとプライベートのエリアに続いた。

和室から外を覗くと日本風の広い庭園が広がっていた。

皮肉なことに、人の少ない、山ばかりの自然溢れる椎葉村で、広い敷地や人工的な庭を持つこと自身が、この上もない贅沢であった。

山ばかりの椎葉村には、平坦な居住地は少なかった。

ゲンの家の敷地は、山を切り崩して造成した。

2階に上がると、洋風の個室がいくつも作られていた。

窓の外には、雄大な椎葉の山々が広くどこまでも広がっているのが見えた。

そして、1週間後に、ゲンがやってきた。

ゲンは、自分の黒塗りの車で指定された新築の家の前に来た。車は中古だが外車だった。

車から降りたゲンは、真っ黒な背広を着て黒いサングラスをし、少し安っぽい金ぴかの腕時計を見せびらかせるように着け、ネクタイもまた金色の布地に黒い竜がくねっていた。

たしかに、金には困っていない風だった。

呼び鈴を押した。

サンが歌舞伎門を開けて出てきた。

「ゲン、久しぶり」

「おう、サンか。久しぶりだな」

「まあ、上がってくれ」

サンは、ゲンを家に招き入れた。

中は、総檜造りだった。

「サン、なんだこりゃ。こんな立派な家をド田舎に建ててどうするじゃ」

ゲンは、家の豪華さにびっくりしていた。

「ゲン。この家はお前の家じゃが」

「なんじゃて。俺の家。もらう理由(わけ)がないが」

「それが、あるんよ。椎葉に住んで、俺の力になって欲しいんよ。そのための家を買って改修した。

 これで、ダメなら。新しい家を作るよ」

「これで、文句を言う奴はおらんじゃろ。だが、おれも宮崎で建築会社を興した一国一城の主じゃっど。もっと説明してもらわんと。話には乗れんが」

「そうだと思っていたよ。まず研究室に行こう」

サンとゲンは、ゲンの車で大治郎の家に行き、家の横のモノレールで研究室に向って登っていった。

エレベータで地下の研究室に入ると、球体の空間があった。地球で最も凹凸の少ない完全球体の一部だった。

ゲンは側面の球面の壁を大きな手で撫ぜまわした。

「なつかしいな。あの時と天井の方は同じじゃ。壁はつるつるじゃ。前と同じじゃが、室の中は全く変わってしまったな」

ゲンは懐かしそうに周りを見回した。以前に、ゲン達がサンの研究室作成を手伝ってやったのだ。

縦横1m位の立方体の前置コンピュータがありその脇に大型のモニターがあった。

サンが、空間連結器のスイッチを押した。

前置コンピュータの後方の上に切込みが出来、4次元物理空間が開きコンピュータぽい物が現れた。

「オー」

ゲンが言った。何と表現していいか分からなかった。

「これが、量子コンピュータ。世界で一番速いコンピュータだ。もうすぐ世界で二番目に速いコンピュータになるけど」

サンが指差した。

「これが、世界で一番速いコンピュータ?」

ゲンが疑問に思うのは当然だった。

ゲンの前のコンピュータは、カバーはなく、ケーブルがあちこち配線されたガラクタ機械にしか見えなかった。しかも世界一にしては小さすぎる。

「疑うのは当然かもな。バード、関東電力の株価と予測線を出せ」

画面が、切り替わった。3次元の映像が、サンとゲンの目も前に現れた。

「この青い線が、1週間前から1週間後の予想株価の線で赤い線が1週間前から現在の株価だ」

青い線が少し先まで伸び、赤い線がそれを追っかけるように重なっていた。

「赤の線と青の線がほとんど重なっちょるな。この予想線の通りに買えば、必ずもうかるな」

「いまこれを使って自動で売買を行っている。予想線は、量子コンピュータが瞬時に修正する。突発事故がなければ、予想はかなり当たる。突発事故も瞬時に回避する」

「このコンピュータがあれば、必ずもうかるというわけか。一生遊んで暮らせるが。わはははは」

「ゲン、俺は、金儲けをするつもりはない。稼いだ金を使って、お前と一緒に浮浪児軍団を作って戦い、日本と世界を変えたいんじゃ」

「サン、お前は金儲けしないのか」

「いや、少しは金を儲ける」

サンの言葉に、ゲンはニヤリと笑った。

「わかった。俺の夢は捨てて、俺の人生をお前の夢にかけちゃる」

「ゲン、有難う。一緒に戦おうぜ。だが、もっとすごいものをみせちゃる」

サンは、ゲンを研究室の奥に連れていった。

そこには四角いコンピュータらしきものがあり、そこから、太いケーブルといくつかの細いケーブルが壁の方に伸びていた。ゲンにはそれらが切断されているように見えた。

他には何もなかった。

「サン、何にもないじゃないか?」

「ちょっと待って、スイッチを入れる」

サンは、PCタブレット画面のボタンを押した。

前面の空間が開いたように見えた。

空間連結器が連結モードに戻ったのだ。外のケーブルが内部までの伸びていた。


暗黒の背景の中から、赤く光るものが見えた。意外と小さい。

しかも左右に板のようなものが浮いていた。

「この赤いものはなんじゃ?」

ゲンが不思議そうに言った。

「ブラックホールだよ」

サンがニコッと笑って言った。

「ブラックホール?」

ブラックホールと言う言葉は、ゲンでも知っていた。

「でも、これは黒くないじゃないか」

「ブラックホールは、小さいとエネルギーを放出して光り出すんだよ」

「俺は、学がなくてようわからんが。これはたいしたものなんだよな」

「ああ、人類で俺が最初に作り出したんだ。安全の為に、向こうの4次元物理空間に置いてある」

ゲンには、サンが人類で最初に、作り出したということがピンとこなかった。

4次元物理空間という言葉は、ゲンの頭を通りすぎて行った。

「ところで、これは何の役に立つんだ」

「これが出すエネルギーだけで、人類が必要な電気を何百年も何千年も供給できる」

「ということは、超巨大な石油油田を掘り当てたようなものか」

「そうだ、その通りだ。俺たちは、これを使って日本と世界を変えるんだよ」

「金も相当稼げるな。よくはわからんが、これはうまくいきそうだ。俺は絶対にお前と一緒にやる」

「ゲン、俺の計画を説明するよ」

サンは、ゲンをイスに座らせた。

「バード、極楽計画を出せ」

空中に、3Dディスプレイ画面が出て、文書が表示された。タイトルは『極楽計画企画書』となっていた。

ゲンは、3Dディスプレイの表示を見たことがあったがここまで迫力があるのは初めてだった。

「新製品の模型を出せ」

こんどは、空中にやたらといろんなものが出た。

「ゲン、これを全て作る」

ゲンは、あっけにとられていた。どれもこれも訳のわからないものだった。

今のゲンには用途もよく分からないものだらけだ。

いや理解できるものがあった。

「これは...。リニア新幹線だよな。どうしてこんなものを作るんだ」

「今からじっくり説明するよ」

サンは、ゲンにこれからの、おおよその計画を説明し始めた。

それは、ゲンにとってほとんどおとぎ話のような話だった。

ゲンは先ほどのブラックホールを見ていなかったら、サンの話を一笑に付しただろう。

だがゲンは、今は信じても良いと思うようになっていた。

「サン、俺は正直言って、計画の何%も理解できん。しかし、お前の計画に金がいることはわかる。そんな時に大金を使って俺の為に家を作ってくれた。それにまだ承諾もしていないのに、重要な秘密と計画を俺に説明した。俺がそんなに重要なのか?」

「重要だ! ゲンがいないと失敗する」

サンは、ゲンを凝視した。ゲンもサンをずっと見つめた。

「俺には学が無いし、能力もない」

「ゲンには潜在能力がある。俺はそう信じている。能力は量子コンピュータのAIが伸ばしてくれる」

「俺にできるか」

「できる」

ゲンは、サンを凝視した。わずかな時間だったが、何分もの時間に感じられた。

「俺達、浮浪児でやるのか」

「やる!」

サンは、きっぱりと言った。

「これは、人が今までやったことのないあほらしい程、壮大な計画だな。敵も多いぞ」

「そうだ。さすがゲンだ。計画の本質を見抜いている」

ゲンは、サンを凝視した。

「わかった。俺の命をお前にくれてやる。どうにでも使ってくれ」

「ゲン、ありがとう」

サンはゲンの右手を両手で固く握った。





話が一段落したところで、サンが、文書をゲンの前に出した。

タイトルは『第12号作戦』とだけ書いてあった。

「第12号作戦? この前もあるのか」

「ある。第11号作戦は、完了した。極楽企画を作り、ゲンを仲間に入れる計画だった。第12号作戦は、ゲンにやって欲しい」

ゲンは、文書をぺらぺらと開いて見た。

「さっき聞いた話を、具体的にやるんだな」

「そうだ、シュンもマコトもハジメも、皆参加させてほしい」

「なんか、おもしくなってきたぞ。時間が無いので、厳しいがやりがいがありそうだ。

早速、シュンもマコトもハジメを呼んで、お前からもらった家に住まわせてやろう」

「できるだけ早くやってくれ」

「サン、どうしておまえ、中学校に1日しか行かなかったのに、こんなことが発見できたり、発明できたりするんだ」

「ネットカフェで勉強した。後は、椎葉の山の中で研究した」

「お前は、とにかくたいしたやつだな。お前は天才だな」

「そんなことはない。他にもできる奴はいる。………と思う」

サンの目は、遠くを見ていた。

いつまでも話が尽きなかった。やがてサンとゲンは、研究室を出た。もう東の空は明るくなり始めていた。

真冬の椎葉は、厳しい寒さだった。

二人の息が真っ白く、流れていった。

「ところで、さっき第11号作戦を実行したと言ったな。その前はあるのか?」

「ある。まだ概要しか作ってないし、まだ実行していない。出来上がったら時間の有る時に説明するよ」

サンは、モノレールのドアを開いて先に乗り込んだ。

「ゲン、下まで送っていくよ」

「おう、すまんな」

ゲンが乗り込むと、サンは、モノレールの稼働スイッチを押した。

モノレールは、ゆっくりとしたスピードで、山を下っていった。

 

翌朝、サンがゲンの家を訪ねてきた。

「おう、サンどうした。それはPCタブレットか?」

「そうさ、PCタブレットだ。ゲンにやるために持ってきた」

「俺は、PCタブレットは苦手だ。ほとんど使わん」

「とても簡単だ。電源を入れる必要もない。その前にこれを付けてくれ」

サンは、ポケットからネックレスのようなものを出した。

「これは、何の為につけるのか」

「これは、ゲンを証明するためのIDネックレスだ。これを着けていればPCタブレットが反応する。

肌身離さず付けておいてくれ」

ゲンは、IDネックレスを首からかけた。

サンが、PCタブレットに向かって言った。

「バード出ろ」

PCタブレットの上に、3D映像が表示され、フクロウの姿のバードが出てきた。

「バード、タマを出せ。今からゲンの登録を行う」

「了解しました。ゲン様、前へ進んでください。今からタマが出ます」

画面のバードが消え、丸っこいアニメ風の猫が現れた。

「私は、タマです。認証をさせていただきます。私の前の方が、認証番号、G000003 、

源 大 様ですね。お顔をお見せください」

ゲンは、緊張してタマの方を見た。

「源様、認識しました。今後、私が源様の執事としてお世話させていただきます」

「タマか? タマ、俺の名前はゲンと呼んでくれ。肩肘が張っていけない」

「わかりました。ゲン様。よろしくお願いいたします」

サンが割り込んできた。

「ゲン、これでタマがお前の執事になった。タマはゲンだけのAIだ。人毎に個別のAIが存在する。見かけは違っているように見えるが、大元は1つの量子コンピュータのAIだ。

俺はこいつらAI達をアウルと呼んでいる。フクロウのことだ。皆を見守っている。

まだまだ機能は初期段階だ。頓珍漢なこともたまには言う。タマを呼び出せるのはお前だけだよ。どこからでもタマを呼び出すことができる。タマに聞けば何でも教えてくれるし、調査も依頼できる。文書も絵も作ってくれる。3D電話やメールも取り次いでくれるし、何でも相談できるよ。ほっておくと消えるが、常にゲンのことを見ているよ。

タマは、お前の情報は他人からアクセスできないように保護する。」

「そうか、これは便利だな。俺は、学がないから、タマに色々と教えてもらうよ」

「ゲン、これを受け取ってくれ、準備金だ」

サンが通帳をゲンに渡した。

ゲンは、通帳の中を見た。残額が5,000万円だった。

「サン、こんな金は受け取れん。俺でも少しは持っちょる」

「出来るだけ早く、椎葉に来てほしいんだ。身辺の整理も必要だろう。その為にこの金が必要なら使ってくれ」

「そうか、必要なら使うことにする。全部使ってもいいんだな」

ゲンは、その金の使い道を思いついていた。

「それと、これからやる事業に必要な金は、幸に言ってくれ。こちらは、まだ、それ程潤沢にあるわけではない」

「そいつもわかった。直ぐに宮崎を整理して戻ってくる」

10日後、ゲンとシュンやマコト、ハジメ達が椎葉にやってきた。

シュンやマコト、ハジメにも個人用アウルを与えた。



平和22年12月、太陽半導体株式会社に注文していた機材と特別な熱電気変換装置が届いた。

そして、超伝導ケーブルと、冷却装置も届いた。

研究所内のブラックホールに対し発電装置の増設と、発電装置から外部の蓄電池までの超伝導ケーブルの設置は、ゲンとシュン、マコト、ハジメ達に作業を頼んだ。

何しろ、研究所の内部は、外部の人間には見せられない。

それが終わると、蓄電池から西部日本電力への送電設備の建設の準備作業を業者に発注した。


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